2017年9月17日ーーイタリアンで体を温めよう
「ん……?」
「あ、起きちゃいましたか?」
これは夢なのだろうか?
目が覚めたら、カティアが何故か一人で俺のベッドの横で何か本を読んでいた。
クラウの姿はどうしてかいないし、他も誰もいない。
それと俺は何故寝ていたのだ? 自覚のある寝相の悪さでたしか彼女は近づけさせないようにしていたはずだが。
「ゆっくり体を起こしてください。いくらお薬で治っても安静にしてなきゃダメなんですから」
「あ」
思い出した。
俺は風邪花粉のせいで体調を崩し寝込んでいた。そして、その薬効がある果実を取りに行っていたカティア達が戻って来る間に、従兄弟と友人によって美味いながらも苦手な食材を使った料理を振る舞われたのだ。
その後、熱は引いても体力は落ちてるので寝かしつけられたが、カティアは一人看病で残るとファルミアに言われたような。
「……すまない。暇だったのだろう?」
「大丈夫ですよ? 絵本で文字の勉強してましたから」
まだカティアはこの世界に来たばかりでいるから、語学力は幼等部以下だ。話すことは聖樹水のおかげらしく不便はないが読み書きに関してはまったくだ。この城にきた初日に俺が書いた彼女の名前ですら、一切読めなかったくらいに。
だが、フィルザス神がちょくちょく教えているのと彼女の努力で少しずつ進歩はしているようだ。食材の名前の相互性なども、ファルミアの協力の甲斐あって不便なく使えているらしい。
「それにしても、よく寝ていらっしゃいましたね? もう夕ご飯の時間近いですよ」
「……そこまで寝ていたのか」
たしか、寝る前は昼二に近かったはず。
ずっといてくれたことが素直に嬉しく思えて、顔が熱くなるのを感じた。悟られぬように表面は無表情を装ったが。
「お腹空きませんか? 実は、さっき作ってそこに置いてあるんです」
「……あれか?」
昼餉にユティリウス達が持ってきたのと同じようなワゴンが隅に置かれていた。結界で保温しているのか、蓋もあるので中身は見えない。
だが、深く寝ていたせいか空腹感はそこそこあった。思えば、昼のは途中で手をつけなかったから体には不充分だったのだろうな?
「体が温まる料理にしたんです。ちょっと見た目はびっくりするかもしれませんが」
「驚く?」
「はい。ピッツァが生まれた国の料理なんですが、ヘルネをいっぱい使ったんで」
と言うと、あの緑色のソースを使ったものか。
初めて見た時は、アナと一緒になって顔を引きつらせてしまう程たじろいでしまった。だが、味は辛くないがとても好ましかったので、あれは良かったと思い直したほどだ。しかし、ピッツァでない場合どう使うのかわからない。あれでも十分に驚いたが、それ以上とは一体……?
そう考え込んでいたら、カティアがワゴンを押してベッド脇に持ってきていた。
「卓はユティリウスさんが作ったのを置きますね」
よいしょっ、と言いながらカティアはベッドの横に置いたままだった簡易的に創った卓を持ち上げて、ゆっくりと俺の前に下ろそうとした。そこを支えて、俺は受け取ってから自分の前に置く。
「料理はヘルネでも僕のいた世界じゃバジルって呼ばれている香草を使ったものです」
説明をしながら、カティアはワゴンの蓋を開けた。
俺はじっと見つめていたが、開かれてすぐに目を勢いよく見開いた。
「なっ、そ……れ、は⁉︎」
これがカティアの料理?
ファルミアに負けず劣らずの腕前でいる彼女の料理が。
昼に食わされたユティリウス達の料理がマシかと思うくらい……見た目があり得ないものでしかなかった。
全体的に緑だが、新鮮な色ではなくくすんだ黒がかっているものばかり。ピッツァの時と同じように熱を加えることで変色したのはわかるが、ほぼ全てそうなっているので正直食欲が湧かない。
「全部が全部じゃありませんが、イタリアって国の料理なんです。リンネオイルとこのバジルにマトゥラーを使うことが多いんで」
「…………そう、か」
だが、心優しい彼女が、御名手と言う縛り抜きに尽くしてくれる性格であるのはよく知っている。見た目は驚くと先に言っていたから、味は良いのだろう。でなければ持ってくるはずがない。
しかし、特に釘付けになるのは麺料理の方。どれほどヘルネを使ったかわからないくらいに緑だ。
カティアは卓に置けるだけおくと、何故か自分でフォークを使って麺を巻き始めて、適量で持ち上げるとそれを俺の前……に?
「はい。どーぞ?」
「な……にを?」
「お薬の時はユティリウスさんにからかわれて出来ませんでしたけど、今は僕達だけですから。食べさせてあげます」
「は?」
これは夢か?
ただでさえ恥ずかしがり屋なカティアが躊躇いもなく俺に食事を食べさせようとしている。頬をつねりたかったが、早く早くと彼女が促してくるので出来ない。
仕方なく口を開ければ、ゆっくりと麺を入れてくれた。
(…………味が、しない?)
おかしいと首を傾げようとしたが、そこで意識が途切れた。
◆◇◆
「……ル、さん? セヴィルさん、大丈夫ですか?」
「か……ティア?」
まどろんでた意識が浮上して、目を開ければ間近にカティアが顔を近づけてきていた。思わず飛び起きそうになったが、そうすれば頭同士でぶつかると自分を抑えた。
出来るだけゆっくり体を起こせば、額から何か温いものが落ちてきた。
「ふゅふゅぅ?」
ぽすんとそれは布団の上に落ちて弾んだ。
よく見れば、それは薄金の翼を持つカティアの守護獣だった。
「はー、良かった。魘されてたんでびっくりしました」
「魘されて……?」
では、先程のはやはり夢か?
部屋を軽く見渡せばワゴンもなく、いるのはカティアとクラウだけだった。
(……夢。それしかないだろう)
味も感じない上に、カティアが食べさせてくれるなどあり得ない。少し残念だったが、後半のそこだけはいい夢だったなと口元が緩みそうになった。
「どんな夢だったんですか?」
夢の内容を知るはずもない彼女は、無垢な様子で聞いてきた。
だが、答えるのは気恥ずかしいので俺は首を振った。
「いや、あまり覚えていない」
「そうですか? あ、もう少ししたらご飯の時間らしいですけど、何か食べたいのはありますか?」
夢の時と時間は近かったようだ。
こちらでの空腹感は特にないが、カティアが作ってくれるのならばなんだっていい。夢のあのバジルとやらのコース料理は、少し遠慮願いたいが。
「……そうだな。冷え込んできているから体の温まるものがいい」
「じゃあ、良いのがありますよっ! ヘルネを使って色々作ってきまーす!」
「え」
まさか、と口にしかけたら彼女はクラウを連れて出て行ってしまった。
そして、半刻後に戻ってきた時にはワゴンに夢と寸分も違いもないバジル料理を伴ってきた。
「バジルには体を温める効果があるんですよ?」
食べさせてはくれなかったが、生き生きとした表情でそう説明してくれる。
今度は軽く腕を抓れば痛みは感じ、現実であることを伝えてきたので、こっそり嘆息した。
だが、味は大変良く、俺向けに少し辛くしてくれたので非常に嬉しかった。
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