第9話 強引な少女
そしてその少女の姿を認めてから、俺は毎日森の中へと向かうようになっていた。
毎日欠かすことなく。
だが、俺の思い通りにあの時の少女が森の中に現れることはなかった。
時々あの召喚獣を見ることはあっても召喚獣が1匹ポツンと木に止まっているだけだ。
あの少女の姿は何処にもなかった。
だがそれでも俺は諦めなかった。
どうしてもあの少女が、召喚獣に愛情を注いでいたあの少女の顔が未だ忘れることができなくて、もうこないのかもしれないそう思いながら俺はそれでも毎日森の中へと通った。
そしてそうやって探す日々を一週間以上続けたある日だった。
「………いた」
いないだろうとそう思いながら覗き込んだ草原で、俺はあの少女の姿を見つけた。
前と同じぐらいボロボロになった服と何かの荷物を抱えた状態で。
見つけた時の俺の喜びは俺を知っているものがいたら驚いて二度見する程大袈裟なものだろう。
だが俺はそんな反応を思わずとってしまうほどに本当にそれくらい嬉しかった。
それから少女は何故か執拗に足を狙うかなりえげつないやり方で魔獣を狩ったり、また突然何か思い出したのか暗い笑みを浮かべたり、前には見ていなかったかなり残念な行動をとっていた。
だがそれでも召喚獣と一緒に食事をとっていた時の慈愛に満ちた表情は前と変わることのない、愛情に満ちていた。
「そうだ!王子様に気に入って貰えば!」
そしてだからこそその少女が発したその言葉に俺は裏切られた気になった。
彼女は、彼女だけは母と同じで俺の周りにいる女とは違う存在だと思っていた。
そう、王子なんて肩書きなんて何も気にしないそんな人間だと。
「お前もか!」
だから俺はその言葉を聞いたその瞬間にその場を飛び出していた。
いきなり王子が飛び出してきた、そんなことがあればどれだけ少女が混乱するのか平時の俺なら気づくことができただろう。
だがその時の俺は冷静さを失っていて、理不尽に少女を責め立てた。
それは最低の行為だった。
こんな田舎の街にいる少女に俺の、王子の苦労など一切分かるはずがない。
しかし、彼女の服に貴族であることを示す紋章を見つけた時にはもう俺には一切冷静さは存在しなかった。
そしてそのまま、少女の身体の部分に対して言及して、少女を理不尽に罵ろうとして……
その次の瞬間俺は冷静さを取り戻すこととなった。
「私は着痩せするタイプですぅ!」
そんな言葉とともに振り落とされた棒によって与えられた脛の痛みによって強引に……
「あぁぁぁぁあ!」
そして冷静になっても痛みで俺はまともに話すことはできなかった。
ー それは無理があるだろう……
という言葉さえも告げることはできなかった……
◇◆◇
それから俺は痛みによる衝撃で何とか冷静さを取り戻すことができたが、しかしそれでも何故か俺はいつも通りに振舞うことが出来なくなっていた。
どうしようもなく何故か胸が痛くて、そのせいでさらに何故か思ってもないことを少女へと言ってしまって。
だが突然溢れ出した涙にようやく俺は悟った。
何故こんなに感情的になってしまったのか、そしてこんなにも少女を意識してしまうのか、それは簡単なことだった。
俺はとっくに昔から限界を迎えかけていたのだ。
それが王太子になった時か、それとももっと前の貴族の令嬢に押しかけられるようになった時なのか、
それとも母を亡くしたあの時からなのか。
それは俺にはもう分からない。
それくらいもう自分は磨り減っていた。
ただ自分が情けなかった。
行けると、亡くなってしまった母に誇れるようにと必死に生きてきたつもりだったのにこうも容易く折れてしまうのかと。
ただ身勝手に自分の希望を押し付け、そしてそれが違っただけで勝手に絶望するようなそんな安い男だったのかと。
だがどれだけやめようとしても少女を貶める言葉が、八つ当たりのようなその言葉が止まることはなくて。
なのにそんな俺を少女は抱きしめようとした。
少女の行動の意味が俺には分からなかった。
これだけ罵られて、そして拒絶されてなのに何をしようとしているのかと。
明らかに少女は俺に対する慈しみの感情を抱いていて、だからこそ俺は少女のなすがままになるのを避けようとした。
いや、違ったのかもしれない。
ただ俺は怖かったのだ。
また少女に心を許しそうになる自分がいることに気づいて。
そして気を許して、少女が自分に優しくしてくれたのはただの打算だとそう知ってしまったらもう立ち直れないような気がして。
本当に俺は弱くて、どうしようもなく情けなくて、だがそれでも少女は俺を離そうとはしなかった。
強引に俺の頭を胸に押しつけるように抱えようとした。
それは明らかに誘っている、そうとしか思えない態度なのに俺を抑え込む少女の顔には一切そんな考えなんてなくて。
「ーーー♬」
そして俺を抱きかかえて何か、酷く落ち着く歌を歌った少女にはただ善意だけで行動していた。
信じられないくらい暖かく、眠気を誘う少女の歌。
それに俺は何故かはわからない。
けれど俺は母を思い出して……
そしてあっさりと意識を手放した。
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