2017年9月21日ーー心を込めた、優しいモノpart2
「さあ、材料をまず集めるわよ!」
「はいっ」
通路の一番奥の奥。黒い扉が一つだけある場所が、料理長達が代々受け継ぐ個人で使える調理室。
私からするとテレビなんかであったような、最新式のアイランドキッチンが馴染み深い。ヴァスシードじゃもっとアジアンテイストな個室だけど、ここのが正直使い勝手がいい。もっと向こうも改造させなくちゃ。
それより材料集め。
と言っても、リュシアは何もかもが初めてだから、ほとんど一緒に行動してアイランドの調理台に乗せていく。運ぶ時はリレー方式でね。
すべてが集まったら一度手を洗った。
「お菓子作りにはこれほど材料がいりますのね……」
「感心しているところ悪いけど、これでもだいぶ少ない方よ?」
「そうなんですの?」
まったくの料理初心者には多く見えても、得意な側からすると大したことはない。ちょっと本格的な材料にはしてあるけど、この城の調理場だからこそ常備してあるものばかりだ。
「作るのは、ココルルをメインにするケーキよ。蒼の世界では定番のガトーショコラってお菓子なの」
「具体的にどのようなケーキですか?」
「クリームは最後に添える程度ね。全体的に焼き込んで、仕上げに飾り砂糖を振るの。雪化粧のように綺麗になるわ」
「まあ、楽しみですわ! あの、この緑の粉は?」
ずっと気になっていたのか、リュシアは抹茶をおそるおそる覗き込んだ。
「それは、抹茶って言うんだけど。こちらだとヴァスシードとかが好んで飲んでるグレイルって茶葉を乾燥させて粉末にしたものよ。これを湯で溶かして飲むのもいいけど、料理にも使えるの。ゼルは甘さ控え目がいいから混ぜ込もうと思ってね」
「ゼルお兄様は本当に甘い物を召し上がられる量が少ないですものね」
「ほんとよね」
あの超絶辛党には物すっごく辛くしてあげようかと思ったけど、カティが料理を粗末にしたら泣くかもしれないのでそこは避けるしかない。
ともかく、作るしかないわ。
「いーい、リュシア? お菓子は料理の中でも特に分量の加減が繊細なの。わずかなズレでも味や食感が変わったりするから」
「薬草術と同じですの?」
「そうね。基本はそこと同じでいいわ」
料理が得意なおかげで、薬草学はすこぶる優秀に出来るようになったんだけど……代わりに劇薬調合し過ぎて、家が私を重宝しちゃったのよね。リースに嫁いでからは彼の特権で禁止事項に加えられたから肩の荷が下りたけど。
とは言っても、薬とお菓子の匙加減はよく似てるから、それだけは本当に大事。初心者は特に間違えやすいから。
「だから、今回はリュシアが嫌じゃなきゃ分量は私がやろうかと思ってるけど」
「いいえ。最初からやりますわっ!」
「あなたならそう言うわよね」
リュシアはやる気満々で藤色の瞳は闘志で燃え上がっていた。
恋する女の子はいつだって本気だもの。私も協力は惜しまないわ。
「焼く用の窯は先に予熱と言って温めておくと均一に火が通るの。これは私がやっておくわ。その間にリュシアは計量と粉をふるいにかけておくのをお願いするわね?」
「粉をそのまま使ってはダメですの?」
「そのままだと混ざりにくいし、食感が落ちたりする原因にもなるの。中にはしなくていいのもあるけど、このケーキではほぼ絶対ね」
「わかりましたわ」
計量の見本を簡単に見せてリュシアのやり方を確認してから、私はオーブンの火をつけにいく。リュシアの計量は初心者にしては悪くなかったわ。
予熱の準備をしてから戻れば、慎重に粉類をふるいにかけていた。
「全部落ち切るまでお願いね?」
「はい」
その間に私は他の下準備。
湯煎用のお湯を鍋で沸かしたり、常温にしておくものは魔術で少し温度調整させておくことも忘れない。簡単なのもだけど、このガトーショコラも焼くのに時間がかかるから時短出来る部分はさせておかないとね?
