2017年5月12日ーー意外や意外な主人公の苦手なものpart1
「嘘ですよね嘘ですよね嘘ですよね、嘘ですと言ってください!」
「残念だけどカティ。否定しようとしてもこれは現実よ?」
「うわぁあああああぁあ‼︎」
なんでなんでなんでこうなるの⁉︎
僕は十数分前の自分を叱ってやりたいくらい今目の前に起こってることから逃げ出したかった。
◆◇◆
さぁて、と、午前中のお勉強に励もうとした時だった。
やけに慌ただしいノックの音が扉から聞こえてきたんだよね。
「はーい?」
「カティア、良い知らせだよ‼︎」
「フィーさん?」
クラウと顔を合わせてなんだろうと首を傾げるけど、返事しちゃったからには開けなきゃね。
ドアを開ければ、フィーさんが飛び上がらんばかりに興奮してらした。
「少し山向こうの小池にヴィラカダがわんさか繁殖してるのが見つかったんだって‼︎」
「ヴィラカダ?」
「あ、そっか。ごっめーん、そっちの言葉だとなんて言うんだろ? ミーアはユティや四凶連れて先行っちゃったし」
よくはわからないけど、水辺の生き物と言うのはわかったね。
なんだろう? お魚とかかな?
「とにかくこの時期にしか獲れない珍味なんだ! カティアもきっと気に入ると思うよ」
「そんなに美味しいものなんですか?」
「うん、とっても! ピッツァに乗せるのもいいかもしれないし」
「うわぁ……」
ピッツァの具材になるなら是非ともお目にかかりたい!
シーフード系って、ツナマヨ以外あんまり作ったことがないからね。鱒みたいなお魚ならスモークサーモンのように燻製にさせてからスライスするとかありだ。僕何回かはダンボールなんかで燻製作ったことがあるし、ファルミアさんがいれば代打案は出て来そうだもの。
「行きたいです!」
「そうと決まれば、さくっと転移しちゃおうか!」
「え、他の方達は?」
「エディとセヴィルはもち執務で忙殺。アナはその補助だし、サイノスはちょっと訓練でまとめ役しなきゃだからダメだってさ」
「じゃあ、いっぱい捕らなきゃですね!」
「獲るのは投網で一発だから、カティアでも出来ると思うよ」
なので、レッツゴーと言う勢いでフィーさんの指パッチンで僕らは空間に溶け込むように転移していく。
気がつけば、目の前には泉よりちょっと大きいくらいの池があり、僕らが降りた反対側ではファルミアさん達が何か準備をされてるようだった。
「真っ青な池!」
「ふゅ!」
クラウも久しぶりの遠出だからうきうきしているのか翼がピコピコ動いている。
僕がちょっと抱っこしてる腕を緩めば、すぽんと飛び上がって冷たい風に乗ってくるくると回った。
遠くに行かないように注意してから、僕はフィーさんとファルミアさん達の方に近づく。
「ファルミアさーん!」
「あら、カティ。早いわね」
「ヴィラカダが獲れるって聞いたらねー?」
「そうだね。俺もうきうきしちゃうよ」
ユティリウスさんも大好きな食材みたい。
王様も好むくらい美味しいものなんだ?
これはどんなものなのか更に興味が湧いちゃうよ!
「ファル、網の補修はひとまず終わったぞ」
「こちらも問題ない」
「大きさがやや小さいが急ごしらえ故か」
「我らが投げれば良いか?」
四凶さん達は安心安定の事務対応のような会話がぽんぽんと進みます。
「そうね。狙いはわかってるでしょうから、とにかく群生してる箇所をお願い」
『御意』
「俺もこいつで狙うぞー!」
ユティリウスさんは手にしている黒い網の塊片手にやる気MAXの表情がいつも以上に少年のように見えます。この人、成人しててファルミアさんの旦那さんだよね? はしゃぐ時は童心に帰ると言う言葉があるからかな?
ともかく、ユティリウスさんはそのやる気のまま網を狙ってたらしい箇所に投げられた。
素人目にも、綺麗な放物線を描くフォームには思わず拍手しちゃったよ。四凶さん達の方も渾沌さんがユティリウスさんとは別の方角に勢いよく投げ込んだ。そんなにあちこちいるのかな?
「僕も向こう側に見つけたからつーかまえよーっと!」
「僕もいいですかー?」
ヴァスシードサイドを見るのもいいけど、神様のフィーさんの狩りってあんまり見ないからね。なんか神様側の制約のようなものがあるらしいけど。
フィーさんはクラウが飛び回っているとこを過ぎて、大体ファルミアさん達の反対側まで来てからようやく止まった。
そして、指パッチンで大きめの投網を取り出し、少しだけ見渡してから勢いよく投げ込んだ。
「ふふーん! 絶対大漁だ!」
すっごい確信、と思ったけどこの人神様。
投げ込んだ網から伸びる綱に最初は変化がなかったけど、くんくんと下に向かって引っ張られるように動き出せば、フィーさんはしてやったりと口元を緩ませた。
「そぉーれぃ!」
ぐいんとフィーさんが綱を引き上げれば、ずるずると水の中から網が引きずられて来て、少ししたら赤っぽい光が見えた。
「赤?」
「んー、まだ暗いからそう見えるかも。本体は
「半透明?」
魚が透けてるの?とこの時は思ったけど、近づいてくる光の塊が見えた時にそれは覆された。
「え、あ、あれって⁉︎」
キトンキトンとご立派な鋭いハサミが二本。
きゅるんとした黒くて丸い小さな目に細くて長い触覚にオレンジ色の半透明の殻に覆われた細長い身体。
ただ、大きさはクラウを一回り小さくしたくらい。
でも、僕が知ってるものより断然大きい!
