2016年6月30日ーー夏越祓(なごしのはらえ)にもちりと水無月part1

 ジメジメーっと、ジトジトーっと梅雨もまだまだ今日も暑いです!

 はぁっとお城のお部屋でぽけっとしている僕だけども、今日は絵本で文字を読む練習をしてます。相変わらずローマ字っぽいけど読みにくい字達に悪戦苦闘していますが、ひらがなみたいな読み方はなんとか出来てきてはいる。

 と言うのも、この字達見た目はローマ字っぽいのに日本語のような使い分けが出来るという摩訶不思議なものだったのです。だからって、日本語のように上手くはいかないのですよ。同じなようで違う使い方もあるわなんやで時々挫けます。

 しかし、湿気でジメジメするなぁ。

 窓の外を見るが今日は梅雨には珍しく晴れていて、雲もなしの快晴。そのせいでか日差しも強くて熱気が湿気を帯びてジメーっとしているのだな。


「うーん……この前かき氷食べたばっかりだけど、もう一度作ってもこの暑さはまだまだ続くだろうし?」


 それに食べ過ぎてお腹を冷やして腹下しを引き起こす可能性がある。と言うのも、あまりの美味しさに食べ過ぎが続出してしまい、中層や下層の人達の一部でそうなったらしいのだ。こちらでは幸いなかったけどね。

 何か良い案は浮かばないかなぁと考えてみるも、すぐには出てこない。

 だけども氷と思い浮かべた時、僕はある『お菓子』を連想した。


「そうだよ。気分だけでも暑さを吹っ飛ばせるおまじないしてみるのも有りかも‼︎」


 あれは日本人でもある都市の習慣でお菓子屋さんに広まったものだけれど、僕はおばあちゃんがその時季に作ってくれてたから覚えてたんだよね。

 そうと決まれば、と僕は絵本達を片付けてエディオスさんの執務室に向かいました。


「……おまじない? この前の暑気払いってやつもそう言うのじゃねぇのか?」

「似てますが、あれとはまた違いますね。体の中の悪い気を追い払えるようにと、無病息災……健康でいられますようにってお祈りする習慣で食べるお菓子なんですよ」


 1年のうちちょうど半年頃のこの時期にって言うのが大事で、半年分に溜まった罪や悪い邪気を追い払い、残りの半年を清浄に過ごせれるようにお祈りする。

 起源をさかのぼれば500年以上も昔の室町時代から続いている長い習慣なんだよね。それを現代まで続けている人達もすごいと思うけど。

 その説明をすると、エディオスさんは口笛を吹いた。


「へぇ。そんなにも長く続く習慣か? この前のかき氷の方がもっと古いって言ってたよな?」

「あれは凄いですよね。シロップは僕の祖父母の代から改良されたものですが」


 何せ平安時代から1000年以上も伝わる古いお菓子だ。枕草子に記載されてるくらいだし、暑いと皆して氷を口に含みたくなるものだからね。


「あ。昔は氷が貴族の人達くらいしか食べられないので、庶民の人達がそれに似せようとお菓子を作ったのが始まりとも言われてるんですよ?」

「たしかに、氷はこちらでも魔術があまり普及してなかった頃は貴重な品だと言われてたらしいな」


 とんとんと書簡を整えてたセヴィルさんも話に加わってきた。


「だが、氷に似せるとは一体何の材料で作るんだ?」

「小麦粉とかで土台を作って、上に小豆を砂糖で煮た物を乗せるんですよ」

「「アズキ??」」

「あれ、お豆なんですけどこっちじゃありませんか?」


 なきゃ困るなぁ。

 あれが一番大事なんだよ。小豆の赤色は邪気払いを意味する重要な材料だ。それが祈願にも通ずるポイントなんだけどさ。


「豆か。トチ豆やササ豆はよく食べるがアズキとは聞いたことがない」

「……僕もそう言うお豆わかりません」

「昨夜のスープがササ豆だぜ? すり潰してあったがな」

「あの緑色のスープですか?」


 グリンピースに似た風味のポタージュスープ。大変美味しゅうございました。

 あ、でもそれなら枝豆からとかで作れるずんだ風にするのも有りかもしれない。見た目はあっちも綺麗だし。


「皆何話してるのー?」


 ひょこりとフィーさんが執務室の扉を開けてやってきた。暑いのか、手を扇代わりにしてパタパタと扇いでいた。

 ナイスタイミングにフィーさんが来てくれたね!


