2017年9月9日ーー手巻き寿司パーティーは青ざめる

「お米、お米ー、つーやつやなお米ー」

「ふゅぅ?」

「美味しいお昼ご飯作ってるんだよー?」

「ふゅゆゆゆ!」


 うちわをぱたぱた扇ぎながら、バットの中の炊き立てのお米を冷ましていく。

 涼しい季節になってきたけど、ラディンさんのおかげでお米が一部の地域じゃ出回ってることがわかったんで取り寄せました。そこで、日本人ならではの『和食』っぽいのを作ることにしました。

 っぽいのは材料が一部日本とは違うからです。


「このウルス米をわざわざ冷ましちゃうんだ?」


 一緒に手伝ってくださってるのはライガーさん。僕だけじゃ時間かかっちゃうのでありがたいことです。


「具とかは先に用意しましたから、あとはこれを冷まして調味したお酢を加えれば準備完了です!」

「そうなんだ? けど、ほんとに……生で魚を食べるの?」

「カルパッチョと似てますよ?」

「そうかもしれないけど……」


 生魚を食べる習慣は、やっぱりヨーロピアンなこの世界じゃほとんどないみたい。美味しいのになぁ、お刺身とか。食べてもテリーヌとかカルパッチョくらいだそうな。すっごくもったいない。

 僕が、何を作ってるかと言いますと。


「これくらいでいいので、お酢を入れてー」

「僕がバット押さえておくね?」

「はい」


 しゃもじはないから、ターナーで切るように手早く混ぜて味見したら酢飯の完成。

 そう、お寿司です。手巻き寿司を実行しようとしてるんですよ!

 ファルミアさんは即賛成してくれて、それなら自分はと厚焼き卵を大量に作ってくれてます。専用フライパンは四凶さん達に作らせて、彼らも珍しく厨房に立ってます。服装はいつもの中国服っぽいのだけど、手慣れてるのかぽんぽん卵焼きを作っていきます。窮奇さんは何故か鉢巻きしてるんで板前さんに見えるよ……。


「なんか美味しい匂いがするねー?」

「フィーさん」


 今日はお昼寝されてたから、メモだけ残してこっちに来たんだよね。相変わらずの寝癖がぴょんとはねて可愛らしい。


「んー? カティアは何してるの?」

「ウルス米にお酢と砂糖を混ぜたものを入れて混ぜてます」

「どうするの?」

「これを海苔と具と合わせてお寿司を作るんです!」

「……スシって」


 あ、やっぱりフィーさんは思い当たるのかも。僕のいた世界の神様のお兄さんとは仲が良くて話すことが多いらしいから。ただ、ライガーさん達の前で異世界知識を言うわけにはいかないから言わないでおいてくれてます。


「けど、それって生の魚じゃなかった?」

「全部が全部じゃないわよ。厚焼き卵はこれで完成ね」

「あ、この匂いかー。卵だったんだ」


 ファルミアさんがほかほかの厚焼き卵を人数分出来上がったことを確認してから、僕らに味見用のを一切れずつくれました。はふはふしながら食べたけど、ほのかに甘くてじゅわっと口に広がる出汁の旨味が最高!


「ふゅゆゆゆ!」

「クラウ、一気に食べちゃった?」

「ふゅぅ」


 大丈夫かと思ったが、ほっぺを真っ赤にしながらもむぐむぐと卵焼きを頬張っていた。舌の火傷とかも大丈夫かな?

 味見はそれくらいにして、食堂に全部持っていきます。全員が揃いましたら……ユティリウスさん以外瞬時に顔を青ざめちゃったんだよね。やっぱり、冊を切った状態にしても生魚は抵抗が激しいようです。


「ばっ、ちょっ⁉︎ 美味い食い物って聞いたんだぞ⁉︎ なんでほとんど調理してねぇんだ!」

「さすがにこれは……」

「生のままですの⁉︎」

「の割にユティは興味津々だが……」

「えー、美味しいよ? これってスシ? あ。厚焼き卵まである!」


 ほむ。ユティリウスさんはファルミアさんが食べさせたことがあるみたい? けど、これを海鮮丼にさせても多分食指が湧かずに拒否られちゃうかなぁ?

