(三)
赤ずくめが真紅の扇を高々と掲げる、屋島沿岸。
弓矢を持した巫女姿の人物が現れたのは、数刻の後だった。
源氏方の武士達がどよめく。
「え? 女なんていたっけ」
「巫女さん?」
巫女は、上半身は純白の小袖。緋色の袴を穿いている。頭部は白い頭巾で覆い、眼だけを表に出している。
その清らげな出で立ちと、敵の掲げる扇を射落とそうとする勇ましい行為の落差に、武士達は驚きと好奇の表情を浮かべていた。
「すげえ」
「美しい」
「頑張れ」
嘆息やら応援やらが飛び交う源氏側の武士達の塊を切り分けるように、巫女はしずしずと進んだ。
沖合では、平家の兵達がそれぞれの舟から身を乗り出すようにして状況を見守っている。
(この的当て。絶対に外すわけにはいかない)
岬は生唾を呑み込んだ。
(もし外したら、私も浩も、元の世界に戻れない。お父さんにもお母さんにも、友達にも会えなくなっちゃう)
巫女は、前方の海に浮かぶ小舟とその上に掲げられた真紅の扇を見据えると、岸辺に近い岩場へと、歩を進めた。
(少しでも、的の近くへ)
巫女は、足元が安定する平坦な場所で、足を止めた。
背に負っていた箙(えびら)から、切斑(きりふ)の矢を一本、取り出す。
巫女は、岩場から、武士達が居並ぶ岸辺へ上がった。
巫女が前へ進むと、武士達は後方に下がり、巫女の立ち場所を作った。
緋色の袴の膝から下がずぶ濡れだが、かまっている様子はない。
(少しだけ的から遠くなるけど、足元が安定しないより、ましだ)
巫女は首を縦に振ると、大きく息を吸い、吐いた。
再び矢を番え、真紅の扇を見据える。
(無茶苦茶に揺れてるが・・・・いちかばちか)
(お願い・・・・浩。できるだけ、扇の近くへ)
巫女は矢を放った。
矢が、命を得たごとく、勢いよく飛ぶ。
宙空をつんざき、赤ずくめの乗る小舟の方向へ向かってゆく。
(ナイス! さすが弓道部長! ちょうど扇の的のすぐ上)
矢が扇の手前の空間まで達した瞬間。
赤ずくめの小舟の近くの岩場に潜んでいた岬が、小石を投げた。
巫女に化けた浩の放った矢は、扇の僅か上空を掠める。それと同時に岬の投げた小石が、扇に命中した。
浩の矢は、勢いよく海中へ落下。そのまま波に呑まれる。
真紅の扇は陽の光を浴びて、しばらくひらひらと舞い、輝きながら海面へ落ち、波の上に漂った。
この場合、観衆の眼は巫女の矢と的である扇に釘付けになっている。
視界の中にない岩陰から放たれた小石は誰の眼にも入らず、巫女の放った矢が扇を射落としたように映った。
「オオー」
「見事」
「すげえ」
源氏方の武士も平家方の武士も立ち上がった。
ある者は拍手し、ある者は足を鳴らす。鎧を刀の鍔で叩く者もいれば、長刀の刃を脇差しの刃で叩く者もいる。
ざわめきはしばし続き、辺りはお祭りのように賑やかになった。
(良かった。皆俺の放った矢が当たったと思い込んでる)
称賛の嵐の中で、巫女に化けた浩はへたり込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます