2017年7月第3水曜日ーー軽くて溶けにくい焼きチョコで暑気払い

 


「ぶゅゆゆ…………」

「はい、クラウ。あーん?」

「ぶゅぅ……」


 短いけど、毛で覆われてるからクラウには暑いみたい。

 今は食堂でイチゴのかき氷をゆっくりあげてます。でも、暑さがなかなか抜けないようでだれだれ。


「困ったなぁ。夏だからしょうがないけど」


 猛暑というわけでもないけど、地味に暑い。

 湿気のようなじめじめーっとした日もあれば、がんがんに日差しが強い日とか。今日は前者だね?

 単に暑気払いするだけじゃ、クラウにはダメっぽいようです。


「ふーむ。こうなると、あれが必要かな?」


 一緒だったフィーさんは今回新作のマンゴーのようなマーゴラって濃厚フルーツで作ったシロップでかき氷をゆっくり食べてる。前のような頭キーンにならないようにそこは学習されたようです。


「あれ、ですか?」

「ちょっと特別な果物なんだけどね。クラウにはひょっとしたら効くかも」

「お願いします!」

「もちろん」


 と言って、指パッチンで卓の上に何かが落ちてきた。

 落ちてきたはいいんだけど、


「これって…………カカオ豆?」


 としか見えないくらいに僕の今の顔サイズくらいのカカオ豆が数個鎮座していたよ。


「そっちにも似た果物あるんだ? これは神域の奥地にしか自生してない『キアル』って樹の実なんだよ。ココルルの原種って言うくらい特別なもので、神力を豊富に含んでるんだ」

「チョコの原種?」

「これを加工して、クラウにあげれば多少はマシになると思うよ」

「おお!」


 ならば、早速加工しないと!

 と思って意気込もうとしたんだけど。


「ただ、これはおいそれとここでも加工しにくいものなんだよ。何せ、僕か神霊オルファとか神獣が食べていいものだからさ」

「…………えーっと、じゃあどうすれば」


 こんなおっきいままの状態でクラウに食べさせるにも、皮が厚いし難しそうだ。


「ここじゃ出来ないから、僕の小屋に行こうか? 久しぶりに」

「小屋って、最初に連れてってくださった?」

「そうそう。君がこの世界に来て最初にピッツァ作ったあそこ」


 ふむ。たしかにあそこならフィーさんの領域だから誰かれ気にする必要はないね。


「はい!」

「なーに?」

「そこで作るのはいいんですけど、制作過程で僕は味見しない方がいいですよね?」

「……えーっと、神域の聖樹水あれだけ飲んだから、もういいっちゃいいかな?」


 あ、それすっかり忘れてた。

 ひとまず、かき氷の片付けしてからエディオスさん達のところに向かいました。


「一時的に神域に行く、か。いいぜ? つか、俺が許可出す必要あっか?」

「僕だけじゃともかく、カティアは一応君の客人扱いだしね?」

「そうだったな」


 お客人といっても、ほとんど居候ですけどね?


「ま。無断で神域に行くとなりゃ、ゼルが黙ってねぇかんな?」

「ははは……」


 そのセヴィルさんは今たまたまサイノスさんにご用があるそうでここにはいません。


「セヴィルにはちょっと行ってくるからって言っといて?」

「ん。神域の食いもんはお前の許可無しに俺でも食えねぇからな?」

「キアルはそうそう出せないよー。じゃ、カティア。行こうか?」

「はい」


 だれまくってるクラウを片手で抱っこし、もう片方の手をフィーさんと繋いで、いざ神域に!









 ◆◇◆








「とーちゃーく!」

「そんなにずっと離れてたわけじゃないのに懐かしく思えますねー」


 ほんとそんなに経ってないのに。

 さて、それよりも腕の中でだれだれ状態のクラウのためにキアルの実を加工しなくっちゃ!


「ぶゅゆゆ……」

「君にはここの井戸水飲ませてあげるよ。聖樹水程じゃないけど、冷たいし美味しいから」

「ぶゅぅ……」


 神域の方が涼しいけど、熱がこもってるのかクラウには意味がない感じ。それか初めて来た場所に順応しにくいかも。急がなくっちゃ!


「フィーさん、行く前に調理台にキアルの実を出しておいてくれますか?」

「いいよー。加工の仕方は教えた通りにすれば失敗しないだろうから」

「はい」


 クラウのことはフィーさんにお任せして、僕は中に入って調理場へ向かう。

 台の上には、既に置かれてたようにキアルの実が置いてあった。


「まずは道具の準備だね」


 本来のカカオ豆より加工は難しくはないらしい。

 用意するのは大きめのボウルをいくつかとスプーンとペティナイフ。

 ペティナイフで切れ目を一周するように入れて、ぱっかんとまずは割る。そうしたら、豆じゃなくてもう液体状のチョコが出てくるので素早くボウルの中に流し込んで、一滴残らずスプーンで取る。

 甘味は既にあるらしいから、テンパリングさせたチョコと扱いは同じでいいらしい。

 普通のココルルはこうじゃないらしいから、今度マリウスさん達にお願いしてみてやってみよう。パティシエの方の修行もおろそかにしちゃいけないしね。


「夏だけど、チョコのアイスバー的なのはかき氷あれだけ食べたからお腹こわすこともあるだろうし……かと言って、あったかいのは余計に熱逃がせれないから」


 うーん、と首を傾げながらも、色々材料を探しつつ考えてみる。


「…………生チョコは柔らかいけどたくさんは血糖値が心配になるし、焼いて冷やすと言ってもガトショーは重いしフォンダンショコラは時間がかかるから却下。あ」


 焼くでも、あれならいいかもしれないや。

 作ったの一回しかないけど、そんなに難しくない!


