2016年6月30日ーー夏越祓にもちりと水無月part2

 粉が揃ったところで、僕はもう一度ハチャ豆の様子を見てみる。水は最初よりは吸わなくなっていたけども、大分減っていた。

 豆の茹で具合を確認してから、ライガーさんにお願いして笊にしてもらう。

 この『渋抜き』って工程をちゃんとやっておかないと後の方で取る灰汁の量が半端ないからです。よーく笊で湯を切ったら鍋に豆を戻してまた水をひたひたよりも少し上に入れる。これを湯が沸騰するまで強火で煮立たせます。


「結構面倒だねー?」


 後ろでそれを見ていたフィーさんは、手が空いているので粉をふるいで揺すってきめ細かくしてもらっています。

 別にずぼらしてわざわざ振るわなくてもいいんだけども、豆が炊き上がるのに時間もかかるしその方が後で混ぜる時ダマになりにくいからと説明したら、力仕事はライガーさんの方がいいだろうとフィーさん進んで挙手してくれました。

 ずーっと揺すってきめ細かくするのも結構な労力なのに、重い方が嫌なのですね。たしかに、この寸胴鍋は持ち上げるのはフィーさんの少年姿じゃ無理あるしね。僕なんかもっと無理だぁ。


「手間はかかりますが、より美味しいものを作り上げるためです!」

「そうだねー」


 そんなこんなしゃべってる間に沸騰してきて待つこと少し。レードルですくって豆の割れ具合を確認。丸から楕円形に膨らんだお豆ちゃんの一部が破れてきてました。

 さて、ここからが火加減とうまくお話せねばならない。

 蒸らすように火を弱めてジンワリ炊きます。コトコトよりも水面が泡立たないような弱火で煮る必要があるのです。

 これが湯の色が変わるくらい、大体30分くらい煮ないと調子がわからないし、お豆ちゃんが完全に柔らかく煮えるまでそれからかなり時間もかかる。渋抜きをしたから灰汁はもうそんなに出てこない感じだったのにはライガーさん驚いてた。

 これは良い方法だと、明日以降にマリウスさんに報告することが決まったよ。


「こっちのササ豆はーっと?」


 蓋を開けたら、良い具合に煮えてきたと思われるお豆ちゃんが鎮座していました。

 茹で加減を確かめると、ぷつっと割れて中身が飛び出してきた。これはもう大丈夫だね。

 なので、これもライガーさんに笊に上げてもらい、湯が切れたら戻してもらいます。砂糖とミナス(みりん)に塩を計量したものを加えてからターナーで全体に味が馴染むまで混ぜます。


「大変そうだけど、僕がやろうか?」

「いえ、これくらいはさせてください」


 さっきから指示以外ほとんど傍観しているだけだったもの。このくらいは大したことないのでやらせてくださいな。

 ねっとりと少し粘りが出てきたらターナーで軽くすくって指で摘んでひと口。

 んー! 予想通りのうぐいす餡子の味だよ。ライガーさんやフィーさんにも味見してもらうと美味しいの一言もらえました。


「おっかなびっくりかと思いきや、これはなかなか……」

「甘くて美味しいねぇ?」

「ハチャ豆のも期待しててください!」


 メインで使うのは小豆の方だからね。

 ササ豆の煮豆はバットに移して軽ーく冷却の魔術を施しておく。

 フィーさんの粉の篩掛けも終わり、ハチャ豆の割れ具合もまだまだでさぁどうしようかとなったけど、煮えるまで休憩することになりました。








 ♦︎









 閑話休題。

 お茶も飲んで一息つきながら、豆の茹で加減も確認するのに一粒食べて固さを舌と歯で具合を見たりするのを繰り返し。もうレードルでもすくいにくい状態になれば、ライガーさんに頼んでシンクに鍋を置いてもらう。

 ここで冷水で締める作業があるんだけども、鍋がデカイので蛇口は当然届かないから魔術を使います。

 片手に冷たい水の球を出現させ、ちょろちょろと少しずつ豆が割れすぎないように注意しながら水を鍋の中に流し入れる。

 鍋の湯が完全に水に入れ替わって、水が透明になってくるまで冷やし続けます。これで、割れた小豆の皮がきゅっと引き締まって、レードルでもすくえるようになるんだよ。

 それをライガーさんにまた頼んで笊に上げてもらい、自然に水が落ちきるまで待つ。その間に残りの砂糖の計量や蒸し器の準備などを進めていくのです。


「鍋に戻して砂糖と蜂蜜少しも入れてっと」


 ターナーで砂糖を豆の衣にするようにまぶしていき、全体に絡んできたら火をつける。しばらくしたら豆から水分がじんわりと滲み出てきて、あっという間にひたひたになるくらいになっていく。

 ここで火を中火まで上げて煮立たせ、時々ハチャ豆を手前から奥に押すように動かす。水分が少し減ってきたら中弱火にしてササ豆と同様に混ぜます。あまり強くかき混ぜずに縁をくるりと混ぜて真ん中に来たら奥に押すように。

 完全に水分が飛んでしまったら、少しだけ粒を潰して練り練りと。

 これで完成!

 いやぁ時間かかったかかった。これまだ全然途中工程なのにね?