 あまりの拒否っぷりにどうしようかと思ってたら、ファルミアさんが動き出して海苔片手に酢飯を乗せていきました。


「まずは百聞は一見にしかず。この酢飯を適量乗せて、赤身の魚に生野菜のスティックを乗せて軽く巻くだけ。はい、エディ。小皿のサイソースをつけて食べてご覧なさい」

「え、俺⁉︎」

「今日は手巻き寿司パーティーっぽくするってカティが張り切ったんだから、騙されたと思って食べてご覧なさい。リースなんかさっさと食べてるわよ?」

「は?」


 くりんと僕もそっちを向けば、サーモンのような魚とキュウリとレタス入りにマヨネーズも加えた、子供大好きラインナップで美味しそうに頬張っていました。お約束にほっぺに米粒つけて。


「スシ久しぶりー」

「うめぇ、のか? 生だぞ?」

「慣れれば気になんないし、むしろ焼くより脂が乗ってて美味しいよー? イリアナが俺好きなんだよねー」

「サーモンはイリアナって言うんですね?」

「マグロはノーシャイスって言うの。トロの部分も取り放題だから、カティも遠慮しなくていいわよ?」

「マグロづくし‼︎」


 しかも、トロが食べ放題なんて贅沢な!

 だけど、生魚初心者の人達はまだ抵抗感が拭えない模様。

 ふむ、ここは一手間加えてみますか。


「ファルミアさん、ちょっとその手巻き寿司貸してください」

「何をするの?」

「炙ります!」

「ああ!」


 軽く巻いてあっただけなので、開いても具にお米がついてなくすぐにマグロは取り出せました。

 それを小皿の上に乗せてバーナーよろしく青い炎で表面を軽く炙って醤油をちょびっと垂らす。これを元に戻してからエディオスさんに差し出しました。


「これならどうでしょう?」

「あ、まあ……けど中は生だよな?」

「魚のステーキと思ってください!」

「……異界の食文化はわかんねぇな」


 それでも食べてくださるようで、手巻き寿司と小皿を持ちちょんちょんとお寿司をお醤油につけてからひと口。


「……美味いっ!」

「本当ですの?」

「中は生だが、サイソースの味であんま気になんねぇ。ユティみたいに食ってもマジで大丈夫かもな?」

「おスシは蒼の世界でもカティア達の国の文化だからねー」


 本場出身を舐めちゃいけないよ、ってフィーさんは太巻きくらいの勢いで手巻き寿司を作っては頬張っていました。遠慮がなさ過ぎやしませんか?


「さあ、手巻き寿司パーティーよ! 全部は無理だけど炙りネタは作ってあげるから遠慮せずに召し上がれ?」

「この黄色いのは卵か?」

「ええ、オムレツじゃないけど少し味付けしてあるの」


 さてさて、全員が席につくことになってから僕も手巻き寿司作り。まずはクラウ用に無難なサーモンらしいイリアナの手巻き寿司を作ってあげました。


「はい。お醤油つけたからあーん」

「ふぁー」


 わさびはこの世界だとどこで自生してるかわかんないので今回はお醤油だけなんだけどね。ただし、ただの醤油じゃなくて握り醤油って言うのをファルミアさんが作ってくれました。ちょっと甘め。


「ふゅふゅぅ!」

「美味しい?」

「ふゅ」


 もきゅもきゅと噛んでいく様はやっぱり可愛いね。

 僕もトロたっぷりの贅沢巻きを作ってからひと口。


「うーーん。お寿司がこの世界で食べれるなんてーーっ!」


 ものすっごい贅沢だ。脂は多いけどしつこくなくて舌の上でとろけちゃう!

 クラウと半分こして食べながら、他の人達を見ると……。


「まあ、先入観に囚われ過ぎていましたわ。生の魚がこのように美味しく思えるなんて」


 アナさんは白身魚っぽいから鯛のやつかな?

 あれはさばく前全然鯛の見た目じゃなかったから、マリウスさんがシャッシャってさばいて中身がわかったんだよね。アナさんはそれをきっかけに他のお魚にも手を伸ばしていきました。

 サイノスさんも四凶さん達並みにばくばく食べてて、エディオスさんもユティリウスさんやフィーさんと競うように食べてた。

 ただ一人、セヴィルさんだけは未だ手付かず。


「食べれませんか?」

「……どうも、まだ先入観が拭えずでな」

「炙りましょうか?」

「……頼む」


 なので、一回一回魚を炙ることでセヴィルさんもなんとか食べれました。


「今度はお肉にした方がいいかもしれないですねー」

「肉でもいいのか?」

「バーベキューの時のような味付けだったり、テリヤキチキンだったりありますよー」

「……次あるとするならばそれも頼みたい」

「了解しましたー」


 食べない選択肢はないようになってきたのが、素直に嬉しいなぁ。

 それからお腹いっぱいになるまで手巻き寿司を食べ、余った酢飯は四凶さん達が海鮮丼にして平らげちゃいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る