「フィーさん、ちょっと調べて欲しいことがあるんですけど」

「んー?」


 なになにーっと首を傾げるフィーさんに、僕が簡単にお菓子の説明をするとパァって顔が輝き出した。


「へぇ。そんなお菓子もあるんだ? いいよ、調べてあげる」

「お願いします」


 お馴染み手を僕の頭にかざしてもらって待つこと数秒。それからフィーさんはうーんと首を捻り出した。


「アズキねぇ? 赤い豆ならこっちにも色々あるけど、そんな小さな豆ってあるかなぁ」

「……ないんですか」


 ならばずんだ風ササ豆でいくっきゃないかもしれないな。

 他の赤い豆でもいいかもだけど、金時豆や花豆とかみたいに指の先くらいの大きさのは乗せにくいしね。


「まあ、面白そうじゃねぇか。いいぜ、作ってくれよ。八つ時に甘いもんは必要だしなぁ?」

「お前は単に食べたいだけだろうが。たしかに、休憩時に多少の甘いものは必要ではあるがな」

「なんだかんだでゼルも食いたいんだろ? あ、婚約者が作るもんなら甘いもんでも食うってか?」

「うるさい」


 ごんっとエディオスさんの脳天にセヴィルさんの拳が勢い良く落とされました。

 最早お約束のことなんで心配は致しませぬよ。いちいち突っ込んでたらキリないし、あれ一応本気じゃないらしいからね。音はいい音しているけども。

 ともあれ、『水無月』制作許可は下りたのでフィーさんと一緒に上層調理場へ向かいました。








 ♦︎








「お豆ってこんなに種類があるんですね」

「ここは我が国だけでなく、各国の食材も取り揃えているからね。種類が豊富なんだよ?」


 ライガーさんが持ってきてくれた他の豆の箱をどさりとテーブルに置いてくれる。

 マリウスさんは今日はお休みなので、副料理長のライガーさんが指揮を取り持っていたのだ。エディオスさんからの許可を告げると、いつも通りOKをいただくことが出来て、まずは材料の吟味からスタートすることになった。

 重要なお豆ちゃんからだけども、話すと小豆かはわからないけど色んなお豆ちゃんが倉庫にあるからとわざわざ全部出してもらえることになったのだ。もちろん、僕やフィーさんもお手伝いしたよ? フィーさんは最後の豆の箱を取りに行くべく、まだ食堂側には来てない。

 しかし、大きさもばらばらで色とりどりのお豆ちゃんが出揃ったよ。

 ササ豆って言うのは予想通りグリンピースサイズの大豆っぽいのだった。綺麗な翡翠色のお豆ちゃん。これで普通にずんだ餅作りたくなるよ。でも、もち粉ってこの世界にあるのかまだわかってない。

 ヨーロピアンよろしく洋風な世界だけども片栗粉があるのは意外だったけどさ? あれって日本発祥の粉なんだよ。けど、呼び名は全然違って『トロミ粉』って呼ばれてる。

 なんでも、トロミクってお花の根っこから加工した澱粉質を乾燥させたものらしい。日本でもカタクリってお花の根っこからの澱粉質を加工したものが片栗粉だけど、製法も名前の由来も実に似ている。

 フィーさんに前に聞いたんだけど、お隣のヴァスシードの名産品で輸入食材のようだとか。まだお会いできてないけども、そこの王妃様がよく調理の材料として使ってるんだって。

 ならば、白玉粉や上新粉もひょっとしたらここを探せばあるかもしれないから、後でライガーさんに聞いてみようと片隅に置いておく。

 まずは、お豆ちゃんの吟味からだ。

 せっかくだから、色違い2種類の水無月を作ろうと思ったのです。


「カティアー、小さな赤い豆ってこんなのかなぁ?」


 よっと、とフィーさんが少し煤けた木箱を持ってきてくれた。

 蓋を開けてみると、小豆のような楕円形ではないけども臙脂色の大豆のようなお豆ちゃんがたっぷり入っていた。

 おお、これなら炊けば色が赤黒くなるだろうし大丈夫かもしれない!


「え、これってハチャ豆かな?」

「ハチャ豆⁇」

「うん。あんまり僕らも使わないから奥にしまってあったんだね。とにかく水を凄く吸う豆で、煮ると他の豆に比べて灰汁がこれまた凄い出るんだよ」

「へぇ……」


 小豆もそこそこ水を吸って、煮ると渋と言う灰汁が出るのは一緒だ。

 難関食材は逆に使いたくなるね!

 ならば、急いでハチャ豆を洗い寸胴鍋に底が見えないくらいまで入れて水を鍋の半分くらいまで足して、沸騰させるまで強火にかける。

 どれくらい水を吸うのかはわからないけど、これくらい入れればひとまずは大丈夫でしょうよ?

