2017年9月6日ーー風邪に効くのは甘〜い純白?part4

 





 ◆◇◆







 まさか、ユティリウスにこのような特技があるとは思わないでいた。出会って40年くらい経つが、その妻であるファルミアが得意とする料理を同じくらいにまで振る舞うなど一度とてなかったのだ。

 だが、簡易的に精製された卓の上には彼女に負けず劣らずの見映えのある料理達が並んでいた。エディオスも手伝ったと言うことは味見もしたのだろう。奴らの分も同じように作ったらしく、今別の卓の上に並べていった。


「ほら、もう保温の結界外したから早く早く」

「あ、ああ……」


 正直食欲はないが、友人の厚意を無駄にするほど俺は冷酷と呼ばれていても馬鹿ではないと思っている。

 ユティリウスに促されてとりあえずフォークを手に取ってからサラダの器を持ってみた。弱った体で持つにはいくらか重いがもたもたしていられない。

 白いドレッシングのかかった葉物野菜や赤と黄のトウチリンの細切り。どう言う味だろうかと少なめに口に入れれば、カッツのような味がして思わず首を傾いでしまう。

 不味くはないのだが、初めての味に美味いと言っていいのかわからなかったからだ。だが、段々食べ進めれば野菜の甘味にちょうどいい塩加減だなと認識して咀嚼していく。

 次にスープ。これまた白いがわずかに黄身ががっていた。そっとすくって匂いを嗅ごうにも風邪故に鼻が効かないが、飲んでみることにする。


「……マロ芋?」

「あ、わかった? マロ芋の形はないけど、すりつぶして入れてあるんだ」

「……悪くないな」


 ただ、これにはカッツではなく牛の乳のような風味。甘味は特に加えてなく、ポルトの塩気とマロ芋の甘味だけでシンプルだが素直に美味い。適温に保たれていたおかげで体が温まっていき、すぐに飲み干した。


「食欲出てきたのか?」

「ああ、なんとか」


 あとはメインらしいものだが、これもまた白っぽい。正確にはスープの時より濃い黄身色だが、ホロロ鳥やユクシィとかを使った煮込み料理か?

 だがこうも全体的に白いとなってくれば、主要な材料は牛の乳を使っているのは確実。たしかに、風邪の時にはよく使う食材と聞くし別に嫌いではない。生クリームを除けばだが。


(……まさか、な?)


 甘味はないし、風味はどちらかと言えば飲む方にも使う牛の乳に近い。ユティリウスは俺の苦手なものを知っているし、こんな病状の時にふざけたことなどせぬはずだ……と思いたい。

 だが、手をつけぬわけにはいかないのでひと口食べてみた。


「………………」

「あれ、不味かった?」

「……そうではない」


 これにはさすがに味がわかった・・・・


「ユティリウス、エディオス……この料理すべてに俺の苦手なものを入れたな⁉︎」

「やっぱメインじゃバレたかー」

「だろうよ」


 俺が叫べばあっさりと認め、ついでとばかりにユティリウスは立て板を取り出した。


「……ドッキリ、大成功?」


 一瞬意味がわからず、吞み込もうにも風邪でまだ朦朧としている頭では理解が追いつかなかった。

 どう言うことだとユティリウスとエディオスを交互に見れば、友人の方はニヤつきながら俺を見返していて従兄弟は苦笑いしていた。


「ネタばらしするか?」

「もち。こんな時でないとゼルは苦手なものとか食べないだろうから、俺が全部の料理に生クリーム入れたんだよ」

「……それはわかったが、その立て板はなんだ」

「ミーアとカティの世界じゃ、娯楽文化が富んでてね? そのうちの一つに対象者を驚かした後にこう言うの用意するんだってさ」

「……仮にも病人相手に何をしてるんだ」

「体張ったやつじゃないじゃん」

「食事自体がそうだろうが!」

「けど、メイン以外全部食えたじゃねぇか? シチューとかじゃなくても甘くなきゃ食えるんだな?」

「……まあ、それはわかったが」


 自分でも意外だと認めざるを得ない。

 どれだけ使われたかわからないが、メインの煮込み以外すべて完食出来るとは思わなかった。多分だが、カティアのお陰だろう。彼女の場合、こう言う料理よりはデザートが主流だが基本食べ易さを意識しているものばかりだ。マリウス達の料理や実家の公爵家の料理が不味いわけではないのだが、どうも生クリームで覆われたケーキを出されるとすぐに拒絶反応が出てしまう。