時間操作はあんまりさせたくない。重宝はしてるけど、失敗したら食べられないものが出来上がってしまうことになるからだ。今回はリュシアも一緒だから、余計に避けたいもの。それに、一から作る楽しみを知ってもらいたい。
「出来ましたわ」
「お疲れ様。私も急いでするわ」
「いくつ作られますの?」
「そうね。一応全員分は作るわ。リュシアはあの人のだけでいいわよ?」
「でも、お手伝いしましょうか?」
「あ、そうね。粉はいいかしら?」
湯煎とかはいっぺんに出来てもそこは大変だから。
そこからは、二人で無言のまま粉をふるい続けた。
すべてが終わってから片付けと並行して、チョコの湯煎をすることに。
「ちょうど刻んだココルルがあってよかったわ。板状でもいいけど、この世界のはちょっと固いから」
包丁初心者のリュシアが一番怪我する恐れがあったのはそこの部分。それがなくなっただけでも大分ほっと出来たわ。チョコをまずはリュシアが作る分と一緒にボウルにバターも入れてから鍋の上に乗せた。
「これが次第に溶けてくるから、そうしたらこの木ベラでよく混ぜてね?」
「力加減は?」
「普通でいいわよ。薬をかき混ぜる要領で」
そう言っても、初めて扱う薬品と向き合うみたいにこれもまた慎重にかき混ぜていく。
「そんな怖い顔しなくてもいいのに」
「で、ですが、ココルルがこんなにも溶けていくなんて」
「ホットココルルはあんまり需要ないものね?」
ホットココアはあるのにそこが不思議だ。
似た食文化は多いのに、国や地域ごとであるかないかが大きく違うのよね。340年くらい生きてても未だに不思議に思うことが多い。そこを私は、自分が食べたい理由だからと前世の記憶を活用しまくって色々作ってきた。リースが特に喜んでくれるから、ヴァスシードじゃ城を中心に城下にも広まってしまった程だ。
そこは置いといて。
「私のも出来たから」
出来るだけ並行に作っていった方がリュシアの見本にもなる。私は鍋をいくつも使い分けて湯煎掛けしていく。特に量が多いのは四凶達だけど、人型で食べるにしても彼らの胃袋は原型の時とほぼ変わりない。それはカティの守護獣のクラウもそうらしいが、あれは聖獣だから余計に底がわからないのだ。
「これは溶け切ったら鍋から下ろしておけばいいわ。ここからが大変よ」
混ぜる工程に変わりないが、根気のいる作業。
卵黄と砂糖を混ぜこむのは難しくないが、肝心なのはメレンゲだ。ハンドミキサーとかの家電製品が一切ないこの世界じゃ、自分達の手で作るしかない。ミンチやジュースにするなら魔術で時短させることは出来るが、メレンゲの場合はそうもいかないのだ。
ただ、メレンゲはもう少し後なので、先に他の工程を済ませることにした。
「卵黄と砂糖を混ぜて白っぽくさせたのをココルルのボウルに入れてよく混ぜて……その間に人肌くらいに温めた生クリームにデュラムを少々加えたのもこれに入れて、更に粉類も入れたら木ベラで粉っぽさがなくなるまで混ぜるの」
説明しながら作業をしても、リュシアはしっかりとついてきた。相変わらず慎重過ぎるくらいだけど、混ぜ方は悪くない。粉を混ぜ込むところまで終わったら、またシンクで二人で洗い物。
チョコの汚れとかは早いうちに洗わないと取れないのよね。
「……次はこれですの?」
「卵白をちゃんと見るのは初めてだものね」
一部薬草術で使わなくもないが、あれだと既に他の薬品と混ぜ込んだものが多い。
私達の前には、卵黄と分けておいた卵白の入ったボウルと砂糖が置かれている。さすがにエッグセパレートがないこの世界じゃ、分けるのも手作業なのでこれだけは計量の時に私が全部やった。
「ケーキを作るときに、ふっくらさせるための鍵はこの卵白で作るメレンゲって言うものなの。粉でも出来なくないけど、膨らみ方と味がまるで違うわ」
「どれくらいですの?」
「そうね……前にカティが作ってくれた四角いケーキがあったでしょう? あれをもっとふわふわさせたものと思えばいいわ」
「柔らかいものなんですね?」
「けど、ココルルを混ぜ込むから完全にはふわふわじゃないわ。どちらかと言えばしっとりしてるわね。これが一番時間がかかるからいい?」
「はい」
なので、二人で泡立て器とボールを抱えて混ぜ出した。私は作り慣れているから、だいたい10分で出来上がってから次のボウルに移っていく。リュシアは力入れてても泡立ちにくいのかしゃかしゃかと軽い音を立てながら混ぜていた。
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