2016年7月7日ーー和モノ納涼企画ーー降り落ちるそうめんの川流し
「ほぁ?」
「「ん?」」
「あら?」
「どうしたカティア?」
「あ、いえ。この料理って」
その料理が出てきた時僕はびっくらこいて間抜けた声を出してしまい、皆さんに心配をかけられた。とりあえずセヴィルさんの問いに答えようと、僕はメインのお皿を指差す。
僕らの目の前にあるお昼ご飯。その料理がどうも見覚えのある食材で調理されてる事に気付いたのです。
「ベーメンがどうした?」
「ベーメン?って言うんですか?」
麺料理はあってるけども、これもまた呼び方が違うようだ。
だって見た目イタリアンパスタっぽい料理だけど、使われてる麺が白くて糸のように細いんですもの。これどう見たって僕が知ってるのは『そうめん』だよね?
「君がいたとこでは違う名前のようだねぇ?」
フォークで巻いて口に運ぶ少年神様のフィーさん。
まだいただきます言ってないのに、お腹が空いていたのですかな。口に入れては次の為に巻くを繰り返しておりまする。
「あ、はい。僕がいたとこでは『そうめん』って呼んでました」
「ソーメン?」
「似ていますが、なんだか涼しげな響きですわね」
「アナさん正解です。そうめんは冷やして冷たいお
「は? ベーメンは他の麺と一緒で熱いのじゃねぇの?」
こっちはズズーっと少々お行儀悪く食べる王様のエディオスさん。
ああ、パスタとしては行儀悪いけどそうめんらしく食べるならそれもまた正解ですよ。
「たしかにこう使わなくもないですが、塩分が多過ぎるので一旦冷水で〆るはずです。それを熱いソースと絡めずに別で用意したお汁に入れて食べるんですよ」
「……マリウス呼んでみるか」
おい、とエディオスさんが給仕のお兄さんに伝えてマリウスさんを呼ぶことになった。
「……よくその工程がわかりましたね」
マリウスさんにお知らせしたところ、目をパチパチ瞬いてしまった。
「マリウス、たしかか?」
「はい、陛下。ベーメンは茹でると他の麺と比べて原料の小麦と塩がかなり溶け出してきます。このままソースと絡めば塩辛すぎる上にとろみがつくのでとても食べられるものではありません。なので、カティアさんが言うように一旦笊に上げて冷水でぬめりなどを取ります」
「ベーメンとはそんなに手間のかかるものだったのね?」
パスタじゃあそこまで小麦が溶け出してこないもんね。真っ白どろどろ、その茹で汁ごと使ってパスタ風にすることも出来なくはないけど総じて塩っぱい味付けになってしまうから、今日みたいなあっさりトマトソースみたいな味付けではない。
あ。麺が伸びちゃうから僕達は食べながら話を聞いてますよ?
ラタトゥイユ風なお野菜たっぷりそうめんパスタはうまうまです。特にナスかズッキーニっぽい野菜のとろける食感が最高だよ!
「しかし、オツユとは聞いたこともありませんが……」
「えーっと……ソースをもっと水みたいにさらっとした感じですね」
この世界に和食の概念がほとんどないのをうっかり忘れてました。
出汁と言っていいかもしれないけど、そうするとブイヨンやフォンドボーになってくるし、まだこっちでの呼び方知らないんだよね。
「ソースをですか? それならば今召し上がっていただいてるのもそうですが」
「いいえ。サイソースをベースにしたものなんです。魚介の乾物を煮出したスープにサイソースや他の調味料を入れて、さらに冷やしたものにベーメンをつけて食べるんですよ?」
「なるほど……しかし、かけるのではなく『つける』とは?」
「かけてもいいかもしれませんが、そのソースだとあまり麺に絡み難いので……一回一回別の器に入れてあるお汁に浸したりもするんです」
ぶっかけもあるっちゃあるけど、あれ麺汁が濃い目だから味が一発で決まっちゃうからねぇ。
個人的にはゴマだれ作りたいけど、練りごま作るの大変なんだよなぁ。あ、でも魔術で撹拌させれば楽チンかもしれない。あれ3分でジェノベーゼ作れたし。
「カティア」
「はい?」
呼んだのはエディオスさんだった。
真剣な顔つきで僕を見ている。
な、なんだろう?