 なのに、最初に出されたデザートのピッツァや差し入れなどに出されたデザートは、すべて口に出来たし信じられない量を食べれた。

 それを積み重ねた上で、甘味はないユティリウスの料理でも無抵抗で食べれたのかもしれない。


「これも全部カティのお陰かもね?」

「っ」


 ちょうど考えていたことをユティリウスに言われ、体の熱が上がっていくのを感じた。


「カティア、か? まあ、こう言うのはあんま作ってねぇがたいていのデザートはゼルでも食えてるしな?」

「それだけじゃないでしょ? わかってて言わないでいるつもり?」

「余計に熱上げさせるわけにいかねぇだろ?」


 もう既に上昇しているが。

 だが、自分の口から言えるわけがないので閉口する。まだカティア本人にも直接的には伝えていないのに。


「なーにしてるのー?」


 ここでまったく違う声が割り込んできた。

 そちらに俺を含めて全員の視線が集まった先には、黒装束の少年神がいつの間にか立っていた。


「おう、フィー。戻ったのか?」

「思ったよりは楽だったからねー? ちょっと様子見に来たんだけど、何? 皆昼餉食べてたの?」

「俺が作ったんだー」

「へー? ユティが?」


 創世神もユティリウスが料理が出来ることは知らなかったようで、興味津々に近づいてくると俺の卓とエディオス達の卓の料理を交互に見比べた。


「……セヴィルが苦手な生クリーム煮って、何嫌がらせしてるの? もしかして、他の料理も?」


 さすが、神とは言え自身で料理をするからかすぐに材料を言い当てた。そうか。こう言うのは生クリームでも煮ることが出来るのか。不味いよりは美味かったが、まだシチューの方が好ましい。味が濃過ぎたからだ。もう遠慮しておくことにした。


「これやりたかったから、わざと生クリームで作ったんだー」

「……ドッキリ? ああ、蒼の兄様のとこの古い娯楽とかにあったね? やりたくなる気持ちはわからなくもないけど、病人相手には遠慮しなよ」

「いやー、つい」

「エディもなんで止めないのさ?」

「まあ、魔が差して」

「もう……」

「それより、カティア達は……?」


 ロザランを取りに行っただけなら、実の一部をここに持ってくれば済むはず。何か作っているのだろうか?


「あ、そうそう。ミーアと一緒に食べやすいように調理してるよー。後、いつも以上に多いから皆で分けて食べれるためにもね」

「どんなけデカかったんだ?」

「うーん……サイノスくらい?」

「「でかっ」」

「何故、そこまでのをわざわざ……」

「一番美味しいのを僕とクラウで選別してきたからだよ?」


 だが美味くても果実は果実。生クリーム以外に基本甘いものより辛いのを得意とする俺ではひと口で充分だからどれでも構わなかった。が、創世神の厚意を無碍にするのは不敬に値する故言えないが。

 けれど、カティア達ならば俺の苦手なものもきっと口のしやすいものにしてくれるだろう。そこは、少し楽しみだ。






 コンコンコン。






「フィー? 出来たから持ってきたわよー?」

「あ、うん。いいよー」


 フィルザス神の声掛けにより扉はすぐに開き、ファルミアがカティアと一緒にワゴンを引きながら入ってきた。クラウは何故かよだれをたらしながらカティアの頭にしがみついていた。