「海老ですか!」
「へぇ、エビって言うんだ? 蒼の世界だと」
フィーさんは海老の群勢を物ともせずせっせと網を手繰り寄せていく。
こ、これって手長海老でもないしなんて言うんだろう? 淡水のところに海老って棲息してたっけ? ザリガニはともかく。
(…………まさか、ね?)
あの赤くて大きいハサミで人間の指なんてちょん切りそうな沼なんかにいるあれなんて思いたくない。
むしろ、牡丹海老や車海老と言うか、ロブスターっぽい感じに綺麗だもの!
「このヴィラカダは使い道がないものなんてなくてね。硬い殻からはいいスープが取れるし、その抜け切ったものも乾燥させて砕いて調味料にも使えるんだー」
「すごいですね!」
ロブスターに近い見た目なのに、用途は薄い殻に覆われた海老達くらい使えるなんて驚き。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん。向こうでもたくさん獲ってるだろうし、僕らはこれでいいかな?」
網にかかっている分を確認すれば、フィーさんは指パッチンで網ごと亜空間収納された。
あれって簡単なように見えて、記憶探査に匹敵するくらい難しい魔術だから僕なんて到底無理。
この中でも四凶さん達くらいしか出来ないそうな。
「ふゅふゅぅ!」
「おかえり、クラウ」
ひと通り涼んで来たのか、クラウはご機嫌な様子で僕のとこに戻って来た。
僕はクラウを抱っこしてからフィーさんの後に続いてファルミアさん達の元へ戻っていく。
近づくにつれ、あちらも大漁なのが聞こえてくる声から窺えた。
「これだけあれば充分ね」
「フリットもいいよね!」
「素揚げも格別」
「良い酒のつまみにもなる」
「少し半生のあれも良いな」
「なんと言うのであったか?」
この海老、生でも食べてるんだ?
これだけ澄んだ水だから泥出しする必要がないのかな?
「そうね。カルパッチョもいいわね、ザリガニだけど」
「え?」
ファルミアさんの言葉に僕は一瞬思考回路すべてが止まった。
「カティア、どうかした?」
フィーさんに手を振られても僕はヴィラカダの本性について頭がついていけない状態。
けれど、再確認はせねばと徐々に石化は溶けていき、おそるおそる口を開いた。
「ファ、ファルミアさん!」
「なにかしら?」
「こ、この海老って蒼の世界だと何になるんですか?」
さっきの言葉は嘘であってほしいと思いたい!
「ああ、言い忘れてたわね。見た感じロブスター近いけど、正真正銘大型のザリガニよ?」
「う、う、うわぁああああ⁉︎」
「カティ⁉︎」
「え、カティア⁉︎」
「ふゅ⁉︎」
そして、冒頭に戻るわけである。
◆◇◆
「まさか、カティの苦手なものがヴィラカダだったなんてね?」
「ヴィラカダはまだいい方です‼︎ ただ、ちっちゃいのに赤くて鋭いハサミを持ったあれはダメなんですー‼︎」
僕らは小池から食堂に戻って来てティーブレイクでひと休憩していた。
ヴィラカダがザリガニだと言うのを知って僕は卒倒しかけたが、フィーさんと四凶さん達がささっと亜空間収納してくださったおかげで事なきを得ました。
「アメリカザリガニのことね? たしかにあれは女の子じゃ苦手な人が多くて当然だわ」
「どう言う生き物?」
「ヴィラカダを手のひらくらいに小さくして、全体的に赤くて獰猛な生き物なの。雑食だからなんでも食べるらしいわ。カティが苦手意識を持ってると言うことは、小さい頃とかに運悪くハサミに挟まれかけたからとか?」
「うう……あの時は指が無くなるかと思ったんです!」
実際はないと言うのはあとで知ったけど、あの鋭いハサミで指を囲まれた時の恐怖は、子供だと死ぬかと思ったくらいに近かった気がする。
大人になってからザリガニに遭遇する機会はぐっと減ったけど、テレビに映るザリガニ釣りの様子は成人しても目を逸らしちゃうくらいトラウマものだ。
「なるほどねぇ? こっちのヴィラカダはこちらが殺意を持たなければ基本大人しいし、一部は飼って美しさを競う品評会までするくらい温厚な生き物だよ?」
「……なんか、バラエティとかで特集があったような」
「けど、あんまり寿命は長くないから結局は美味しくいただいちゃうことがほとんどよ」
「どれくらいですか?」
「確認された長寿でも100年ってとこらしいね」
「充分長生きですよ!」
ファルミアさん転生されて感覚がこっちの世界に染まるのはしょうがないけども。
「まあ、とりあえずそのままのを一度食べてみなさいな? アメリカザリガニだって、臭みを消せば食べられなくもないらしいし」
「な、生ですか?」
「それも悪くないけど、素材の味をわかってもらうなら塩茹でよ!」
「お待たせしました」
給仕のお兄さんが調理されたヴィラカダのお皿を持ってこられた。
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