「お疲れ様って、一応は言っとかないとね? もう一回休む?」

「荒熱取らなきゃいけないのでそうします……」


 煮豆をバットに移してこれにも軽く冷却の魔術を施しておく。

 洗い物が溜まってきたけど、それは率先してライガーさんがやってくださいました。ありがたや。

 僕はフィーさんに促されて食堂でもう一度アイスティーを飲んで少し休憩。


「豆を甘く煮るなんて君が来なきゃ考えれないことだったよ」

「僕のいたところでも砂糖で煮るのはまだ最近の方でしたからね」


 それでも300年以上も昔の江戸時代からだけどさ。

 高級品だった砂糖が比較的安価で出回るようになってきて色んな料理に庶民でも手が出やすくなってきた頃に、だ。

 饅頭を筆頭に和菓子全般に使われるようになった餡子。

 今日のは水無月を作るだけだからほとんど潰さなかったけど、次回はおはぎなんかに挑戦したいなぁ。米粉やもち米粉があるからには原材料の穀物があって当然だろうし。

 あ、でもそうするとセヴィルさん用に甘過ぎない胡麻のおはぎも用意しないとな? 中にほんのちょっと餡子を入れれば、塩っぱいのに加えて程よい甘さで味に飽きが来ないと思うからね。

 ちなみに胡麻はパンにまぶしてあるのが出てきたことがあるので、材料としてあるのは確認済み。黒胡麻白胡麻両方ありましたとも。

 じゃ、アイスティーも全部飲んで一息つけたので生地作りにレッツゴー‼︎


「蒸し器の準備はいつでも大丈夫にしてあるよ」

「ありがとうございます」


 さて肝心の生地作り、これはそこまで難しくはありません。

 フィーさんに篩掛けしてもらった粉達をボウルに入れ、計量した水を少しずつ加えながらホイッパーで混ぜます。

 ダマにならないように丁寧に混ぜてとろんととろみが出てきたら少量の砂糖を加えて更に混ぜます。

 出来上がったら、水で濡らしておいた流し缶2つに均等になるよう流し入れ、湯気の立った蒸し器の中に置きます!

 そして蓋をして強火で5分程蒸して、表面がある程度固まってるのを確認してからそれぞれの流し缶にササ豆とハチャ豆の煮豆をだばっと並べ入れますよ。


「……ハチャ豆の色凄いね」

「ええ……」

「これが普通ですよ?」


 ごく普通の小豆色。

 まあ、最初は圧巻されちゃうのかもね。

 とりあえず、これをまた蓋してから火を弱めて15分程蒸します。

 蒸し上がったら竹串でムラがないか確認して、ミトンで調理台の方に持っていく。2台とも問題なく蒸せてたのだけど、もうおやつの時間までほとんど時間もないから魔術で瞬間冷却。

 缶が冷え冷えになったのを触ってみてOKなら竹串でぐるりと生地を離すように剥がしていく。

 それをまな板の上に乗せて包丁で縦横斜めと切っていき、綺麗な三角形になれば『水無月』の完成です‼︎


「出来ましたー‼︎」

「この形が氷を意味するの?」

「僕のいたとこだとそう思われてたようですよ?」


 正確には京都発祥だから、僕が住んでた地域じゃないけどね。

 基本三角形に切るのが当たり前になっているから、わざわざ四角だったりに切ったりはしないのだもの。

 余った豆の甘煮達は保存の魔術をフィーさんに施してもらい、また水無月みたいなお菓子をつくれるようにと貯蔵庫の1つに保管してくれることになりました。

 ではでは、お皿に盛り付けていざ実食です!


「皆さん出来ましたよー!」


 食堂に行くとエディオスさん、セヴィルさんはもちろんアナさんも既にスタンバイしていらさいました。

 僕は水無月を、フィーさんがお茶を準備してテーブルに置いていく。


「……赤黒いのってなんの豆だぁ?」

「ハチャ豆の甘煮を使いました」

「「「ハチャ豆⁇」」」


 ライガーさんも言ってた感じあんまり馴染みのないお豆みたい。

 ですが皆さん、甘ーい煮豆を是非ともご賞味あれ?

 ミニトングを使ってお皿にササ豆の方も一緒に取り分けていき、エディオスさんは手元に来るとフォークを使って早速食べ始めてくれた。


「下はなんかもちっとしてあんま甘くねぇが、上の豆が甘いからちょうどいいな!」

「面白い食感ですわね!」


 アナさんも気に入ってくれたのか、もちもちとした外郎部分を頬張っては食感を楽しんでくれていた。


「そう言えばこの菓子はなんと言うのだ?」


 セヴィルさんも少しずつだけど、食べてくれている。ハチャ豆のよりもササ豆の方がどうやら気に入ってくれたようで、ササ豆の水無月が半分以上なかった。

 あ、そう言えば言ってなかったような。


「水無月って言うんですよ」

「ミナヅキ?」

「月の呼び名をそのままつけたそうですが、僕も詳しいことはよくわかんなくて」

「そうか」


 6月の呼び名がそうだから、月末に食べるお菓子も自然とそう名付けれたらしいとしか僕も知らないんだよねぇ。

 フォークでもちっとした外郎生地を切り、小さい欠片が出来たら刺して口に運ぶ。

 ううーん、懐かしいお味だ。

 もう会えないけど、おばあちゃんがよく作ってくれた味に似せることが出来た。おばあちゃん元気でいるかなぁ?


「ササ豆のも美味しいねぇ」


 フィーさんは相も変わらず食欲旺盛でもう3つ目を食べています。

 つまらせずによくパクパク食べれますね。

 さすがに全員で全部は食べれ切れなかったから、残りは上層調理場にあげることになった。

 ご感想は明日以降にくれるそうです。


「気分だけだが、なんか涼しくなった気がするぜ。ありがとなカティア」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございますわカティアさん」

「えへへー」


 喜んでもらえて何よりですよ。

 全員から賛辞と頭にナデナデしてもらい、僕は身体から疲れがぶっ飛んだと思えた。

 罪も邪気も特にないけども、疲れって『悪い気』は水無月の効果だけで浄化出来たんじゃないよね。

 皆さんのお心遣いを確かに受け取って、僕は夕食まで文字の練習を頑張ってみた。おかげで15ページくらいのが一冊読み切れました。まる。

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