2017年2月14日ーーか弱きものも魅せられる千代香(チョコ)part1ーードラゴン愛企画

 暇だ。

 どうしてこうも日々は平穏なのか。

 いや、闇に堕ちた退廃している魔獣達を屠るのはいい気分ではないから、何もないことが悪いことではないのだが。

 特に変化のない日々を送るのも悪いとは思ってはいない。

 だが、いい加減飽き飽きしていた。


(あれに会えぬのも、辛いが……)


 主人に釘を刺されたので、我はあの金の幼児と会うのを憚れてしまっている。

 毎日とは言わないが、せめて主人が来る時に共に連れてきてくれないものか。そう思っているものの、あの日以来結局は会わせてもらっていない。

 実に不愉快だ。


(他のものと組み手をしても、このわだかまりが晴れない……)


 どうしたものかとひとたび眠りにつこうとしていたら、


『長! 珍しい果実を見つけたぞ‼︎』

『ん?』


 外の遊戯場で遊んでたらしい同胞のものが何かを持ってきたようだ。

 我に見て欲しいようなので、眠りの淵から起き上がり、目を開けた。


『珍しいとは?』

『匂いは然程ないが、形が面白くてな』


 どれ見てやるかと手を差し伸べれば、我らの爪の先程もない小さな果実が転がってきた。

 我に見せるために潰さぬよう持ってきたのだろう。

 我も慎重に持ち上げ、よく見えるように顔を近づけた。


『ほぅ。この形はたしかに珍しい』


 昔主人と城に暮らしてた頃食べさせてもらったナルツとよく似ている。だが、あれは本当に小粒で、今我が手にしてるような爪先程の大きさではない。

 鼻を近づけても、ナルツの香ばしい匂いは微塵もしないから別物だろう。


『どこで見つけたのだ?』

『いや、鳥の聖獣の一羽が落としてな。返そうとしたが、我の姿に怯えて逃げられたのだ』

『それは仕方あるまい』


 我らは聖獣の中でも高位の存在。竜種だからな。

 豆粒程の鳥と樹々や岩よりも大きい我らとでは交信など通常は少ないから驚かせてしまうだけだ。

 しかし、鳥の落し物か。

 とすると餌か運び物だろうか。

 鳥は伝達の手段として使われるから、荷を運んでる途中のものだとしたら依頼主が困るだろうが。


『ふむ。残滓がない故我らが転移で送るにも無理だな。もしくは、ただ鳥の餌か』

『餌であれば、食せるのでは』

『そうさな。毒の香りもせぬし、問題はなかろう。我が食してもよいか?』

『そのためにこうして持ってきた故』

『そうか』


 目の前の同胞の周りにいるものに目配せすれば、同じように頷いてくれた。

 ならば、遠慮はいらない。

 ひと口で頬張り舌の上に乗せれば不思議な苦味と甘味を感じた。どちらかと言えば、甘味が強いが。

 牙で慎重に噛むと、同じ味の果汁が口いっぱいに広がる。

 ふむ、悪くはない味だ。


『お、長⁉︎』

「ん?」


 どうしたと首を傾いだら、目の前の同胞の顔が見えずに、奴の腹と足しか見えない。

 はて、我は倒れたのか? それにしては身体は至ってなんともないが。


『お、長が⁉︎』

『か弱い人族に⁉︎』

『この聖気と気配は間違いなく長‼︎ いやしかし、何故このような……あの果実の性か!』


 同胞達が騒ぐ意味がわからない。

 人族? 獣舎の者は近くにはいないし、主人や他の城の者の気配もない。

 けれど、皆は一様に我の変化?に驚いているらしい。何が……と手を見て見たら、さすがに我も驚愕した⁉︎


「あ、あぅあ⁉︎(な、なんだこの手は⁉︎)」


 遥か昔、主人の妹御が産まれた時に見たばかりよりは大きいが、間違いなく人族の赤子の手があった。

 試しに動かしてみると、たどたどしいが指が意のままに動いた。

 こ、これは我か⁉︎


『長、我らがわかるか⁉︎』


 腹と足しか見えないでいた同胞が首を曲げて我の目の前にきた。

 その瞳には、我のいつもの竜としての姿はなく、誠に人族の赤子の姿しか映されていなかった。


(あの果実を食しただけで……人型に?)


