2017年2月14日ーーか弱きものも魅せられる千代香(チョコ)part5ーードラゴン愛企画
そうだ。なり振り構っていられない。
すぐに術の準備を……ぬ?
(何故だ。聖気が放出されない?)
身体に聖気は満ち溢れているのに、術が行使されない。
どうしてだとおろおろしていたら、何か強い視線を感じた。予想するまでもないとそちらにゆっくり向けば、創世神がまた目だけ笑っていない笑顔を作っていた。
【何勝手に逃げようとしてるんだい?】
【ぃいいい⁉︎】
これは創世神の皮を被った魔神かと思いたかった。
とにかくこの場から簡単に逃げられなくなってしまったようだ。退路を確保しようにも聖気の放出を創世神によって一時的に抑え込まれているらしくて無理だ。
「カティ、お代わり作りに行くのなら私も行くわ。せっかくだからこの子にハニーチーズも食べさせてあげたら?」
「僕も行くー」
「あ、そうですね。まだ食べる?」
「あ、あう!(お代わり!)」
創世神の畏怖が吹き飛ぶ言葉に我は興奮を抑えきれない。
「じゃあ、今度はちょっとここで待っててね? すぐ作って持ってくるから、ね?」
「あう(うむ、仕方ない)」
あの速さで調理を可能にしていたのだ。幾ばくかの別れとて我慢すべきだろう。
それよりも、相変わらず主人達が言い合っているのはどうにかならないものか。
「そこの
「おい。俺はいいが守護妖に対して失礼じゃねぇか」
「今は身内だからいいんだよ」
「まあ、最初は泣かれたりすっけど基本サイノスはガキに好かれやすいからなぁ?」
「ああ。俺なんかよりもずっとそうだな」
「「「ゼルは冷徹で無表情過ぎるから」」」
「……自覚はあるが同時に言うことではないだろう」
うむ。実に相違ない。
サイノスは外見としてはセヴィルよりも大きく強い者の印象を受けるが、気が穏やかであるからな。鋼鉄のような仮面をつけているセヴィルはどうも苦手意識が生じやすい。
なのに、何故カティアはちっとも嫌がる素振りを見せずに御名手となることを良しとしているのだろうか。解せぬ。
「けれど、本当に愛らしい赤子ですわ」
「ふゅぅ?」
そして、自然と我の周りには主人の妹御とクラウだけが残っていた。守護妖達は隣国の国王の側で控えていて、こちらには先程のように視線は飛ばしてこない。
「この赤毛はわたくしのよりももっとはっきりしているし、
「ふゅーぅ?」
あの王妃の瞳か。
よくは見ていないが、我の死後に石ともなり得るこの瞳はいくらか人族らしいものとなっているらしい。
(しかし、久しく見ぬ内に美しくなったものだ)
数百年振りだが、彼女の騎獣たる聖獣は竜種ではないからな。我らの獣舎に来る機会がない。セヴィルもサイノスも竜種ではないので、余程のことがない限り来ることがない。
妹御は主人よりも淡い紫の瞳をくるくると表情を変えながら我を見下ろしていた。
気配から、主人と同じく御名手は居らぬようだな。
やはり、王族と言えどすぐに見つからぬものか。まだ我とそう変わらぬ年頃とは言え、若い女人である故急ぐ必要もあるまい。
「お待たせしましたー‼︎ お代わり出来ましたよー?」
と妹御を観察していたらカティア達が戻ってきたようだ。
我は突起のついた棒を持ち直して待機に移った。
「っと、話し合いは後でいいか?」
「ん? お。俺の好きなカッツと蜂蜜のピッツァじゃねぇか! あんがとな、カティア」
「いいえー。これならすぐに焼けますし、赤ちゃんでも食べれますから」
「ミーア、そっちにはタンカランが切ってあるようだけど?」
「ふふふ。カティと私にわかるように言えば、チョコバナナよ! クレープ生地にだけじゃもったいないと思って、生クリームとリモニに軽く浸したタンカランのスライスにココルルのソースを網目にかけたの‼︎」
王妃が何やら興奮しているな。
そんなにも美味いものなのか?