「明日の昼にベーメンのその食べ方実践させてくれ!」
「え、あ、はい?」
ぱんって懇願するように手を合わせだしたからびっくりしたけど、僕は反射で了承してしまっていた。
あ、しまったぞ。この料理に欠かせない材料があるかまだ調べてないのに。
とは言え、口で言ってしまったからには覆せない。
だって、アナさんやフィーさんもキラキラした目で僕を見つめてくるもの。ああ言う期待に満ちた目って、僕とっても弱いんですよ……。うーん、どうしよう。この世界に来てまだ日が浅いからだけど『鰹節』と『昆布』って見たことないよ!
「カティア、何か問題があるのか?」
マリウスさんが下がっていき、ご飯も全部食べ終えてからセヴィルさんが僕の顔を覗き込んできた。
しかも結構な至近距離でした。
いきなりの美形ご尊顔に僕は不安が一気に吹っ飛んでしまい、代わりに心臓がばくばくし出した。
「な、何がですか⁉︎」
「マリウスが下がってからずっと浮かない顔をしていたぞ? 皆もそれは気付いている」
「え?」
そんなにも顔に出てたの?
皆さんを見回すと心配そうなお顔で頷かれてしまいました。あのフィーさんもです。
あらま、そんな絶望顔してたのか。すみませぬ。
「どうされましたのカティアさん?」
「あ、すみません! 実は……お汁作るにもあるかどうかわからない食材があって」
「サイソースに魚介の乾物と言ってただろう? それならばここに全て揃ってると思うぞ?」
「そうかもですが、あれ達は結構特殊なんでさすがにあるかなぁと」
特に鰹節なんて製法も何もかもが高度な技術の結晶と言ってもいい。日本で削り節に慣れ親しんみ過ぎてたせいで麻痺してましたね。
「ちょっとごめんねー?」
ぽんっと頭に温かいものが触れてきた。
最早お馴染みのフィーさんの記憶探査の魔術だ。
それがわかれば僕はじっと動かずに、鰹節や昆布の情報を出来る限りわかりやすくイメージしていきます。
たっぷり1分くらいだろうか。
手が離れると、珍しくフィーさんが力なく口を開いた。
「……たしかに、あるかわかんないね」
「え、フィーでも知らねぇの⁉︎」
「うん。この世界を管理する僕でも見たこともないし、ましてや食べたこともないよ。そんな薄っぺらい魚の乾物とかってあったかなぁ?」
「じゃあ、そこは小魚の乾物で代用するしかないですね……」
ないのはどうしようもない。残念だなぁ……。
だけど、この時の僕は知らなかった。
後に出会うお隣のヴァスシードって国だと、実は庶民で使われてたお手軽な乾物であることに。
昆布の方はと言うと、海藻を乾燥させてあるのをふやかして戻したのをスープに使うことがあるらしいので、それを代用することになりそうだった。
海にはそこそこ遠いこの国では、輸送が大変でもあるが生で海藻を食べようとは特にしないとかで、海藻サラダなんかの発想はないみたい。
試しに海藻サラダを副菜に提案しようとしたが、フィーさんも含めて全員が断固拒否してきました。
ドレッシングもかけるけど、冷たい海藻のあのぬるっとした感じがどうも嫌っぽいらしいです。あれが体にいいのになぁ?
ともあれ、そうめんのごく普通の食べ方はなんとか出来そうだ。
(って、あれ? たしか夏に『そうめんの日』ってあったよね?)
お歳暮のCMでもなんか紹介されてたのを見た気もする。だけど、その日はたしか日本以外でもアジア圏じゃオーソドックスな『年中行事』の日でもあったはずだ。
(でも、それは今回はやめておこうかな?)
今から準備しても時間かかるし、逆にそうめんの日ならもっと楽しい食べ方を推奨しなくては。
「フィーさん」
「なーに?」
「ちょっと協力していただきたいことが……」
彼の腕を引いて部屋の隅に移動する。
コショコショと他の皆さんには聞こえ難いように小声で相談すると、フィーさんが『へぇ』と楽しそうに口を緩めた。
「面白そうだね! それは後で記憶読ませてもらってから僕がなんとか創ってみるよ」
「ありがとうございます!」
ピール(ピッツァ用の巨大ヘラ)を詠唱だけで創り出せるフィーさんだもの。あの道具達もきっと創れるはずです。
「何こそこそしてんだよお前ら?」
「んふふー、エディ達にはまーだ秘密ーぅ! ね、カティア?」
「はい! ただ、そうめん……じゃなくてベーメンの美味しい食べ方を考えてるってだけはお伝え出来ます」
だが楽しいだけでなく、とんでもなく困難だって言うのは覚悟しておいてくださいね?