 ペタペタと顔らしきふにゃふにゃした肌触りをか弱い手で触れたら、やはり赤子の姿は我だった。

 それと、赤子の我は産まれたての姿ではなく主人達のように衣を纏っていた。足先も靴と言うものを履いていて、窮屈だが脱いでも仕方なかろう。


「あーぅ(ふむ。赤子でもいくらか動きやすいか?)」


 試しに後ろ足だけで立とうとしたが、靴が慣れないのか頭が重いのかころんと後ろに倒れてしまった。地面がワラで良かった。


『長⁉︎』

『大丈夫か⁉︎』

「あぅあ(問題ない)」


 慣れれば歩けそうだが、何かに捕まらなくては無理そうだ。

 我らが赤子の時と実によく似ている。仕方あるまい。


(しかし、ここに居ていいものか)


 あと四半刻も経たずして餌の時間が来る。

 獣舎の人族にこんな赤子が竜の獣舎にいると分かれば一大事だ。

 気配がわかるのは主人と同胞達くらいしか難しかろう。なんとか這ってでも一時的にここから出るしかあるまいな。


【皆の者、聞こえるか?】


 念話を飛ばせば、狼狽えていた同胞達がぴたりと止まった。


『長!』

『念話は使えるのだな』

【うむ。そうらしい。しかし、手短に言うぞ】


 反論が出ても説き伏せさせるつもりだ。


【我の今の姿では他の人族に不思議がられるですまない。すまぬが、一時的にここを出て城に向かう】

『長⁉︎』

『いや、長の言う通りだ。このような姿ではここにいると我らが連れてきたと勘違いされるし』

『ましてこれだけの竜に囲まれて泣きもせぬ人族などおるまい』


 うむ。ほとんどが我の意図を汲んでくれたようだな。

 であるならば、誰の手も借りずに転移を使い中庭辺りでしばらく身を隠そう。

 戻った時は戻った後で考えるしかない。


【ならば、出来るだけ我のことを悟らせるな。餌は我のは一時的に他の者が受け取り、ある程度時間が経ったら代わりに食せ。匂いを残すな】

『承知』

『なんとか致す』

『お気をつけて』


 立ち上がれずに四つん這いとだらしないがそのままで我は転移を行い、すぐさま中庭の見覚えのある茂みに着いた。


(ふむ、中庭だな。久しい……)


 あの金の幼児……カティアと言ったか? あの者を洞窟に連れて行く直前に降り立った以来か。

 城にいるらしいと聞いたが、元気だろうか。

 それとそう言えば……


「あう、あぅあう(セヴィルの御名手みなてとなったと聞くが、誠か……?)」


 あの日押しかけてきた主人とセヴィルの言葉を疑うわけではないが、やはり信じがたい。

 わずかな間に何があったのだ。生涯の伴侶をそんなにも容易く与えて良いものか。それをあのセヴィルに!


「あう!(そうだ。会いに行こう!)」


 この赤子の姿が我と分からずとも、あの優しい幼児は無碍に扱うまい。

 それに、あの神獣の様子も見れるからな。カティアの守護獣となるのは定めだったから致し方ないが、常に共にいられるのは正直面白くない。

 ならば、我が着けた匂いをたどっていこう。竜の匂いは余程のことがない限り消えぬからな。

 鼻をひくつかせてみるが、人族の鼻は匂いがいささか薄く感じる程度だな。

 まったくではないが、いつもよりは感じにくい。

 しかし、ないよりはいいだろうと我は四つん這いのまま動き始めた。

 その時、


「うわぁ! クゥー速いなぁ‼︎」


 目の前に何かが飛び出してきて、我はぶつからぬよう止まった。

 いや、それは後付けだな。

 強く感じた匂いと聞き覚えのある声に驚いたのだ。


「ちょっと休憩……って、あれ?」


 こちらに気づいたようで、息を整えながらもじっと見つめてきた。

 ああ、やはり滲み出る稀有な魔力と輝かしい金の髪。そして、虹の瞳はとても透き通っている。


「あう!(カティア!)」


 まさかこんな早くに出会えるとは思わず、我は四つん這いで勢いよく向かって彼女に抱きついた。


「ちょっ、うわぁ⁉︎」


 勢いを殺せなかったのか、カティアは我を受け止めたらそのまま後ろに倒れてしまった。

 けれど、我は嬉しさのあまり聞きする余裕がなくカティアの服に顔をこすりつけた。


「え、ちょっ、ちょっと待って!」


 こーら、と言ってカティアは我を引き離し、脇に手を入れられたのか少し身体が持ち上げられた。目線がカティアの虹の瞳と同じになる。


「……子供って言うより赤ちゃん? だけど、靴ちゃんと履いてるから2、3歳くらい? あれ、こっちだと何歳?」


 やはりカティアには気配で我と分からぬか。

 しかし、さんさいとはなんだろうか?

