第10話 反則な顔

少女、それも年下らしき人間の胸に抱かれて眠りに落ちる。

それは控えめに言っても情けなさすぎる話だった。

しかも初対面の少女に気を使われたということもその情けなさに磨きをかける。

目が覚めてから少しの間、俺は内心その羞恥に悶えることかできなかった。


だがそれでも少女の子守唄らしき歌を聴きながらの眠りは俺の中で救っていた酷い疲れを取り去っていた。


そしてそのことに気づいた時既に俺は目の前の少女に親しみを覚えるようになっていた。

少女は何者なのかさえも分からない謎だらけな人物で。

だが仮に貴族だったとしても今まで俺に今まで付きまとってきていた令嬢達とは違う、それだけは確かだと俺は悟った。


そしてそのとこを悟った時、俺は少女に対して親しみを感じ始めていた。

酷く、まるで人間じゃないような美しさを持って。

なのに何故か思考は全く読めないのに、何故か親しみやすい。

訳が分からなくて、だけど酷く優しくて、俺はそんな少女に今まで男性の部下に対しても抱いたことのない親愛の情を抱いていた。

そう、まるで姉妹がいたら抱いていたようなものと同種の。


だが、そう自分の心を理解しながらもそれでも俺は少女と素直に接することはできなかった。

おそらく彼女の視線を見る限り彼女も俺に対して決して悪い感情を抱いているわけではないだろう。

それどころか、友人のような親愛の情を抱いてくれているとわかる。

けれども素直に彼女に俺は礼を言うことが出来なくて……


「その貧相な胸を押し付けて、俺を誘惑しようとしていたのだろ………っ!」


ー しまった!


そして、言ってはならない言葉を口にしてしまった。

それは太々しいというか、図太い少女の唯一の逆鱗。

思いっきり脛を強打された時の記憶が蘇り、思わず顔の血が引くのがわかる。


だが、それ以上に俺の心では少女に嫌われたのではないかという恐怖が大きくなっていた。


折角、唯一この場所で得られた友人になれそうな人間。

それもただ自分が王子だと知らないだけだろうが、俺を1人の人間としてみてくれた唯一の少女。

その少女を自分の失言の所為で失う、そのことが何よりも怖くて、俺は恐る恐る彼女の顔を盗み見る。


「っーーー!」


ーーー そして真っ赤な顔をした少女と目があった。


「えっ?」


一瞬俺は目の前の少女が誰なのか、分からなくて思わず間抜けな声を漏らしてしまう。

もちろん少女は別に別人などでは無かったのだが、まさかそんな反応を返されると思っていなかった俺はパニックにと陥る。


「あの、ごめんなさい」


思わず口から謝罪の言葉が出てしまうほどに。

それくらい俺は少女のその反応を想像していなくて。


ーーー そして顔を真っ赤にした少女は酷く可憐だった。


真っ赤な顔に、潤んだ瞳。

それが目に入ってきて俺は改めて少女が人間離れした美貌を持っていることを知らされる。

そしてその所為なのか、急に胸が高鳴り初めて……


「この、変態スケベぇ!」


「あがっ!」


………次の瞬間そんな悲鳴にも似た声と共に俺の脳髄に鋭い痛みが走り抜けていった。






◇◆◇






ようやく痛みが和らいできて、俺が顔を上げた時既に少女はその場を走り去っていた。


「クルッ!」


代わりというように彼女の召喚獣が俺のことを嘲りの入った表情で見ていて。


「あぁぁぁ………」


そしてそのことを確認していて俺は気の抜けた声を上げた。

少女が去ってしまったのは酷く残念で、だけど今自分の顔は恐らく真っ赤に染まっているだろうから見られなくて良くて。

そんな様々な思考が浮かび、そしてねじりあって頭がぐちゃぐちゃになって行く。


「………いや、別に俺は何も」


言い訳のように俺はそう呟いてみせるが、それが嘘でしかないことぐらい自分だって分かっていた。

最初は本当に少女は決してそんな対象では無かった。

確かに特別な対象で、だからまるで友人のような存在になりたいと感じていたのは嘘ではない。

だがそれでもあの少女はどこか普通の人間と違う気がして、正直一切異性として見ていなかった。

異性とかじゃなくて、人間として特別な存在だと思っていたのだ。


だからこそ、あんな顔をするなんて俺は想像もしていなかった。


「あぁぁぁ!」


異性だと認識していなかったからこそ、だからこそあんな羞恥に赤くなった顔は不意打ちで、どうしようもなく頭から離れなくて、俺はもう脛の痛みは消えているのにも関わらず悶え転がる。


そしてその時にはもう分かっていた。

自分はもうあの少女をただの友人として見ることが出来なくなっていると。


ーーー つまり、あの少女に恋をしてしまったのだと。


「うわぁ……我ながら単純すぎるだろう……」


そう考えて俺は思わずそう漏らしてしまう。

それは誤魔化しようのない事実で、自分で言ったのにも関わらず胸に深く突き刺さる。


だが、それが仕方ないとそう思ってしまうほど少女の顔は可憐だった。


「あの顔は反則だろぉ!」


そして誰もいないはずの草原に俺の心の叫びが響き渡った……


「ク、クルッ!?」


そんな草原の中、唯一召喚獣が愕然とした表情でその言葉を聞いていたことに俺は気づくことはなかった………

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