今言っちゃうと中止されそうだから、僕もそれは言わないでおく。
だって、『流しそうめん』はたとえフォークを使ってでもすくい上げるのが困難な代物だからね‼︎
♦︎
翌日。
僕とフィーさんはお庭でも最奥の方にある奥庭の方である準備をしていました。
「ここを繋げば……っと、出来たー‼︎」
「なんとかお昼前には間に合いましたね……」
僕の小さい身体でもどうにか手伝えて、お城のお庭に流しそうめんセットを設営することが出来ました!
実際文字通り記憶を頼りに制作してはみたけど、中々に様になっていますね。
単直に一本一直線で行く予定のはずが、フィーさんが僕の記憶にあったバラエティ番組を読み取って面白かったのを気に入ってしまい、ジグザグコースまで出来てしまいました。
しっかし流しそうめんセットが実現するとは思わなかったなぁ。一番上から流すにもそこそこの高さがある。
僕が一番上で流そうとしたら多分セヴィルさん辺りに止められそうだよね。取手付きの脚立も制作したから大丈夫だと思うけども。
とりま、これで大道具制作は終わったので、そうめんを作りに行かなくてはいけない‼︎
お汁やゴマだれは既に昨日作成済みですよ?
小魚と海藻で代用の麺汁はなんとか出来ました。よくよく考えたら鰹節だけの出汁だけじゃなく小魚を使ったいりこ出汁なんかもあるから、どうにかなったわけです。
今は両方ともキンキンに魔術で冷却して氷室に保存してあります。
「ああ、カティアさんちょうど良かったです。鍋の湯が沸きましたよ」
「ありがとうございます!」
厨房に行くとマリウスさんがスタンバッてくれていましたよ。ナイスタイミングですね!
用意します道具は笊と受け用のボウルのみ。ただ、笊とボウルはたーくさん用意してもらってあります。
茹では3分くらい。計るには小さめの砂時計を使いますよ?
それから湯がいてはそうめんを冷水に晒して〆るを最低3回くらいは繰り返して、全部を終えたら笊に入れてボウルで余分な水分を受け止める。これにて準備は完了です!
「カティアー、僕先にオツユとか持ってくねー?」
「あ、こっちも出来たので僕も行きますー」
2人揃って準備が出来たので、再び奥庭に向かいます。
流しそうめんセットの方にはまだ誰も到着していなかったけれど、僕らは最終段階を決行することにしました。
「下に笊と桶を持ってきてっと」
水はともかく、すくい上げれなかった麺を無駄にしない為の防護策です。
その間にフィーさんは上の方で水のホース代わりに水の球を出現させて、そうめんがゆっくり流れる程度に水を流し入れてくれてました。
これでいつでも流しそうめんが出来ます。
「お、なんだぁこりゃ?」
「テチャムが組まれているが、一体なんだ?」
エディオスさんとセヴィルさんがやってきました。アナさんはその少し後ろの方から来ましたよ。
「まあまあ、なんですのこの道具は?」
流しそうめんセットを見るなり、アナさんはキラキラと好奇心旺盛に見物されていました。
まあ、こう言うのは僕がいた世界でも最近は珍しいからね。テレビでもそこまで頻繁ではなかったし。
「流しベーメンセットです!」
「流し?とはどう言う事だ?」
「見た通り、水を川のように流し入れてまして、そこに茹でて〆てあるベーメンを入れて途中でフォークですくい上げるんです!」
「んで、そのベーメンをオツユにつけて食うってか?」
「その通りです!」
お汁達は2つの竹の器を専用のトレイに入れて持てるようにフィーさんに作ってもらいました。
それぞれにお汁セットとフォークを持ってもらい、僕は専用脚立に乗って手にそうめんの笊を持ちます。
「いきますよー?」
フォークですくうので気持ち多めにそうめんを持ち上げて水に浸らせる。
そしてパッと離すとそうめんは水の流れに押されてゆっくりと流れ、ジグザグのコースへ順に落ちていく。
「せーのっと……む、意外に難しいなぁ?」
「あれ、全然すくえねぇ?」
「ほんの少しだけですわ」
「……結構難しいな」
初回と言うこともあってか、皆さん意外にすくえずそうめんの束は桶の笊に落ちていった。
これは僕が見本見せた方が良かったかなぁ?
