第11話 忘却の令嬢

謎の変態青年に会ってからその日は散々だった。

邸に戻った時はもう既に制限されていた時刻はとうにすぎて、さらに私は時間ギリギリに戻ってくることはあっても遅れたことはこの最近なく、そのせいで継母とセイシアの虐めはその日はさらに酷くなった。

色々とあったせいで疲れ切った私に遅れた罰だと食事抜きの上にさらに風呂掃除も付けたのだ。

風呂掃除それは使用人達の中でも最も嫌われている仕事で、その浴槽は酷く大きくそのせいで洗うのにかなりの時間がかかる。

そんなものをさらに私は押し付けられたのだ。


だが、そんなことよりも一番私にとって痛かったのは今日でいつもの疲れが取ることと、次行くときに青年に会うかもしれないという悩みが出来たことだった。


決してあの青年が嫌いなわけではない。

確かに私は青年の脛を再度強打してしまったが、あの時の行動はただ感情のまま行動してしまっただけであることもわかっている。

青年には非はあるが、だがそれでも脛を強打するほどではなかったということも。


だから私は青年に一度ちゃんと謝らなければならないと分かっている。


「出来る訳、無いじゃん……」


だが分かっていたとしても今の私には青年に会う勇気はなかった。

決して青年が気に入らないわけではなく、むしろこっそりと青年には親近感も抱いしている。

さらにあの容姿は本当に綺麗で、一日中見ていたとしても飽きないだろう。


だからこそ、私は青年に会う決心がつかないでいた。


「はぁ………」


私は溜息をつきながら風呂場を掃除する。

使用人達はこの掃除にかなりの時間がかかるが、一番の古株の下女よりも長くこの家にいる私にはこの程度の掃除などすぐに終わらせられる。

そして私は残った時間で悠々と一番風呂に浸かって青年についてどうするか考え始めた。


だが、繰り返すようだが私、リースには異性との関係は殆どない。

あるといえばかなり年の入った父親のような人ぐらいだ。

そしてそんな私に青年に会いたくないという自分の心をどうすればいいかなんて分かるはずがなかった。


青年と会う、そのことを考えただけで私は酷く恥ずかしく感じてしまって、独りでに火照って来た頬を揉んで落ち着こうとする。

だが、だからと言ってあの森を通らないなんていう選択肢はない。

何故ならば隣村に行く時にはあの近道を通らないと酷く時間がかかる上、何よりもフェリルと会えないということが私には耐えられそうにない。


「うーん……」


そこまで考えて私は唸る。

考えと考えても全くどうすればいいか解決方法が頭に浮かばない。

だからと言ってこれは放っていい問題ではなくて私はまた今日の出来事を最初から思い出し、悶えながら解決方法を探って行く。


「くぅ………」


………そしてその十分後私はお風呂の中夢の世界へと旅立っていた。






◇◆◇







お風呂の中で寝ていた私だが、下女の1人が声をかけてくれたことで何とか継母達にバレることなく起きることが出来た。

その下女には今日隣村の買ったものからくすねてきた果実でスイーツを作ることを約束してそれをお礼とした。

……この世は賄賂で成り立っている。

そう、私は世知辛い世の中を考える知識人ぶってみたが、肝心の問題は一切解決していないというその状況は一切変わりない。


「遅い!早く夕飯の支度を!」


だがそのことについて考える暇は私に与えられることはなかった。

継母とエイシアが夕飯にたかりに来たのだ。

その2人の姿に私はだったら風呂掃除なんてさせるなよ、と思わないこともなかったが確かに自分も空腹であったので黙って調理を始めた。


もちろん!自分の食べる方を優先的にして!


途中待ちきれなくなった継母達が調理室に押し入ろうとする事件が起こりかけたが、私が邪魔されると遅くなるというと調理室に入ってくることはなくなった。ちょろい。

そして私は継母達を待たせながら悠々と美味しい夕食を味わい、その後にやっと継母達の分を作り始めた。

そして作り終えたあと、少し小腹が空いていたので丁度私の夕食分を食べ、それから継母達へと料理を渡した。

その時の私は満腹で酷く満足だったのだが、継母達はそうではなかった。


「……少し少ないんじゃない?」


「そうよ!少ないわよ!」


そう、私がこっそりと頂いた夕食分のつまみ食いを看過したのだ!

私はその洞察力の鋭さに思わず内心でいやしんぼうめ!と漏らしてしまったが表面上には全く出さず少し悲しげに囁いてみせた。


「……いえ、最近少しふくよかになられてきた気がして気を使ったつもりでしたの」


「っ!」


そしてその私の視線の先が自身のこの頃少し膨らんできた腹部であることに気づいた継母達に電撃が走った。


「そ、そう?まぁ、どういう意味かわからないけども貴女の思いを無下にするのも悪いし……」


「で、でででですわね!」


そう、表面上は穏やかに……いや、出来てないや。特にエイシアもう少し隠そうよ……

とにかくそういった継母達は大人しくなり、そして私はこっそりと唇に笑みを浮かべた。

実はこの頃ふくよかになった継母達の腹部、その理由は私だ。

時々嫌がらせをしてくる継母達に対して、せめてもの可愛い抵抗として、


美味しけどもすごく太る食材をふんだんに使った料理を出しているのだ!


その甲斐あって継母達の横幅はどんどんと大きく……恐らく一年後には更に大きくなるだろう。

クケケ!誰を敵に回したのか、後で思い知るといい!


………そしてそう満足げに考えていた私は気づいていなかった。

いつのまにか忘れてはならない大切なことが頭から抜け落ちていたことに……

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