2017年3月14日ーー春先の花冷えには香る蜜飴part1
その日も我は特訓とやらに励んでいた。
「ひゃべれてりゅか?」
「……長、申し訳ありませんが舌があまり使えてないですね」
ううむ。やはり難しいな。
我は今一角の聖獣の長に人化の練習に付き合ってもらっているのだが、これがなかなかに難しいときた。
変幻は比較的安易だったが、口を使って言葉を交わすのがいささか厳しかったのだ。
「むじゅかしいな」
「……っ。長、つかぬ事を伺いますが何故人型でもその年齢に?」
【ああ、会う者のためにな】
カティアと対面した時は、神域の果実の効力により何故か赤子の姿になってしまっていたからな。
下手に年齢を操作して驚かせてはいけないし、主人や他の者にも見られていたのもあるが。
その旨を一角のに念話で伝えれば、なるほどと頷かれた。
「それならば致し方ありませんね。ですが、それでしたら無理に滑らかに話せずとも自然に任せた方がいいですよ」
「しょうか?」
「はい。我らの幼子と同じように考えれば、おぼつかない方が怪しまれませんし」
「ふむ」
たしかにそれはそうだな。
念話でも、慣れない者にとっては今の我のようにたどたどしい伝え方しか出来ない方が多い。
ならば、変に取り繕うよりも却って自然に振る舞えれるか?
「しかし、我に人化のコツを教えてほしいと請われた時は驚きました。何故竜である貴方様が?」
「む」
そう言えば、一角のには詳しく伝えておらなかったな。
かと言え、正直に話していいものかどうか。
(単なる我欲でしかないからな……)
またカティアと共に過ごしたいと欲するがためにこうして特訓しているなどと。
獣舎の長として笑われるだけでしかない。
とは言え、これだけ親身に付き合ってもらっているのだからいくらかはいいだろう。
【先程会う者のためと言っただろう? その者と以前中途半端な形で会合から離れてな。詫びも兼ねてまた会うためにこの姿で話したいと思ってな】
人化の効力以前に寝てしまってから創世神に運ばれてしまった故。
そこは恥ずかしいので伏せたが、一角のには納得がいってもらえたようだ。
「でしたら、もう少し練習しましょうか」
「しゅまにゅな」
「長、その口調は幼子にはふさわしくありませんから、もっと砕けてみましょう?」
「む?」
「それか我のような口調を意識してみてください。丁寧語と言うらしいのですが」
「わちゃりました」
「そ、そうですね」
何故真似たのに笑いを堪えるのだ一角の。
◆◇◆
「あ、い、にゅ、にぇ、お」
言葉をうまく発しようにも舌がなかなか回らない。
今日も今日とて獣舎の領域内で人化して特訓をしているが、相変わらずこの調子だ。
一角のには無理をするなと言われたが、出来るだけカティアとちゃんと話したいからな?
ただ、我を囲んでいる他の同胞達が生ぬるい視線で特訓をしている我を見てくる。
何故だ?
『た、大変です長ーー!』
同胞の中でも比較的若い衆が何やら慌ただしい。
なんだなんだと他の者も振り返るが、彼奴を避けて我の元に来る道を空けていた。
【どうした?】
『これを見つけたのです!』
と言って、我の前に立った若い者は手を開いた。
その中に置かれたものを見て、我も反射で顔を引きつらせた。
【な、何故またこの果実が⁉︎】
我が以前誤って口にしてしまった禁断の果実『キアル』。
茶色く端が尖っているものの全体的に丸いが、大きさは今の我の頭より小さいくらいだ。
しかも、それが1つどころではない。
『こんなにも何故?』
『どこにあったのだ?』
『共同の水飲み場だ。我も飲んでいたらこの果実がいきなり浮いてきてな。他の者が食べようとしてたのを止めて出来るだけすべてこちらへ持ってきたが』
そして、創世神に渡すにも自分では無理だから我の元へきた、と。
ふむ。これは好機だな。
【我が創世神の元へ行ってこよう。この姿ならば宮城内の者も騒ぎ立てまい】
『ありがとうございます』
それから術ですべてのキアルをさらに小さくしてタネのようにし、それを衣の袋に入れてみればなんとか収まった。
【では、行ってくる。対処は以前のようにな】
『『お気をつけて』』
我は瞬時に転移を行使して中庭の茂みにまた跳んだ。
宮城内でもいいかもしれないが、正体がわかっているのが創世神以外だと守護妖達だけだからな。
それにあまり騒ぎ立てたくはない。
(ふむ。神力を探れば辿れると思うが……)
キアルを届けるだけでは物足りない。
せっかく言葉はともかく人型を保てるようになったのだ。ならば、カティアに会いたいのは当然。
(食さねば取り立て急ぐ用事でもあるまい……なら、カティアを探そう)
くんくんと匂いを辿れば、草花の甘い匂いに混じって微かに匂い付けした我の聖気を感じるが、以前のように近くには感じない。
とすれば、必然的に宮城内となるか。
(部屋へ行けばいいが、浮遊の術を使えば不審がられるな)
幼子が術を使うのは我らでは然程珍しいことではないが、人族は別らしいからな。制御と言うのがどうも容易ではないとか。
(透化の術も合わせて使えばよいか)
致し方ないがいきなり現れて驚かせてはならぬからな。
主人が使うのを見て覚えた透化の術を自身に施し、とりあえずカティアにつけた匂いを追って転移してみた。
(……ここならば良いか?)
転移して降り立ったのは、カティアが以前我を担いで苦戦していた階段の上だった。
見渡しても誰もいないので、気配を殺しつつも歩いてみる。
歩く練習は人化の特訓でもかなりやっていたからな。もう以前のように転がることはない。
「ふんふーんふん…………何してるのかな?」
どうしてこうも都合が悪いんだ。
透化していても、創世神の前ではまるで意味がない!