だが、2回目は逆にかなりすくえていてほんの数本残しで笊に流れていった。
「ん! この薄茶のオツユ美味いなぁ? いくらでも食える気がする」
「そっちはサイソースではなくてサムト(ごま)をすって調味料を加えたタレなんですよ」
「こちらのサイソースはさっぱりとしていますわ」
「美味しいー!」
本当はネギや生姜なんかの薬味もあればいいんだけど見当たらなかったんだよね。
まあ、流しそうめんだから、そこまで用意しなくても大丈夫っちゃ大丈夫だけど。
「……ベーメンにこんな食べ方があるとはな?」
ずずっと、セヴィルさんはお汁の方をつけて食べていた。ほんの少し口元が緩んでいる辺り、どうやら気に入ってくれたようだ。良かった良かった。
「次行きますよー?」
「カティアー、次僕がやろうか?」
「あ、はい。それじゃあお願いしますね」
ずっと流す役してたら僕が食いっぱぐれちゃうからね。先に言ってくれて良かった。
笊を落とさないようにして脚立から降りて、フィーさんに笊を渡して交代する。
ひょいひょいとフィーさんは脚立の上に上がり、竹の頂上を見てそうめんを少し持ち上げた。
って、見てる場合じゃなかったよ。僕も流し枠に並んですくう側に立たなくっちゃ。
急いで自分のお汁セットとフォークを手にしてアナさんの隣に立つ。向かい側にはセヴィルさんでその右手にはエディオスさんがいる形だ。
「いくよー?」
その合図と共にそうめんが流れてくる。
エディオスさんが3分の1、アナさんが残りの3分の1で僕とセヴィルさんも残りの3分の1ずつ。ちょうど全部残さずすくえた感じだ。
「いっただきまーす」
麺つゆもいいけど、苦心の作のゴマだれにまずはつけて食べてみる。
強いゴマの風味が口一杯に広がり、甘じょっぱいタレが舌の上で踊る感じがもうたまりません!
味噌がなくって大丈夫かなぁと作る前は心配してたけど、ある材料でなんとかなったよ。これでも十分に美味しいです。
2回目は普通の麺つゆでいただき、鰹出汁ではないけれどもごく普通の麺つゆに仕上がっていたのでこっちも満足が出来ました。
そうめん流しの方はそれからエディオスさんやアナさんも交代して流してくださいまして、ある程度疲れてきてからは即席の椅子とテーブルを魔術で用意して普通につけていただくことになりました。
あれだけ茹でたそうめんはほとんどがフィーさんとエディオスさんのお腹の中に入っていきましたが、アナさんやセヴィルさんも満腹一歩手前まで召し上がられてたので量は足りてたようです。
僕も主にゴマだれで食べたけど、お腹いっぱい。
もう入りませぬ。けほり。
「ベーメンの食べ方がこれで一変すんなぁ?」
食後に少し温かい紅茶を飲んでいる最中に、エディオスさんは機嫌良く言い出した。
「でも、温かいそうめんだと僕には『にゅうめん』が普通でしたね」
「どんなのだ?」
「お汁をお湯で薄ーく割ったのにそうめんを湯がいて、卵なんかでとじて薬味をかけたものなんです」
冬のちょっとした夜食や風邪の時なんかにいいよね、にゅうめん。
「なんだかとても美味しそうですわね」
「けど、マリウスが言ってたがそのまま湯がいたら塩っぱ過ぎねぇか?」
「そこまで塩辛過ぎはしないと思いますよ?」
麺を入れる量にもよるけど、100gくらいならそんなには塩っぱくはならないだろうし、とろみもほんのりとしか出ないはずだ。
「じゃあ、今度はニューメンだね?」
提案出したら即食べたいのですね、フィーさん。
あなたの胃袋はブラックホールですか? あれだけ食べたのに。
ともあれ、流しそうめんはこれでお開きとなり、道具類はまた機会あれば使えるようにとフィーさんが亜空間収納たる魔術で保管してくださることになりました。
楽しかったなぁ、流しそうめん。
今度は冷製パスタでもいいかもしれない。麺つゆ代わりに冷たいトマトソースにつければいいし。
わがままを言うならば中華麺があればつけ麺仕立ても出来るけど、ラーメンの麺はかんすい必要だし僕ジャンル違いの料理人だからそこまでは無理です。
和食なんかは普段から作ってたりしてたからそこそこ出来るだけだしね。
後日、流しそうめんは定期的に行うことになり、上層調理場の人達とも交じえて大掛かりな会も開いたりするようになりました。
冷やして食べるベーメンは画期的な食べ方だと皆さんに喜んでもらえて、その後中層や下層でも話題になり、冷製パスタならぬ冷製ベーメンがメニューに加わるようになりましたとさ。
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