2016年10月31日ーー神にあやかり善哉会!part1

 秋も深まってきたとある日のことでした。

 お昼ご飯も終わってひと息つこうと全員でコフィーを飲んでいたら、いきなりファルミアさんがだんっと卓を叩いて立ち上がられたのです。


「カティ……」

「ど、どうかされました?」


 なんか真剣な表情になられたよ。

 美女のそれは荘厳な感じでプレッシャーがすっごく来る。

 ドギマギと次の言葉を待っていれば、ファルミアさんはゆっくりと口を開いた。


「善哉が食べたいわ!」

「…………はい?」


 マジな内容かと思えば、出てきたのは食べ物のことだった。しかも、和菓子。

 なんでまた、と僕は首を傾いでしまったよ。


「「ゼンザイ?」」

「どんな食べ物ですの?」

「なんだそれは?」

「俺も聞いたことがないねぇ?」


 外野はさっぱぷーのようです。

 って、ユティリウスさんくらいはファルミアさんの事情知ってるからてっきり食べたことあると思ったけど、どうやら違うようでした。

 四凶しきょうさん達もてんで知らないみたいで頭にはてなマーク浮かべてるご様子だ。


「え……っと、どうして善哉を?」

「思い出したのよ。この月末は蒼の世界じゃあんまり知られてないけど、ハロウィンよりももっと大事な『善哉の日』があったってことをね」

「あぁ……たしかにあっちじゃハロウィン色が強くなっててそんなに知られていませんもんね」


 トリックオアトリートよろしく、ハロウィンイベント盛り沢山かと思われる月末だけど、日本じゃ輸入された行事だもの。

 10月は神無月が全国的な通称だけど、島根県の出雲市だけは神様全員集合の月なので唯一『神在月』と呼ばれている。

 その月のお祭りで振る舞われる『神在じんざい餅』がなまって『ぜんざい』の語源になったらしい。日付は観光協会が語呂合わせで決めたらしいから絶対じゃないけど、あちらさんの地元では定着しているそうな?

 僕はなんで知ってたかと言うと、おばあちゃんが古い風習を大事にするのと和菓子が得意だったからその時期になると作ってくれたので。

 けど、意外。

 ファルミアさんが転生された具体年数わかんないけど、こっちの今の年齢って最低300年以上は越えてるらしいのに?

 いや、その転生時期がズレてるらしいと思うのね。でなきゃ、テリヤキチキン含めて現代料理のオンパレードが作れるわけがない。

 まあ、そこは一旦置いといて。


「ハロウィン? なんだそりゃ?」

「あぁ、それは俺教えてもらったよ? 魔獣や死霊なんかのような仮装して、家々を回って菓子をもらえなきゃ悪戯するぞ!って脅かすだったかな?」

「概ねはね。合言葉に『トリックオアトリート』って言わなきゃだけど……リース、それはしないわよ? ヴァスシードの風紀を乱しかねないから国に広めるなんて絶対ダメ」

「いいと思うんだけどなー?」

「面白そうじゃねぇか、うちでやってもいいぞ?」

「こっちのが余計にこじれる可能性あるからダメよ!」

「「えぇー」」


 王様2人が駄々こねてもなぁ。

 いい歳した大人がああしても見てて可愛くもなんともありません。

 文化を導入するのは、どうやら簡単なことじゃないようです。食文化はまだしも、異教のお祭りだからねー?

 西洋版お盆だし、この世界じゃ幽霊なんて結構いるかもしれないからお祭りに混ざってとり憑かれたら洒落になんない。

 多分、半分以上はファルミアさんそこを懸念してるとは思うね。もしくは、王様2人が城下を練り歩く口実にさせないためか。あ、こっちのが正解かもしれないや。


「とーにーかーく、元日本人としては日本文化の方を優先させたいの! おもちと餡子のあの味が恋しくて仕方ないのよ」

「え……おもちはさすがに餅つき機がないと無理じゃ?」


 それか元来からの杵と臼がなきゃ無理よ?


「モチなら我らが作れる」

「以前に幾度か杵と臼で作ったな。なるほど、あれをか」

「あれはいくらか食べにくいが、美味い」

「サイソースにつけると美味いな」


 どうやら四凶しきょうの皆さんが経験お有りのようで問題ないみたいです。

 だけど、


「ハチャ豆(小豆)や他の赤豆があるのに作られなかったんですか?」


 おもち作れるなら普通にあんころ餅は食べられたんじゃ?

 でないと、ユティリウスさんや四凶しきょうさん達知らなかった理由にならないと思うの。


「ええ、疑問に思うのも当然ね。ヴァスシードの食文化ならあって普通かと思うけど、うちうちとは言えおいそれと餡子を作るのは……と言うよりも、私が小豆炊くのがどうもうまくいかなかったせいが大きいの」

「ファルミアさんがですか?」


 意外過ぎる。

 調理スキルほぼほぼチートなんじゃって思うファルミアさんが小豆炊くのが苦手だなんて。

 あれって、手順間違えなきゃそんなに失敗しないはずなのになぁ?


