第八話 マイホーム

「これはどうしたらいい?」

 八皇は近くにいる幼女――カルセに声を掛けた。

「それはこうしたらいいよ」

 カルセはこちらを見るとそう返した。

 

 あの襲撃事件からもう一ヶ月が経つ。

 外壁や一部が崩れた家も綺麗に直され、村も日常に戻っていた。

 胸に大穴が空いたカルセの父親――カイトも無事に生き返り、死者もゼロで済んだ。


 この『ペリド村』は隣村と年に数回取引があるだけの閉鎖的な場所のようで、みな自給自足で生活しているようだ。

 初めは通じなかった言葉も一緒にいる内にどんどん理解できてきた。どうしてかは自分でも分からないが理解できてしまったのだ。

 それがこの世界特有の現象でないことはカルセからすでに聞いている。

 そして初めて自分が『担い手様』と呼ばれていることも知った。

 今は大分落ち着いているがそれでも尊敬の念というかそういうものが色々突き刺さってきてつらい。


「後はこれを掛ければ完成だな」

「そうだね……今日も帰っちゃうの?」

 カルセは笑顔から一転少し顔をうつむけると小さな声で言った。

「あぁ……そればかりはな」

 その姿に非常に心痛むものがあった八皇だったがそこは譲れない点だった。

 きちんと地球生活と異世界生活を両立させなければならない。泊まっていけば確実に仕事に遅れる。

 時間の経過はあちらとこちらで差はなかった。ただ一つ違うのは昼夜が逆転しているということ。

 つまり日常生活に支障なく活動できる時間帯はこちらでは夕方までだった。

 何故か最近は睡眠をあまりとらなくても身体がきつくならないのが不思議ではあったが、なるだけこちらの世界を見て回りたい八皇にとっては幸運だった。

 毎日森に帰る八皇を心配する声もあったが、そこは『担い手様』たる八皇自身の「やらなければならない事がある」という鶴の一声で収まってくれた。

(しかし、まさか自分がねぇ……)


 八皇はブレスレットに目を向ける。

 これに触れて願えばどこからでも向こうに帰ることが出来るのはこの一ヶ月で確認済みだ。

 慣れれば意外と楽しかったりする。一瞬で切り替わる視界、目の前に広がるのは地球の誰もが知らない世界。それは今まで体験してきたどんな出来事よりも刺激的だった。


(それに――)

 このブレスレットが持つ力はそれだけではない。

 精霊が宿っているようなのだ。それも複数体。

 鉱物一種に対しそれぞれ一種類ずついるようで、これにはカルセも驚いていた。

 基本的に精霊は人間に対して干渉はしないのだそうだ。

 ただし気に入った相手がいればその限りではない。その人間の願いを受けて精霊が動くことで様々な奇跡を起こせるようになる。

 

 そんな人物の事を『精霊の担い手』と呼ぶらしく、しかも複数体同時に気に入られるなど聞いたことがないという。

 それを知った時のカルセの崇拝度といったら凄かった。

「さすが八皇さまですね!」と言い、瞳を輝かせうっとりする。

 にやけそうになる自分をどうにか抑えて「ありがとう」と返したのは良い思い出だ。


「よし、完成」

 達筆な文字で『八皇』と書かれた木の板。

 手に持っていた表札を玄関にかける。

 ここは異世界における八皇の家だった。

 最初はこちらに来るたびにカルセ達の家にやっかいになっていたのだが、みんなの勧めもあってこうして自宅を持つことになったのだ。


 そうして気付けば木造の立派な平屋が完成していた。

 最初はもう少し小さなものだと思っていたのだが、どうやら張り切ってしまったらしい。一人で住むには大きすぎると思うのだが……。

「手伝いありがとなカルセ」

 八皇はカルセの美しく流れる青い髪を撫でる。

 小さい身体でよく働いてくれたと思う。

 力仕事はさすがに無理だったが、それ以外では結構頑張っていた。

「ううん、八皇さまのためだもん」

 そう言って屈託なく笑うカルセ。

 その姿はとても可愛かった。

「――その『さま』ってのどうにかならない?」

 その輝きに見惚れていた八皇だったが、ふと気付くと質問を投げかける。

「いいえ! 八皇さまは八皇さまですからっ」

 そう言ってぶんぶんと首を横に振る。

 その姿はとても一生懸命で気持ちはすごく伝わってくるのだが、いかんせん様付けだけは慣れない。

 毎回そう返ってくるのはわかりきっているのだが止めることは出来そうにない。

「まあ、いいけど」

 半ば諦めつつ我が家を見上げる。

 真新しいそれは大変過ごしやすそうだった。

 カルセも一緒になって見上げると

「これで八皇さまものびのびできますね!」

 そう瞳を輝かせ笑った。

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