 そして、もう1つお豆ちゃんを選びに食堂に戻ります。


「うーん……悩みますねぇ」


 ササ豆でも良かったかもしれないけども、他にも似たり寄ったり色んな緑色のお豆ちゃんがずらっと出揃ったので、1つずつつまんでは戻すを繰り返していた。


「カティアちゃん何にそんなに悩んでるんだい?」

「いえ、砂糖でどのみち煮ちゃうんですがどれが仕上がりに綺麗な色になるかなぁって」

「え、豆を砂糖で煮るのかい⁉︎」

「ほえ?」


 こちらじゃ餡子の文化が……ないよねぇ、ヨーロピアンな文化のこの世界では。

 そもそも餡子の歴史も塩餡から砂糖を使った餡子になっていったと言われてるし、あれもほとんど日本発祥の逸品だ。もしもこの世界にあるなら、既にこのお城でも使われてるだろうし……いいかなぁ、僕が伝来しても。

 って、ピッツァを初めにかき氷かなんかも許可もらって作ってるじゃないか。今更気にしちゃダメだもんね。もう僕は自分の故郷には帰れないのだから。

 と言うわけでじゃないけども、作れるものは作りましょう!


「僕のいたところでは、お豆を甘く煮て色々加工したりして使うお菓子の調理法があるんですよ」

「そんなの聞いたことないけども……君が作るのはどれも珍しくて美味しいものばかりだもんね。よし、僕も一緒に考えてあげるよ」

「ありがとうございます!」


 それからあーでもないこーでもないとフィーさんも交えて議論しあったけども、結局は最初に候補に上げてたササ豆に決定しました。

 ポタージュにしたあの翡翠色が一番じゃないかって、僕とライガーさんが意見一致したからで。


「急いで洗ってこれも煮ましょう!」


 最初は早いけど、砂糖とか入れた後の煮る工程が物凄い時間かかるんだもの。冷却は魔術でどうにか出来るだろうけど、そこばかりはどう足掻いても自然の工程に任せるしかない。

 ハチャ豆と同じように洗って鍋に水と一緒に入れて火にくべる。これも沸騰するまで強火で大丈夫だ。

 さてハチャ豆の方はとミトンを使って蓋を開けるが、


「えぇっ⁉︎」


 超びっくり!

 だって、あれだけたっぷり入れた水がもうお豆ちゃんすれすれまでなくなっていたんだもの‼︎

 一応沸騰してはいたし、いい具合に湯の色も赤くなっていたけど……まだ豆が固すぎたから煮た方がいいよね。普通ここでは入れない差し水をたっぷり多めに足してもう一回蓋をしておく。

 これは特に注意しなきゃいけないお豆ちゃんだね。

 その勝負受けて立つ! なんてね。

 とにかく水をこれでもかと吸うのは僕にも理解出来たので、こまめに見ようと心に留めておく。とは言えずっとついてるわけにはいかないから、次は粉探しだ。

 小麦粉と片栗粉だけでも出来なくはないけど、米粉の上新粉やもち米粉の白玉粉も混ぜた方がもっともちもちして美味しいんだよね。あとは葛粉でも加えるとぷるぷるとした食感もプラスで尚良し。


「カティアー、色々持ってきてみたよー?」

「ありがとうございます!」


 先に探しててくれてた方がもう見つかったみたい。

 調理台にどんどん粉の袋が乗っかり、合計大小様々な袋が合計5袋用意された。小麦粉と片栗粉(トロミ粉)は除いただけでもこれだけとは凄い。


「さて、持ってきたはいいけどどう言う粉がいいんだい?」

「えーっと……蒸すともちっとした食感になるものがいいんですが」

「ああ。それならこれとこれがいいね。ウルス粉とポンス粉。ポンス粉の方がキメが細かいよ」

「舐めてみてもいいですか?」

「いいよ」


 許可をいただいたので、両方とも指で軽くすくって舐めてみる。ポンス粉の方がたしかにキメが細かくお米と言うよりは糯米もちごめに近い風味だった。対するウルス粉はさらっと舌の上で溶けるが味は乾いたお米って感じだ。まさしく米粉。

 この世界にもあったんだと少し感動しちゃった。

 残りの粉も確認していたら、なんと葛粉っぽいのもあったよ! カクカクした塊がゴロゴロ入っている粉と言うかなんというか。試しに舐めてみたら後味が若干苦いお味でした。

 こ、これはまさか本葛⁉︎ これキロサイズの袋だけども、貯蔵庫から持ってきた感じまだあるみたいだよね?


「カティアちゃん、どうしたの?」

「ら、ライガーさんこの粉ってまだ倉庫にたくさんあるんですか?」

「どの粉? ……ああ、プェルナ粉のことかい? トロミ粉の代用とか風邪引いた時にお湯に溶かして飲んだりとかそこまでたくさんは使わないけど、フィー様持ってきてらしたんですね?」

「とりあえず、色々って思ったからねー」


 フィーさん感謝です!

 これで粉達は勢揃いしましたよ!

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