 年齢を言うてるようだが、同胞の瞳に映った具合でしか我も今の姿がわからぬ。人族と我らとの時の流れは同じようで違う故、差は知らぬのでな。


「あうあ、あぅー!(カティアカティアー!)」


 だが、そんなことよりも我はカティアに会えたことで歓喜に満ちていた。

 まさかこんな早いうちに出会えるとは。


「ふゅ!」


 とそこへ、邪魔な鳴き声が。


「あ、しまった!」

「ふゅ、ふゅぅ!」


 ぽふっとカティアの頭の上に白い塊が乗っかった。

 覚えているとも。

 我が導き出した神獣そのもの。

 やはり近くにいたのだな。だが、何故すぐに来なかったのだ?


「あーぁ、隠れてやり過ごすのは無理だったか」

「ふゅふゅ」


 ふむ。2人で何か遊んでいたのかもしれぬな。


「って、そーだよ。この赤ちゃん! どーしよ。すっごく可愛い男の子だけど、親御さん見なかったよね?」

「ふゅ?」


 神獣も我に気づいたようで、カティアの頭から見下ろしてきた。

 すると、わずかだが眉間のような場所にシワが寄った。


「ふゅぅ‼︎」


 念話も飛ばさず、相変わらず不思議な鳴き声を上げるだけだがさすがは神獣。おそらく我が人型を取った竜だとわかったようだ。


「クラウ?」

「ふゅ、ふゅぅ!」


 ふむ、神獣はクラウと言うのか。綿帽子……そのままだな。

 我がカティアに抱かれてるのが気に食わないようで、しきりに唸って?いるみたいだが、鳴き声のせいで凄みが全然ないのは哀しきかな。


「え、どうしたの? 怒ってる?」


 カティアにも珍しいのだろう。

 我はあの時以来だが、このように不機嫌を露わにする姿はたしかにそうないな。とは言え、クラウのようにしがみつけれてない故に物足りないが。




 ぐぎゅるるるる




 盛大に何かがいなないた。

 何の音だと首を傾いでいたら、もう一度聴こえてきた。

 それがなんと、我の腹からだ。


「…………お腹空いてるの?」

「ふゅ?」


 カティアが我を膝に乗せてから聞いてきた。

 途端、また腹から音が鳴る。

 クラウも拍子抜けしたのか心配そうにしてきた。


「……あぅ(多分)」


 餌の時間が近いせいか、腹が減るのは致し方ない。

 とは言え、この姿で生肉を食べるなど到底出来まい。止められるに決まっている。


「ふぅん。けど、親御さんが探し回ってるかもしれないしなぁ。今は僕手持ちは何にもないし」


 カティア、親はここにはおらぬ。

 と言うよりも、我は神域に卵のみの状態で主人に拾われた故に、親を知らぬ。

 それに、この姿はあのナルツのような果実を食したための仮初めの姿だ。同じような事情の親などおらぬて。



 ぐぎゅぐぎゅるるるる



 また盛大に腹の虫が鳴った。

 今度は確実に空腹感もやってきた。

 これはまずいな。


「あー……やっぱりお腹空いちゃう方が辛いよね? 歩けるかな?」


 おお、連れて行ってくれるのか。

 しかし、歩けるかと言うと無理に等しいな。

 竜の身体とは違い、どうも足が細すぎて頭とかが重過ぎるのでな。

 試しに動いてみたが、すぐ草の上に寝転がってしまった。


「まだ無理かぁ。じゃ、僕が頑張っておんぶしてあげるよ。クラウは頭の上で我慢してね?」

「……ふゅ」


 そうして、我はカティアに背負われて、久しい宮城きゅうじょう内へと連れていかれた。

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