タンカランとは我も覚えがない食物だが。
すべてが卓に乗れば、カティアはまず我に黄色いだけだがふんわりと蜜のような甘い匂いのするピッツアを持ってきてくれた。
この蜜の匂いは、花の蜜を集めたものだな。
「もう冷めたと思うけど、気をつけてね?」
「あう(わかった)」
いくらか熱を感じるので、焼き立てなのだろう。
昔主人が食物を冷ますのに息を吹きかけていたのを思い出して、ふーふーと息を吹きかけてから口に入れた。
(甘いが、それよりも塩っぱい⁉︎)
けれど、くどくなくて食べやすい。
サイノスが好物と言っていたが、我も病みつきになりそうだ。果実達のも実に美味だったが、これは美味過ぎる。
甘味を感じるのに、乳に似た風味の塩っぱいものが噛む度に風味が増して胃袋を刺激してくる。ココルルの次に美味いものだ。
「あうあう!(これは堪らない!)」
ココルルを使っていない故にもっと食べれるだろう。
カティアにお代わりを所望すれば、もう一枚を切り分けてくれた。
「じゃあ、こっちのチョコバナナも一枚だけね」
それと、王妃が説明していた方のピッツァも一枚皿に盛ってくれた。
こちらには細いココルルが乗っていたが、果実なのかわかりにくい薄黄色の長細い食物が花のように置かれていた。あれがタンカランか?
「ゆっくり食べてねー?」
どうぞ、と手前に置いてくれたのでこれはすぐに食べて良いものか。
せっかくのココルルのピッツア。どのようなものか。
特にココルルがかかってる部分を刺して口に入れれば、またとない口福感が広がった。
「あーぅ!(不思議な甘さだ!)」
「美味しい?」
「あう!(とても美味い!)」
ココルルはたくさんあるわけではないのに、薄切りの果実がココルルを引き立てている。タンカランもほのかに甘く、もちゃもちゃとするが歯で噛み切る必要がない。
わずかに酸っぱさを感じるが、却って甘味を際立たせていた。
切り分けてくれた全てを食べ切ると、カティアが牛の乳を器に入れたのを我とクラウの前に置いてくれた。
「はい。もうこれでごちそうさまだよ?」
「あう(そうだな)」
予想以上に堪能出来たので、この身体の腹でもかなり膨れてきた。いつもの餌より大分少ないのに不思議だ。
それと、なんだか眠気がやって来た。
「あら、その子眠そうね?」
「お腹いっぱいになったからでしょうか?」
そうかもしれぬ。
けれど、我はもっとカティアといたい。
この姿がまだ保つ間はしばらく……けれど、眠気に逆らえずに我は首をかくんと下に向けてしまった。
◆◇◆
「こーら、いい加減起きないと叩くよ?」
何故眠りの中でも創世神の声が?
しかし、これは念話ではなく肉声……どう言うことだ?
目を開ければ、我の前に創世神が立ちはだかっていた。
「やっと起きたね。実の効力が切れる寸前に獣舎に連れてこれて良かったけど」
寝起きのせいか、創世神の言葉がよくわからない。
『長、目覚められたのか⁉︎』
『長!』
『長ー‼︎』
同胞達の声?
と言うことはここは、もしや獣舎か?
(我の姿は……)
身体を起こせば、丸くなって寝ていたようで人型ではなくいつもの竜の身体に戻っていた。
『我は……?』
「覚えてないのは無理ないね。食堂で寝こけた君を一時的にカティアの部屋のベッドに寝かせてたんだけど、そこからすぐに君の身体が元に戻りかけてさ。ついさっき、ここに僕と一緒に転移して来たわけ」
『あの果実の力が……?』
「持続性はそこそこあったけど、半日の効力だったみたい。ほんとギリギリだったよ。危うくカティアのベッド壊しちゃうとこだったから」
そうかと納得したいところだが、色々と疑問が浮かび上がってくる。
それと、
『迷惑をかけた』
「いいよ。君のおかげで美味しいもの食べれたからおあいこ。それと聞きたいことあるんでしょ?」
『我のことはどう扱われたのだ?』
いきなり消えたのだから、カティア達が必死に探し回っていないだろうか。
我の正体を知っていたのは目の前の創世神とクラウに守護妖達だけのはず。
「僕が前以って城の気を探ってたって言って、さっき見つけて親元に返したってことにしてあるよ。まあ、カティアはともかくほとんどの皆はおかしいって思ってるけどね」
『それは仕方ない』
無理矢理繋ぎ合わせたような理由なのだから、怪しまれて仕様がないものだ。
いくら創世神の言葉とは言え、主人を含め大半が気の置けない付き合い方をしているからな。主人は意外と抜けている故、あの赤子が我だったとは辿り着かぬと思うが。
「けど、君が食べたのが神域の奥地にしか自生しない『キアルの実』だったなんてね。経緯はここにいる竜に聞いたけど、毒じゃないからって普通食べるかな?」
『キアル?』
聞いたことのない果実の名だが。