「意外に思うでしょう? けど、どうやっても粒餡がうまくいかないの。こし餡はまだ良い方よ」

「どうやったら粒餡が失敗……?」


 こし餡のが手間暇かかるのに。

 これは一回作られるとこ見てみないとアドバイスも出来ないしなぁ。


「ねーねー、アンコは前にカティアがハチャ豆やササ豆で作ってくれたのでしょ? オモチって結局はなぁに?」


 僕とファルミアさんにしかわからない話に外野を代表してフィーさんが挙手してきた。

 おお、知らない人にはまずそこからだったね。

 けど、もち米ってこっちじゃなんて言うんだ?

 もち粉はたしかポンス粉だったかな?


「オモチは蒸したポンス米を叩いてこねたりを繰り返していくうちにもちもちして伸びる性質がある食べ物なんだよ。こっちじゃそう言えば振舞ったりしたことなかったね?」


 答えてくれたのはユティリウスさん。

 製法まで知ってるってことは、お手伝いしたことあるのかな?


「あら、そうね。まだそこまで作っていなかったし、私達だけで食べてたからかしら?」

「身内だけでずりぃなぁ……」

「色々手間と面倒がかかるのよあれは。カティも餅つき機で作るにしても大変だったでしょう?」

「そうですね」


 フードプロセッサーみたいな捏ねる機械で待ってなきゃいけないけど、すぐに出来るわけじゃないし量も家庭用だとそこそこしか出来なかったもの。


「んで、そのオモチにアンコつけて食うのがゼンザイってやつか?」

「違うわ、エディ。餡子のスープにおもちを入れて食べるの」

「「アンコの」」

「「スープ⁉︎」」


 こちらサイド全員おっかなびっくりな表情になった。

 あ、たしかにそう言う説明になると引いちゃうよね? こっち側だと甘い物が苦手でいらっしゃるセヴィルさんとかが特にそうじゃないかな。

 隣を見てみると顔面蒼白がぴったりな顔色になられてた。


「セヴィルさん、大丈夫ですか⁉︎」

「……俺は遠慮したい」

「あら、ゼル。そんなに甘すぎないわよ?」

「だからとは言え、甘いスープなど想像がつかん」


 断固拒否すると言う感じにセヴィルさんは首を振られた。

 まあ、水無月の時は甘さ控え目にしてたし下の外郎部分で軽減させれてたものね。

 けれど、善哉の場合はダイレクトに甘さが口に広がるし、おもちもお米を蒸したものな上にお汁吸って甘くなっちゃうからなんとも言えない。


「だったら、セヴィルさんにはサイソースをつけたおもちのがいいですよね?」

「しょうがないわね。どうせなら海苔もつけた方がいいから、うちから転送させるわ」

「海苔があるんですか⁉︎」


 ヴァスシードって本当にどんな食文化?

 それとも、ファルミアさん達のお城だけが日本の食文化に染まってるの?


「ノリ、とは?」

「海藻を加工したものなんですけど、サイソースをつけたおもちに包めばとっても美味しいんです」

「ほぅ……?」


 磯部巻きいいよねー?