「何作るか決まったー?」

「……ふゅ?」


 裏口からフィーさんとクラウがひょこっと顔を出してきた。クラウはちょっぴり持ち直したようでもまだ辛そう。


「はい、一口サイズに焼くものにしようかと」

「ケーキ? クッキー?」

「クッキーに近いですが、ちょっと違いますね」


 とりあえず、作ってみよう。

 冷やす作業は魔法で可能だから手早く出来るはず。

 コーンスターチにあたるキビトットというものと無塩バターに生クリームと薄力粉に粉乳。粉乳は神獣の好物らしくって、先にクラウにも少量あげることに。


「まずはキアルの実を湯煎で温めたら、無塩バターと生クリームを入れて滑らかにします」

「僕が粉とか振るっておけばいい?」

「お願いします」


 と分担作業。

 クラウは小ちゃな舌でぺろぺろと自分の粉乳を舐めてます。

 バターが溶けて、生クリームもしっかり混ざったらお湯の鍋からボウルを引き上げて調理台に持っていくよ。


「これにもう入れるの?」

「何回か分けてお願いします」

「はーい」


 ターナーでさっくり切るように混ぜて、粘り気が出て来たらひと塊りにするようにまとめていくよ。


「ほとんどクッキーみたいな感じだね?」


 まあ、塊を見ればそう思われちゃうよね。

 ただし、これはこの後が大きく違うのが特徴なんですよ。


「粘土くらいの硬さになったら、棒状にして普通は氷室でゆっくり冷やすんですが……今日は冷却魔法で短縮します!」


 冷え冷えキーン!ってくらいにまでしっかりと冷やしたら、包丁とまな板を用意して約2cm幅にスライスしていく。


「フィーさん、天板に薄紙敷いておいてくれますか?」

「いいよー」


 切ったものをくっつかないように並べて、あらかじめ予熱しておいた窯じゃなくてオーブンに二段入れて、三分くらいの小ちゃな砂時計で時間を計ります。


「……生焼けにならない?」

「この食べ物はこれでいいんです」


 砂が落ち切ったところでミトンを使って取り出せば、思い描いてた通りの焼き加減になっていた。


「これをまた冷却魔法で冷やせば、焼きキアルの完成です!」

「へぇ?」


 僕が作ったのは焼きチョコ!

 クッキーよりも少ない量の粉でチョコを混ぜて焼いて、しっかり冷やせばサクサクとした食感が楽しい某有名メーカーのおやつを作ってみたんだ。


「このままじゃ持てませんので、一気に冷やしますねー?」


 粗熱をまずは取り、そこからゆっくりしっとりかつしっかり冷やしていけば、天板から持てるくらい軽いクッキーのようなものが完成。


「フィーさん食べてみてください」

「うん!」


 と言えば、さっそくとフィーさんは焼きキアルを持ち上げて、ひょいっと口に入れた。大きさは例の焼きチョコよりは大きいけど、相変わらずひと口で食べるなぁこの人。



「キアルが濃いけど、冷たいしサクサクしてていいね! 粉が少ないから軽いココルル食べてるみたい」

「溶けないココルルとして、蒼の世界じゃこう言うのが夏だと女性に好まれてるんです」

「病みつきになりそうだけど、クラウのためだもんね? クラウー、出来た…………え?」

「ぴ?…………………あぁ⁉︎」


 気がついたら、天板の片方の焼きキアルが3分の1を残すまでになっていた!

 原因は、もちろんクラウです。

 自分の手の大きさ以上ある焼きキアルをふた口程度で口に頬張って、次々と貪っていく。

 暑さでだれまくっていたしおしおクラウはいずこ?


「ふゅ、ふゅぅ‼︎」


 本人は美味し過ぎと思ったのか、僕達を無視して夢中のようだ。

 元気になる為に作ったとは言っても、激変過ぎないかいクラウさんや?


「まあ、いっかな?」

「これが一番いい状態ですもんね」


 なので、残りの天板も近くに寄せて上げて好きなだけ食べさせてあげました。

 暑気払いもきっちり出来てるみたいだし、笑顔で頬張ってくれるんなら僕には何よりのご褒美でした。


「帰ったら、これココルルでエディ達にも作ってあげようよ。ちょうど八つ時だし、溶けにくいココルルならセヴィルもちょっとは食べれるはずだろうから」

「そうですね?」


 疲れた時の甘いものの定番なチョコなら、皆さんきっと片手間に食べれそうだもの。

 実際これは正解で、毎日じゃないけどエディオスさんやアナさん達の執務の片手間のお供になったそうな。

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