2017年2月14日ーーか弱きものも魅せられる千代香(チョコ)part2ーードラゴン愛企画

 

 宮城きゅうじょう内は調度品などはいくらか変わったが、進む道などは我が過ごして きた時とそう変わらない。

 カティアは休みを挟みながらも我をなんとか背負い、必死に階段を登って上層にまで連れて行ってくれた。


(すまない。不甲斐ない我で……)


 このような迷惑をかけるつもりではなかったのだが。


「んーっしょ! はぁ……やっと一番上に着いた」

「ふゅぅ……」


 クラウは途中からカティアより離れて自身の翼を使い、彼女の横を飛んでいた。


「ごめんねー、ちょっとだけ降ろさせて」

「あう(問題ない)」


 我が歩ければ良いのだが、この身なりで四つん這いは怪し過ぎるから致し方ない。

 カティアは壁際に近づくと我を降ろし、自分の足の間に座らせた。我の着ている衣を汚させぬためだろう。


「いつもなら大して時間かからないのに、君1人背負うだけでこんなにかかっちゃうんだ。もう少しで食堂に着くから、ね?」

「あう!(食堂!)」


 つまり、カティアが何か作ってくれるのだろうか。

 それは嬉しい。

 翼や尾はないが、生えていたら千切れんばかりにはためかせていただろうな!


「ふゅぅ」


 カティアの頭に乗っていたクラウが我を嫉しげに見下ろしてきた。

 ふふん、そなたはいつも食しているのだろう?

 我が一度くらい馳走してもらっても良いではないか。


「ん? クラウの鳴き声……って、カティア?」


 おや、かなり久しい者の声だ。


「あ、サイノスさんこんにちは!」


 カティアが来訪者に気づけば挨拶をしていた。

 そうだったな、たしかそのような名であった。随分と久しい。おそらく我が獣舎に行く前以来か?


「おっ前、何で床に……って、その赤子は?」


 我にも気づいたようだ。

 ふむ、念話をしても良いかもしれぬがそうすると大事になりかねるな。

 ならば、今しばらく赤子の振りでもしていようか。


「あう(久しいな、サイノス)」

「男……だよな。どうしたんだよこいつ」

「中庭でクラウと鬼ごっこしてる途中で茂みの中にいたんです」

「お前さんが行く辺りじゃ、中層はあっても下層はまずあり得んな? それに、身なりが良過ぎるぞ」

「そうなんですか?」


 サイノスの見解では、我の身なりは貴族の赤子と差異ないらしい。

 よくはわからぬが、この白い衣と足の半分を覆う茶の衣だけでもかなりのものだそうだ。


「で、何でここまで連れてきた?」

「お腹すっごい空かせちゃってるんで。手持ちは何もなかったので親御さん探すのはその後でもと」

「ああ……もう少ししたら八つ時だもんな。つか、30歳だよなこいつ」

「……赤ちゃんでも僕より歳上」


 ほう、カティアは我よりも随分幼いのは知っているぞ?

 だが、不思議だ。今の我ならカティアよりも幼いはずだが。




 ぐぎゅるるるるるる





 再び我の腹の虫が鳴いた。

 空腹感も更に増したな。いつもならもうとうに餌の時間であるからか。


「……すげぇ音だな」

「あらら、早く連れてかないと」

「って、ここまでどうやって……おい、待てカティア。それなら俺が抱き上げるから」


 我を背負い直そうとしゃがんだカティアに、サイノスが待ったをかけて我に手を伸ばしてきた。

 我の抵抗を待たずしてサイノスはあっと言う間に我を抱き上げた。しかも、片手で。


(ほぅ……かなり高くなったか?)


 いつもの方が当然高いが、この身体になってからを思えば地面より大分離れた。


「やけに大人しいな?」

「全然ぐずったりしないんですよ。いい子ですねー」

「普通この歳じゃ、母親から早々離れねぇはずだが」


 ああ、人族の赤子はそう言うものか。

 とは言え、我は親を知らぬ故にそう言った感情は主人としかなかったな。

 今はカティアにだが……これ以上手を煩わせるわけにはいかぬから大人しくするしかない。

 それと腹の虫を抑えるのに手足を縮こまらせた。


「おーおー、そんな腹が減ってんのか? こりゃ食堂連れてくしかないか」

「そう言えばサイノスさんはどうしてこちらに?」

「休憩。今日は入り用の仕事もねぇし、たまには上層の食堂でなんか食おうかと思っててな」

「僕作りますよ?」

「お、そうか? エディ達のもか?」

「けど、今日は皆さんお忙しそうですしね。簡単な差し入れにしようかどうしましょう?」


 我を抱えながら、サイノスはさして苦も見せずに歩き出した。

 カティアの背に乗っていた時は限りなく地面と近かったが、こうも高低差が変わるだけで景色とは変わるものなのだな。

 我が普段空を駆ける時ともまた違う。


(ふむ、人型も悪くはないな)


 大人しくサイノスの腕の中で揺られていると、下から強い視線を感じた。

 何だと思い首をそちらに向ければ、カティアに抱かれているクラウがこちらを強く睨んできていた。


(何だ? カティアの時もだが酷く不機嫌だな)


 そんなに我が気に食わぬか?

 ふむ。あそこへカティアを導き、このように日々を過ごせているのは一端とは言え誰のおかげであるか?