「お待たせしましたー」

「何作ったのー?」

「フィーは聞いてねぇのか?」

「食べやすいのってしかね?」

「今日はババロアって言うお菓子よ」

「「「「ババロア??」」」」


 俺も分からなくて、エディオス達と一緒に聞き返していた。

 ワゴンを見ても銀の蓋で覆われていて中身が分からない。菓子とは言っていたが、名前だけではまったく想像がつかん。

 やがてファルミアが蓋を開ければ、台に乗っていたのは思ったよりも小さな半円型の桃色の菓子が皿にあっただけ。皿はここにいる人数分あるが、どれも大きさは変わらない。

 しかし、カティアが一つをスプーンを添えて持ち上げれば、ふるりと横に揺れた。


「ゼリーみたい?」


 ユティリウスの言葉に俺も頷きかけた。オルジェやメロモのゼリーは子供の頃に風邪を引いた時母上から食べさせられたことはある。だが、あれにしてはもう少し柔らかな気がした。


「違うわ。ババロアはゼリーとムースの中間ね?」

「甘さは控えめにしてありますから。あれ? ご飯召し上がられてんですか?」

「俺が作ったの食べさせてたんだよ」

「ユティリウスさんがですか?」

「……リース、これ全部に生クリーム入れてるでしょう? 何病人に苦手なものを食べさせてるのよ?」

「これがしたくて」


 カティアが部屋の様子に気づいてから、ユティリウスが彼女とファルミアにもこれで3度目の説明をした。

 立て板を奴が妻に見せれば、ファルミアはすぐに夫に近づいて拳を脳天に叩きつけた。


「やるならせめて病気じゃない時にしなさい!」


 ファルミア、俺に仕掛けるなと言うのはないのか。

 ないだろうな、と内心諦めた。


「え、これも、生クリーム使ってるんですが……」


 おそらく、食事には使わないだろうと踏んでカティアは思いついたのだろう。カティアも俺が甘いものとクリームを得意としないと知ってからは、極力控えてくれていたからな。

 だが、悪いのはユティリウスとエディオスだから何も後悔する必要はない。俺は彼女手元に片手を伸ばし、皿を受け取った。


「俺のために作ってくれたのだろう? いただかせてもらう」

「そ、そうですか?」

「そこでアーンはしないんだカティ?」

「なななな、何言ってるんですか⁉︎」


 復活したユティリウスの発言にカティアは顔を真っ赤にさせて奴に突進して行った。と言っても、仮にも隣国の王なので反論するのに近づいて喚いてるだけだが。


(…………美味い)


 カティアの反論が止まる勢いがないのでひと口食べれば、プチカに似た果実の味に加えて滑らかな口当たりが心地よかった。たしか前にアルグタでも作ってくれたようなものと似ているが、もっと固さがある。

 不思議と生クリームが使われていると知っても拒絶せずに平らげることが出来た。

 そして、味はプチカでも実際にはロザラン。効果は覿面であれだけ重かった体が嘘のように軽くなり、熱もすっと引いていく感じがした。


「ももももうもうもう、僕なんかがしても迷惑なだけですよっ」

「「そうかなー?」」

「フィーさんまで声を揃えないでください‼︎」


 まだ俺の様子に気づいていないのか、カティアは感情を爆発させて声を荒げていた。あそこまで言われると俺もいささか傷つくのだが、彼女に全面的に好かれているか不明故に口出ししにくい。


「治ったようね?」


 一緒に舌戦しているかと思いきや、ファルミアはこちらにやってきた。


「……今日一日は安静にしてろと言いたいのか?」

「当然。風邪花粉だからって甘く見ないことね? 失った体力だけは戻らないのだから、カティに夜まで看病してもらったら?」

「……余計に煽らないか?」

「あら、あの子それは自分ですると言ってたわよ?」

「え?」

「御名手として出来るのは、それくらいかしらってね? 良かったわねー、初恋の子に献身的に看病してもらえるじゃない」

「………………」


 やはり、こいつはなんだかんだでユティリウスの妻だと思い知らされた。家格は違えど、夫婦は似ると言う言葉を思い出すくらいに。

 その後、俺は本当にカティアに看病され翌日にはエディオスとユティリウスに倍以上の仕返しが出来るくらい回復出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る