「ココルルの原種の原種。まあ、神力が豊富に含まれた果物だよ。僕には神力の補給程度にしかならない食べ物だけど、神獣や僕以外が食べると何かしらの副作用で身体に異変が起きるの。今回はああなっただけだから良かったけど」
『神域の食物⁉︎』
我ら聖獣でも口にすることを禁じられている神々の食物。
何故だ。微かな神力すら感じなかったのに。
「ああ、疑問に思うのは仕方ないよ。樹からもがれてある程度時間を置くと、神力が中心に集まって外に逃げ出さないようになるからね。持ってった聖獣がどうやって手に入れたかはもう調べれないけど、君達でも察知は難しいよ」
『……そうか』
それであるならば、不可抗力も仕方ないと言うべきか。
「ってことで、今度もしそう言うことがあったらエディ達に渡して僕に届けさせること。聖獣じゃ、神力は下手したら毒になり兼ねないからね?」
『そうする。皆の者もだぞ』
『応』
『承知』
無闇に口にすべきではないからな。
基本的な事を欠いてしまっては死に繋がることもあり得る。
ただ、もう一度機会あれば、あのようにカティアと過ごしてみたいものだ。
創世神はそれから再度我らに注意をしていってから転移で去っていった。
それからしばらくして、
「よぅ、ディ。良い知らせ持って来たぜ?」
つい数刻前に会った?ばかりの主人が1人でやって来た。
我は出来るだけ表情に出さぬよう、柵の前まで歩いた。
【……良い知らせとは?】
「ここんとこ俺とも遠出してねぇからな。それはいずれにして……おーい、来ていいぞー?」
主人が入り口に声をかけた。
すると、小さいが早い足音が聞こえてきた。
そちらに首を上げれば、
「ディシャスー!」
「ふ、ふゅゆ⁉︎」
カティアとクラウがやって来た。
その後ろからは、何故かセヴィルがゆっくりと歩いて来たが。
『カティア!』
だが、嬉しい。
我と会う事を咎められていたのが、主人の意向で許されたのだな。
カティアは主人の隣に立つとこちらに手を振ってくれた。
「いつもこんなとこにいるんですね?」
「一応は獣舎の中でも上に立ってっからな。広いだろ?」
「はい」
「ふゅぅ」
「あ、ディシャスー、この子はクラウってつけたんだよ?」
『知っているぞ』
数刻前に睨み合った仲だからな。
だが、主人達に聞こえぬように肉声で答えた。
創世神以外は誰もわかるまい。
「えへへー……あれ?」
「どうした?」
急にカティアが首を傾げ、ちょうど着いたセヴィルが問いかけていた。
「ディシャスの目元の鱗に、黒いシミのようなのがあるんですけど」
「お、よく気づいたな」
「あれが、帰っちゃった赤ちゃんの黒子の位置と似てる気がしたんですよね?」
「はぁ?」
「あの赤子と?」
是と答えたいが、それはならぬ!
カティア達は我が禁断の果実を口にして、あの赤子の姿になっていたことは知らぬはずがない。
だが、疑問に思わないわけがない主人とセヴィルはこちらに視線を向けてきた。
「言われれば……」
「でかいからわかりにくいが、似てなくもねぇな」
頼む。行き当たらないでほしい。
【おい。お前ら竜は人化出来ねぇはずだろ?】
【と、当然だ。何故我が主人達のようにならねば……】
【だよなぁ?】
念話ではなんとか誤魔化すしかあるまい。
またカティアと会えなくなるのは御免被りたい故に。
「ねぇってよ」
「ですよね。僕もおかしいなぁって思いましたけど、よく似てたから」
ああ、騙すのは忍びないが致し方あるまい。
「ふゅ、ふゅーぅ!」
ぽんぽんと何かが我の鼻先に当てられた。
なんだと目で追えば、クラウが手で我の鼻を撫でていた。
慰めてくれるつもりか?
「クラウ怖がってないですね?」
「そこは神獣だからか?」
「ディ、振り落とすなよ?」
それはせぬ。
クラウが我の鼻の上に乗れば、軽く飛ばさせて遊ばせた。子竜達のあやし方と同じだ。
「ふゅーぅ!」
「面白そう!」
「やめておけよ。お前じゃすぐに振り落とされるぜ?」
「ですよねー……」
カティアもしたいのか?
しかし、主人に止められたので我はしばらくクラウを同じようにして遊ばせた。
満足がいくとクラウはカティアの方に戻っていった。
「んじゃ、また連れてきてやるよ」
「今度は何か差し入れとかいいですか?」
「まあ、いいっちゃいいが。無茶苦茶食うぞ?」
「そうですね。適度にします。ディシャス、ばいばーい」
「ふゅふゅぅ!」
それからいくらか我に触れてからカティア達は獣舎から城へ戻っていった。
今日は誠に有意義な時間が過ごせた。
せっかくならば、一角の聖獣に教えを請うて人型になる術を覚えようか。
ならば、夕餉を食べてから念話をしよう。
そう決めてから、我は少し眠りについた。
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