十字路に差し掛かり、とりあえずカティアの匂いがする方向に向かおうとしたら、創世神と鉢合わせしたのだ。
「え、えーと……」
別段悪い事をしているわけではない。
キアルの実をこの創世神に届けにきたのだ。
それは本当だとも。ただ、その前にカティアに会いに来ただけなのだが。
「あれ? 言葉も喋れてる? ってことは、まさかカティアに会いたいから一角の聖獣とかに教えてもらってそんな姿でいるの?」
ほぼその通りなので言い訳は出来ない。
仕方なく、こくりと頷いた。
「ふーん。へぇー? 誇り高き高等種の竜の君がねぇ?」
微妙に怒っているように見えなくないが、先にこちらへの用事を済ませておこう。
我は首にかけておいた紐を外して、先にくくりつけていた袋を取り出した。
「? なーにそれ?」
「じゅちゅで小さくしたが、あにょ実だ」
「あの実?……って、えぇ?」
我から袋を受け取った創世神は、漆黒の瞳を丸くさせて封を開けて中身を確認する。
「…………なんでこんな大量に?」
「わきゃいもにょに聞いたが、みじゅ飲み場でいきなり出て来たしょうだ」
「水を通じて? んー、こりゃ一旦神域に帰んないとわっかんないなぁ」
しばらく神域に帰っていないようで、創世神は首を傾げた。
「なるほど。僕を探してわざわざ人型になってたってわけ?」
「ま、まあ……」
嘘はついていない。
「いいよ。ご褒美にカティアのとこへ案内してあげようか?」
「いいにょか?」
「これを届けてくれたもの。僕も別に鬼じゃない」
やった!と赤子のようにはしゃいでしまい、思わず透化の術も解けてしまった。
◆◇◆
「フィーさん大変ですぅー!」
カティアの部屋へ来たが、創世神がノックをして扉を開ければカティアが異常に焦っていた。
我は創世神の後ろにいる故カティアには気づかれていなかったが。
「どうしたの?」
「クラウの様子が変なんです!」
「ん?」
あの神獣が?
くんくんと匂いを嗅げば、神力は感じ取れるがどことなく甘い匂いがする。
聖獣の一種である我にとってはよくわからないが、何があったのだろうか?
「診せてもらっていい?」
「はい! って、あれ君は」
「あ」
ようやくカティアが我に気づいてくれたようだ。
「ああ、この子ね。どうも君に会いたかったみたいで連れて来たんだ」
「そうなんですか?」
口裏合わせをしてくれるようだ。
とは言え、我も色々下準備はして来たのだ。特訓の成果を今ここに!
「かちあ、こんにちは」
ダメだ。何度練習したのと同じでカティアの名がうまく言えない。
挨拶の方はまともであったのに。
「あれぇ、もう喋れるんだ?」
どうやら気にしていないようだ。一角のが言っていたようにこの姿でしっかり喋れずとも問題がないと見受ける。
「こんにちはー。けど、ごめんね。今僕の守護獣が調子悪くて遊んであげれないんだ」
そう言えば、今し方様子が変と言っていたな。
「うーん。これはちょこっと厄介だね?」
創世神が奥でクラウを診察している声が聞こえた。
「え、大丈夫ですかクラウ⁉︎」
「ああ、大慌てする程じゃないよ。ただ、用意する薬がちょこっと面倒ってだけ」
「薬?」
薬草のことだろうか。
あまり調子を崩すことのない我にもうまく理解が出来ない。
カティアの影から奥を見れば、寝床の上でクラウが呼吸を荒くしていた。
「ぶゅ、ふゅぅー……」
「クー、大丈夫? お水飲ませた方がいいですか?」
カティアは心配で駆け寄りながら創世神に聞くが、創世神はうーんと首を捻っていた。
「まあ、適度に水は飲ませた方がいいのは合ってるけど。これ人族でも流行ってる風邪と一緒だね」
「え、風邪?」
「普通の風邪とも違ってね。この時期に咲くヘルネの一種の花粉を吸い過ぎるとこんな感じに調子悪くなるんだ。外で遊び過ぎが悪いんじゃないけど、免疫がないクラウには抵抗力が今働いてるだけだね」
「花粉症ですか?」
「んー、それとも同じようで違うかな?」
よくはわからないが、クラウの調子が悪い原因ははっきりしているらしい。
我も寝床の側へ寄ってクラウを覗き込めば、水底のような瞳は閉じられ、白い毛がと小さな耳がへたっていた。口はせわしなく開け閉めしていていかにも正常とは言いがたい感じだ。
「これを治すには、毒は薬になるって言葉があるでしょ? 原因となったヘルネの花を乾燥させたものと蜂蜜を使って飴を作ればいいんだ」
「飴を?」
あめとはなんだろうか?
人族の食物に関しては幼い頃のみ主人達と食していたのを除くと、この前カティア達に食べさせてもらっただけだからな。
「ハーブエキスのキャンディを作ればいいんですね?」
「エキス?」
「えーっと……ヘルネを煮詰めた煮汁とかを飴に混ぜ込むことです」
「いや、それも悪くないけど神獣の場合は食べさせた方がいいんだよ」
「そのお花って食べれるんですか?」
「生でも神獣なら問題ないけど、弱ってるから僕が乾燥させてあげるよ。取りに行こう」
「……どこへ?」
「……ごめん。言って悪いけど僕もどこだったか忘れてた」
「…………ぼく、このにおいちってるー」
「「え?」」
カティアの真似をして『ぼく』と使って、我はこの匂いの元を知っていることを伝えた。
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