2017年5月12日ーー意外や意外な主人公の苦手なものpart2

 

 それは殻もなく、ほかほかの湯気に包まれた赤と白のコントラストが美しい茹でた海老の身と、小皿に脳味噌のようなものが盛られていた。

 それだけ見れば物凄く美味しそうに見えるが、正体は巨大ザリガニ!

 あれ食べなきゃいけないの⁉︎

 お皿は僕以外にも全員用意されていて、フィーさんから順に置かれていく。

 僕やクラウの前にも置かれたら、クラウは興味津々で翼をぴこぴこさせているのはいつものこと。


「ああ、これよこれ!」

「新鮮なうちに食べれるって贅沢だよね!」

「昼餉前だから味見程度だけど。これをカティに食べてもらってからメニューは決めるわ」

「え」


 お昼ご飯にもこの海老使うんですか⁉︎

 けれど、先行概念を持ち過ぎるのは料理人としては情けないことだ。

 むしろ、こちらの世界の珍味に出会えたのだからありがたくいただかなくてわ!

 僕はぎゅっとナイフとフォークを握りしめ、カチャカチャと海老の身を小さく切り分ける。そのうちの一つを刺して口の前まで持っていき、おそるおそる口を開けた。


(ええい、ままよ!)


 絶対美味しい伊勢海老‼︎と一回しか食べたことのない高級食材を思い浮かべたら、口に入った海老はまさにそれに近かった。


「お、美味しいです……」

「濃厚でしょう? 私も初めて見た時は驚いたけど、味が濃いからすっかり病みつきになっちゃって」

「はい……」


 噛めば噛むほどに海老の旨味が塩気と抜群にマッチしていて、ひょいぱくひょいぱくと止まらなくなる!

 これは本当に淡水で育った生き物かと思えるくらい凄かった。


「あー、これだけじゃ足りないよー」

「そだねー?」

「同意だ」

『うむ』


 男性陣の方はとうに空っぽ。クラウひと切れずつカジカジと噛み締めていた。


「さぁ、カティ? 料理人としてこの素材をどう使おうかしら?」


 ファルミアさんの微笑みに、僕は思い浮かんでいたものを口にした。


「海老とアボカドとクリームチーズのマヨピッツァです!」

「流石だわ! 時間操作とか魔法の必要なところは私がやるから急いで作りましょう‼︎」

「はい!」

「俺はー?」

「僕はー?」

「リースは四凶達と部屋で待機」

「フィーさんはクラウをお願いします!」


 即答のキャッチボールを行って、僕とファルミアさんは調理にと厨房に向かった。







 ◆◇◆







「アボカドは、こちらだとトルナコって呼ばれてるの」


 おかしな呼び名でしょう?とファルミアさんは苦笑しながら貯蔵庫で見つけたアボカドを差し出してくれた。

 見た目は皮は黒じゃなくてつるんつるんの黄緑。

 形はよく知ってるアボカドと同じ。中の実もほとんど変わりないらしい。渡された実は熟してるサインがちゃんとされていた。


「美味しいエビアボカドのピッツァ作りましょう!」

「やる気満々になってくれて良かったわ。あ、カティ。トマトソースの方も作りましょう? アボカドじゃなくてブロッコリーならちょうど良いんじゃないかしら?」

「いいですね!」


 マヨピッツァだけじゃ、こってりばっかりで飽きちゃうかもだしね。

 生地の大まかな仕込みは僕が、食材のスライスや少し高度な魔術が必要な場合はファルミアさんが。

 まだ調整が難しい僕の魔法じゃ、今回みたいに時間がない時は失敗目立っちゃうからだ。

 下準備が全て整えば、皆さんが食堂に来られるタイミングまでお片づけをしつつ待ち、いらっしゃれば今日は僕がメインにトッピングを施す。


「ああ、焼き上がりが楽しみなトッピングだわ!」

「入れますねー」


 満タンに窯に入れて焼き上げれば、マヨとチーズの焼けた匂いに加えて磯の香りが漂ってくる。


「これは絶対に美味しいに違いないわ!」

「食材のバランスも良いですからねー」


 トルナコも少し味見したけど、濃厚でクリーミーなアボカドの味でした。

 ブロッコリーとトマトソースの方も焼けば、更に堪らない匂い!

 厨房に一枚ずつまかないで食べてもらう用に作ってあるのも忘れてないよ?


