第九話 懐古終了

「楽しき我が家……か」

 八皇は当時を振り返るのを止めると周囲を見た。

 そこには美しい滝があった。飛沫が陽光を浴びて虹を映し出す。

 飛び降りた時はそこまで意識していなかったが、今ではよく訪れるお気に入りの場所だ。

 ――ガサッ。

 八皇の後ろから茂みをかき分ける音が聞こえる。

 姿を現したのはあの時の大狼だった。


≪どうした呼び出して≫

 大狼が不思議そうにこちらを見る。

≪ま、ちょっと報告でも聞こうかなって≫

 そう八皇は頭の中で返した。

 これはブレスレットを構成する鉱物の一つ『アクアマリン』の力――より正確に言うなら『アクアマリンに宿る精霊』の力と言うべきか。

 絆を司るこの精霊はあらゆる存在との意思疎通を可能にした。

 そこに言葉や種族の壁など存在しない。

 再び大狼に森の中で出くわしたときは死ぬかと思ったが、この力でどうにかなった。

 聞けばあれは単に遊んでいただけらしい。犬が構ってほしいから突っ込んでくるのと同じようなものだ。

 サイズ感が違うのでただの恐怖でしかなかったのだが……。


≪特にお前の心配するようなことはないぞ。例の猿たちも大人しくしている≫

 村を襲ったのはホワイトコングと呼ばれる魔獣の一種だ。普通は群れを成して行動するが、稀に群れに馴染めない者もいる。

 襲撃者はそんな猿だったようで、群れのリーダーには謝られた。

 彼らは果物や木の実しか食べない上に大人しい種族で、人のいる場所には滅多に近づかないのだそうだ。


≪そうか……ありがとうグルカ≫

 そう言ってふさふさの前足を撫でる。

≪瞳が赤黒かったのが気になる所だな≫

 満更でもないのか、されるままに任せる大狼。その尻尾は軽く揺れていた。

 本来彼ら大猿の瞳は茶色なのだ。それが何故か赤黒くなっていた。

 もしかするとそこに凶暴化した原因があるのかもしれない。

(結局は分からない、か)

 あれから調べてはみたのだが、瞳の色以外の手掛かりはなかった。

 八皇は再びグルカを見上げる。

≪そろそろ村に行くわ。カルセが待ってる≫

≪うむ、わかった。我は見回りを続けるとしよう≫

 八皇はブレスレットに手を添える。

 グルカはそれを見て頷くと森の中に帰っていった。

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