「黒い船」②
いかにもといった様相の店だ。雑貨とネオンとフィギュアを基調とした、和風サイバーパンクのような店に、佐藤は案内された。
「ここは私たちの溜まり場なんです。山本さんだったらこういうところが好きかなと思いまして。」
多分、及川の記事を読んだのだろう。やつなら好きなはずだ。
「すみません、こっち系はまた、別の記者が書いているんです。でも僕も好きですよ。こういう雰囲気。」
「あれって何人か記者がいるんですね。私、山本さんが全部書いてると思ってました。」
麻里が驚いた口調で話す。宮内、坂本、佐藤、佐々木麻里そして。後から誘われた原田でちゃぶ台を囲む。原田が最も宮内を崇拝しているとのことだ。高校生くらいにしか見えない。赤いモヒカンの店主がビールを運んできた。
「でも、なんで今回は松田先生を連れてこられたんですか? 普段はお一人で取材をしているように、みうけられますが。」
宮内の目が少し鋭くなった。
「失礼を承知で申し上げると、最初の企画は時代遅れの共産主義者の若者という企画だったんです。松田先生も労働者を描いた作品を書いてらっしゃいますが、実は共産主義はあまり好きではないみたいで。ただそれは撤回させていただきます。みなさんとお話をして、目からウロコと言いますか、新しい社会を作っていこうとする姿勢は素晴らしいものだと思います。先生もかなり刺激を受けたみたいですし。厳しい意見も書かれるとは思いますが、おおむね好印象だったようです。」
原田が顔を真っ赤にし、抗議しようとしたが宮内に止められる。
「正直に話していただいてありがとうございます。松田先生には、厳しく書いていただければと。私も今の組織が完璧などとは思っていませんし、まず我々の活動をありのままに知らせるということも大切だと思っております。また、おそらく山本さんが書かれた、デンマークの赤緑連合の記事、あれを読んでましたのでこの方は信頼できると思い、取材を受けましたのでご安心ください。」
webには所々左翼に共感するような記事を意図的に上げている。右翼向けのサイトも別で用意している。うまく引っかかってもらえたようだ。
さすが、宮内さん。と言い、麻里が尊敬の眼差しを送る。原田も腕を組み、ウンウンと頷いている。いつの時代も若者は時代に押しつぶされていると感じながら生きている。宮内はしっかりと彼らの心を導いているのだろう。
「とにかく、本当に感心しましたよ。職業柄、いろいろな世界の闇を見るもので、どうしてもネガティブな先入観を持ちがちなんです。皆さんのような若者が声をあげないと、どんどん搾取されて、生きづらい世の中になるような気がします。本来、マスコミが権力を監視する装置であるはずなのに、日本はどうもそれがなっていないような気がするよ。」
「今やマスコミも巨大な権力になってしまっていますからね。社会がどんどんおかしくなる前に我々で止めないといけない。未来は俺たちが作っていくべきだ。今の政府は富裕層のことしか考えていないよ」
原田が少し怒ったように話し、ビールをあおる。
「でも、今の活動だと理想の社会に行くためには時間がかかり過ぎないか? 」
「宮内さんには、計画があるから。」
麻里がそう言うと、原田が慌てて、酔っているみたいですね。と制止した。
宮内がさらに鋭い目で佐藤を見つめた。
「計画ってのは? よかったら聞かせてくれないか。記事にはしないから。」
佐藤はわざと敬語をやめた。
原田と坂本と麻里が、どうするという顔で宮内を見つめる。考えるようなそぶりを見せ、腕を組んだ。それを察したのか、赤モヒカンの店主が店を閉めに行った。客は我々しかいない。
「山本さんは、原発についてはどう思われますか? 」
「原発か、あれはバベルの塔みたいなものだな。人間が手を出していい領域ではないと思う。」
「共産主義者の前で、宗教で例えますか? 」
「すまん、ものの例えだ。原発は今すぐにでもやめたほうがいいと思う。だけど、ドローンを原発に飛ばすくらいじゃ何も変わらんだろう。」
宮内はまた、少し考え込むような仕草をしうつむいた。やがて顔を上げ、小声だがはっきりとした口調で話し始めた。
「我々は原発を占拠しようと思ってます。そこで我々の声明を発信したいと考えております。そこで山本さんにお願いがあります。同行して、記事にしていただけませんか? 」
佐藤は驚いたふりをした。信じられないという顔をしたまま。
「しかし、どうやって? 武器は? 訓練された人間はいるのか? 」
「我々は、しかるべき組織から援助と訓練を受けてます。残念ながらその組織を教えることはできませんが。」
「反原発の国からか? いやそれじゃ割に合わない。大丈夫なのか? 」
「我々と思想を共にする同志とだけ申し上げておきます。」
原発を推進しているロシアとは考えにくかった。FSBが大統領の意向に逆らうようなことはしないはずだ。北朝鮮かとも思ったが、彼らが主体思想に共鳴するとは思えない。中国も考えられない。
ハッとした。もしかして奴らか。日本で動き始めるというのだろうか?
「革命の尖兵として、我々は同志たちに思想を託したいと思ってます。原発を人質にして、我々の声明を流します。その後、逮捕されるでしょうが、これは闘争です。」
少し違和感を感じた。坂本はまだとして、原田と麻里の目はギラギラと燃えているのに対し、宮内は冷静だ。この男だけは違うところに落とし所を置いているのではないか。この男をもう一回洗う必要がある。
「すごいとしか言いようがないが、少し考えさせてくれないか。通報するようなことは絶対にしない。俺もジャーナリストの端くれだ。そんなスクープを逃す手はない。俺だって一旗あげたい。」
宮内の目に若干の侮蔑を感じた。これで佐藤は自信の出世欲を持ってコントロールできる男と判断されただろう。
「良いお返事をお待ちしておりますよ。山本さん」
坂本も、麻里も興奮した面持ちで一緒にやりましょうと佐藤に握手を求めた。この日本という国で革命の道を選んだ若者たち。まだこれからの若者たちに降りかかる残酷な現実と未来を想像した。
見送る彼らに別れを告げ、佐藤は店を出た。
おそらくこの瞬間から、組織にマークされているだろう。警察に駆け込む前にいつでも殺せるよう。彼らと別れ、外に出るとすっかり夏の様相は消え去り、肌寒い風が体に染みる。それが監視されている寒気なのかはわからなかった。
佐藤はサイロに電話をかけた。
「山本ですが、はい、家に大事なデータを忘れてしまって。はい北池袋の。ポストに鍵が入っているので。編集部にすぐ戻りたいので、すみませんが宜しくお願いします。」
これで、編集者山本の家ができるはずだ。
さて、これからどう編集部まで戻るかだ。
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