 ああ、思い出したらヨダレ出ちゃうよ。今さっきお昼食べたばっかりなのにさ。


「なら、昼ニひるにに裏庭で善哉会を開きましょう‼︎ それまでにエディ達は執務を終えるのよ?」

「うぃー」

「わかりましたわ」

「……承知した」

「それと四凶しきょう達だけで餅つきもいいけど、せっかくだから全員参加よ。動きやすい服装に着替えてきてちょうだいな」


 と言うわけで、善哉を作ることになりました。








 ♦︎








 ファルミアさんと僕、そしてフィーさんが厨房にやってきました。クラウは今日は四凶さん達に子守りしてもらっています。


「ところで、どう言うところで粒餡が失敗しちゃうんですか?」


 ハチャ豆は既に水に浸して火にかけております。

 その間におもちを作る準備をしながら、僕はファルミアさんに質問してみた。


「それが、粒をいっつも形が残んないくらいに茹でちゃうのよ」

「んん?」


 煮過ぎだったらそうならなくもないが、ファルミアさんくらいのベテランさんがそんな凡ミスをするはずもないと思うの。

 だけど、この様子じゃ失敗したのは一回や二回って回数じゃないみたいだし……とりあえずは、今日は僕が炊くので見てもらって比較することになりました。


「ポンス米持ってきたよー」


 とここで、フィーさんがライガーさんや他のコックさんを引き連れてもち米(ポンス米)を持ってきてくださった。


「じゃあ、フィーはこのポンス米を水に浸けて一晩にした状態にまで時間操作をお願い出来るかしら?」

「いいよー」


 そう、ここがネック。

 豆もだけど、もち米って結構水に浸けておかないといい具合に蒸し上がらないんだよね。

 けれど、そこは魔術でカバー。

 そしてフィーさんは神様だからなんなく実行出来ちゃう。僕なんかの異世界人がやるなんて無理無理。

 フィーさん曰く、水切りさせる時と感覚は似てるって言われても全然違う気がするの。

 試しに生地の発酵を促すのでやってはみたけど、イマイチな出来になってしまった。やはり一朝一夕では出来ない代物だと実感。

 ファルミアさんは転生されて相当な時間を費やしているから僕より出来て当然。それでも、結構難しい魔術に変わりないようだけど。

 って、考え耽ってちゃいけないね。次へ行こう。


「蒸し器のお湯を沸かしてー」

「蒸し布も水につけて固く絞ったのはいいわよー?」

「ポンス米の時間操作終わったよー?」

「「はやっ」」


 やっぱり1分も経ってないよね?と思わずファルミアさんとツッコミ入れちゃったよ。


「うーん。そうしたら今蒸すと豆を煮る時間の方がかかっちゃうわよね」

「そうですね」


 とは言え水切りは必要なので、笊に上げておきますよ。

 ハチャ豆の様子を見れば、相変わらず吸水力が半端なくてもうお水がすれすれまで減っていた。


「このお豆ってここが不思議ですよねぇ……」

「だからか、庶民でも炊くのが面倒でほとんど家畜の飼料にしているそうよ」

「大豆の代わりですか?」

「みたいなところね」


 と会話しながらも水を足して沸騰するまでしばし待つことに。


「今回のは待つ時間の方が長いの?」

「そうね。こう言うところは時間操作は使いにくいから自分達でなんとかするものなの」

「ふぅーん?」


 フィーさん、その雰囲気は待ち切れないって感じですね。

 だけども、洋菓子もだけど和菓子は総じて手間暇がとってもかかるのものなのでお待ちくださいな。

 豆のお湯が沸騰してしばらくしたら、前回と同じくライガーさんにお願いして笊にしてもらいます。

 そしたら、ファルミアさんがギョッと目を丸くされました。


「わざわざ笊に上げちゃうの?」

「この渋抜きをしておかないと、後の灰汁取りが大変なんですよ」

「なるほど。いちいちレードルか網杓子じゃくしでやってたのはダメだったってことね」

「まったくダメじゃありませんけどね」


 炊き方は人それぞれ。

 僕はおばあちゃんからこの炊き方を教わってからずっとこのやり方でいるので、他のとはあんまり比較したことはないけども。

 レストランじゃあ、まかないなんかで正月明けにいただくことはあったけどあれは市販の餡子を水で溶いたものだったし。

 って、あれ?


「善哉もですが、こし餡でお汁粉作らなかったんですか?」


 これもまた、ユティリウスさんや四凶しきょうさん達が餡子の消費の仕方をあんまり知らなかったのがおかしいと思ったからだ。


「作ろうかと思ったりもしたけど、あんころ餅で毎回消費しちゃうから作れなかったのよ」

「オシルコって?」

「善哉と似た食べ物よ。謂れは色々あるけど、今回の粒餡とは違ってこし餡のスープにおもちや白玉って言う丸いものを入れて食べたりするの」

「同じに聞こえるけど……?」

「地域性とか習慣の違いとか色々あるのよ。いーい、フィー。善哉とお汁粉は同じなようで全然違うものなのよ‼︎」

「う、うん?」


 ファルミアさん関西と関東どっち出身者だったんだろう?

 お汁粉は関西の人の方がこだわり派とかで結構うるさいって聞いたことがあるけども。

 とまあ、僕はその間にライガーさんにハチャ豆を鍋に戻してもらってお水を入れて再び火にかけておきました。


「っと、ここからが私の方の問題点なのよね」

「あまり煮立たせ過ぎずに、じっくり煮るくらいですけど」

「え、沸かしちゃいけないの?」

「そりゃそうすると……ああ、おそらくそれですね?」

「え? 僕わかんないけど」

「フィーさんは無理ないですよ」


 だって、小豆を炊くのは主に日本かアジア圏の国ぐらいだろうし。

 ましてや、それを世界を越えてまで知られているわけがないからフィーさんがわからないのも無理はない。


「強火で煮過ぎて豆が割れ過ぎるのが原因ですよ」

「うちの母親はそれでも上手く出来ていたけど?」

「さすがにずっとではないと思いますよ? 後は煮る時間の加減にもよりますが」

「あー……こっちじゃ砂時計程度しかないから」


 餡子の炊き方万事解決。

 これが解れば、もう失敗はないと思う。

 それと、時間も時間なのでもち米の方にも取り掛かりますよ。

 ここからはファルミアさん主導になります。僕は並行して餡子の面倒も見るけど。

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