「ヴィラカダを具材に使えるとは」

「この時期ならではの贅沢ですね」


 料理長副料理長のお二人は早速考察に入られちゃった。

 僕達は全部焼いてから食堂を後にしたよ?


「ヴィラカダのピッツァってマジか!」


 僕らが顔を見せれば、エディオスさんの興奮っぷりが凄かった。二時間前のユティリウスさんを彷彿とさせるよ。ユティリウスさんもほとんど同じだけど。


「ヴィラカダはお兄様の大好物ですものね」


 と、アナさん。

 なるほど、それでエディオスさんがお目目爛々とされてるんだ。

 これは、ちょっぴし緊張しちゃうね。


「今日は二種類ありますよー。こちらがコルブ(ブロッコリー)とマトゥラーソース、こちらがトルナコにカッツクリームとオーラルソースです」

「トルナコを焼くのか?」

「こちらだとサラダが多いんですか?」

「そうね。あんまり焼いたりはしないわ」


 けどまあ、冷めないうちにと卓に全部置いた。


「ふゅ、ふゅぅ!」


 クラウは相変わらず空腹の虫ちゃんを大きく暴れさせているよ。


「んじゃ、俺はトルナコ焼いたのから」


 と言って、エディオスさんはひょいぱくと頬張られた。

 ど、どうかなーっとドキドキしていれば、エディオスさんは数秒も経たずにガツガツ食べ進んでいった。


「やっべ、止まらねぇ!」

「俺も止まんない!」

「僕もー!」


 食いしん坊トリオは何枚もお代わりしていくよ。

 四凶さん達もだけど。


「ヴィラカダとカッツがこのように合うとはな?」

「普通はマトゥラーと炒めた奴とか塩茹だもんな?」


 セヴィルさんとサイノスさんも適度に自分の分を確保しながら食べてくださってた。


「手が止まりませんわ!」

「やっぱり、エビアボカドの組み合わせ最高! グリルだけしかしてなかったけど、ピザにするとより濃厚になるわ!」


 女性お二人もいつも以上に召し上がってくださってるよ。喜んでもらえて良かった良かった。

 だが、目を奪われててはいけないと僕もマヨピッツァの方をひと口。


(アボカドがさらにクリーミー!)


 小海老サイズほどに切ったヴィラカダのブロックとの相性も抜群だし、クリームチーズとマヨがあれば言うことなし!

 トマトソースの方は少しさっぱりしていて、舌を休ませてくれる。これは良い食材に出会えたなぁ。

 正体はあれだけど。


「ふゅぅ!」


 クラウはマヨをほっぺにつけながら一生懸命食べ進めているよ。僕は何枚か食べてから手拭いで拭いてあげた。


「カティア、お代わり!」

「俺もー!」

「へ?」


 急な声がけにびっくりして振り返る。

 卓には、もうピッツァが一枚も残っていなかった。

 いくら大好物でも早過ぎではないでしょうか?


「お兄様方ずるいですわ!」

「私達そんなに食べてなくてよ?」


 おおっと、珍しく女性陣も割り込んで来られた。

 美女の睨みにエディオスさんはひくっと口元をひくつかせ、ユティリウスさんは奥さんのお怒りにさぁーと砂が流れる勢いで青ざめていくよ。


「……カティア、今のうちに作りに行ってくれないか? 出来上がらねば、多分落ち着きはしないだろう」

「……そうですね」

「カティア、生地に余裕あんならカッツと蜂蜜のもいいか?」

「大丈夫ですから作りますねー」


 セヴィルさんの助言とちゃっかり注文するサイノスさんの言葉を受けて、僕はとことこと厨房に戻っていったよ。

 ただ、


「くじを決めたぞ!」

「恨みっこなしだ!」

「私も負けられいね?」

『料理長怖いっす!』


 厨房では残り一枚をかけてくじ引きトーナメントをされていた。

 さり気にマリウスさんも参加するくらい、どうやらヴィラカダのピッツァは高評価をいただけたようです。

 とは言え、この中に混じって作っていいのだろうか? だけど、向こうも収集がつかないから作るしかないよね。

 こそこそーっと、遠回りしながら窯の前の調理台に向かう途中、僕は湯がいた後のヴィラカダが置いてあるのが目に入った。

 見た目はやっぱりロブスターっぽいけど、よくよく見ると愛嬌があって可愛らしい気がする。

 愛好家がいるのも、ちょっぴり頷けちゃうかも。

 かと言って、長年患ってるトラウマから早々に解放はされないけどね!

 これは別物と思って、僕はピッツァを焼きに行った。

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