 我ら聖獣はそなたら神獣より格下とは言え誇りは捨てていない。

 そう言った意味を込めて念を送れば、さすがのクラウも耳を折った。


「ふゅぅ……」


 少々痛めつけ過ぎたか。


「クラウ、さっきからどうしたの? クラウはお腹鳴ってないけどお腹空いちゃった?」

「ふゅぅ、ふゅ」


 ふむ。

 主従契約として附属してくる念話交換もどうやらまだクラウが幼過ぎる故に困難であるようであるし、我にも念は送れないようであるな。いくらかは意思の疎通が出来るようだが、契約はしていても名付けのものだけらしい。


「クラウにもちゃんと作ってあげるからね?」

「ふゅぅ?」


 カティアが頭を撫でてやれば、いくらか機嫌が治ったようだ。

 単純だな。我もあまり他人事として言えぬが。

 そうこうしている間に早くも食堂に着いてしまった。

 カティアが我を背負った時間は本当に彼女に迷惑をかけてしまったようだな。しかし、滅多にない経験故に楽しかった。主人にもああして背負われた経験はなかったからな。


「じゃあ、サイノスさんすみませんがその子とここで待っててもらえますか?」

「ああ、いいぜ」


 何、カティアとここで別れると⁉︎

 それは嫌だとサイノスの腕にしがみつきながら首を激しく振った。


「お、どうしたんだ?」

「ど、どうしたの?」

「ふゅ?」


 ならぬ。

 我も共に行きたい!

 いつこの姿から元に戻るかわからぬが、出来る限りカティアの側にいたいのだ‼︎


「……お前さんが行くってなってってことは、離れたくないのか?」

「あう!(そうだ!)」


 その通りだサイノス。

 我もカティアが食事を作る姿を見てみたい。

 出来る限り人族らしく頷けば、サイノスは手を顎に添えた。


「あー……見ててもつまみ食い出来んぞ?」

「あうあう(わかっている)」

「……お前さんもまさか異邦人じゃねぇよな?」

「あう?(いほーじん)」


 聞いたことのない言葉に我は首を傾いだ。


「え、この赤ちゃんがですか?」

「お前さんのこともあったから、万が一とは言えねぇしな。聞き分けが良過ぎるからもしくはファルみたいな転生者の可能性もあるが」

「ああ……それはたしかに」


 ますますわからぬ言葉に我は首をひねるばかりだ。

 それに、腹が減ってる故に考えがうまくまとまらぬな。





 ぐぎゅるるるるるる





 ふむ。盛大に鳴いたな。

 我はここまで我慢が出来ぬ方であったか?

 それか人型の赤子故に空腹感が通常と違うのか。


「あ、いけない。ちゃちゃっと作れるものにしないと」

「けど、こいつお前さんと離れたがらねぇが……俺が抱えてるしかねぇか」

「うーん。この年齢の赤ちゃんって離乳食の方がいいのか普通のごはんでいいものなんでしょうか?」

「……俺も覚えてねぇな。マリウス達なら妻子持ちだからわかるだろうが」

「え、サイノスさんお独りなんですか⁉︎」

「俺はまだまだ若造だぜ?」

「こちらの基準がわかりません……」


 とりあえず、ちゅーぼー?に行くそうだ。

 カティアと離れることがないのなら我は大人しくするぞ。

 腹についてはどうにもならぬが。


「こんにちはー」

「邪魔するぞ」

「あ、カティアちゃ……って、サイノス将軍⁉︎ どうされたんですかその子⁉︎」


 中に入れば、カティアよりはいくらか柔らかい色合いの髪の男がこちらに気づいた。

 ふむ。懐かしいな。

 昔主人とよくつまみ食いするのに潜り込んだ場所だ。ここがちゅーぼーなのだな。

 働いてる人族については見知ったものはあまりいないようだが。


「カティアが中庭で見つけたらしい。無茶苦茶腹空かせてるようだからここに連れてきただけだ」

「あ、ああ……そうでしたか」

「言っとくが、俺の隠し子とか勘違いするんじゃねぇぞ?」

「そ、それは⁉︎……でもまあ、髪色違いますもんね」


 ふむ。

 我の人型の色は、髪が鱗と同じ真紅で瞳も深い緑柱ベリルだ。鱗のような皮は白く、何故か目元には黒い点があった。これらは全て同胞の瞳越しに確認したが。


「ライガーさん。このくらいの赤ちゃんってごはんとかおやつは僕くらいの子供が食べてるのと一緒で大丈夫ですか?」

「えっと……僕も甥っ子達の世話もここの仕事あるからあんまりしたことないし、わかんないなぁ。料理長ならわかると思うから呼んでくるね」

「事情通しとけよ?」

「当然です!」


 りょーりちょーとな。

 ふむ。よくはわからぬが、長のようであるな。


「うわぁ、可愛い!」

「30歳くらいですよね? 大人し過ぎだなぁ」

「将軍、抱っこしてみてもいいですか!」

「お前肉触ってたからダメだろ」


 白い同じような衣を着た人族が我らの周りに集まってきた。

 余程、我のような赤子は珍しいようだ。

 とは言え、あまり他の者にベタベタと触れられたくはない。我は誇り高き竜であるぞ!


「こら、お前達! 仕事途中に将軍にご迷惑をおかけするな!」


 こ、この声は⁉︎

 いくらか老成しているが聞き間違えるはずがない!

 そっとその声の方を向けば、茶の髪と口ひげ?を蓄えていて、厳しそうな青の瞳が我らの周りに集まってきてた人族達を睨みつけてきた。


(あれは、まさか……⁉︎)


 あの瞳には覚えがある。

 ここに主人とつまみ食いしに来た時に一番叱りつけてきた人族の者と同じだ。名がたしか……。


「あ、マリウスさーん。こんにちはー」


 サイノスの側にいたカティアが手を振って、その人族を呼んでいた。

 やはりここに出入りしているから既に知己か!

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