第三話 始まりの日
その日も八皇は変わらぬ日常を消化していた。
「どうにもならないな」
仕事のストレスなのだろう。何かをしたいという気力すら湧いてこない。
乱れた髪やだるだるのスウェット姿からもやる気は感じられなかった。
昔は違った。将来に希望を持っていた。それがなくなったのはいつからだろうか。
昔ほど自由な時間は減り、代わりに仕事に追われる時間が増えた。仕事は生活費を稼ぐためだけにやっている。やりがいなんてなかった。
歳を経るごとに無駄に責任ばかりが重くなっていく。
俺が欲しいのは自由な時間だ。責任ではない。
旅がしたい。自分の知らない景色を見てみたい。
だけどそれもままならない。休みがないのだ。有給などあってないようなものだ。とれないものに意味はない。
「はぁ……」
ため息を吐き六畳一間で弁当をつつく。
一人暮らしになって長いが自炊もとうに諦めた。時間が掛かるくせに大して食費も浮かないのだ。
今はお金よりも自由な時間が欲しかった。
「もうすぐ大台か。吐きそう」
三十歳を目前にして夢も希望も薄れすぎて見えなくなる。
おまけに体調までおかしくなる始末。
(まあ、誰か良い人でもいれば違うのかもしれないが……)
こんな三十路男に良い相手が現れるはずもなく。
「これが人生なのかもな」
分かったようなことを呟きながら、濁った目を棚に向けた。
そこにはキラキラと輝くブレスレットが鎮座している。数珠のような作りのそれはパワーストーンを組み合わせたブレスレットだった。
先日なんとなく入ったショップで新人ちゃんに作ってもらったものだが結構気に入っている。
「初めて作るんです!」とかわいい笑顔で言うものだから、ついつい連絡先を訊いてしまったのも今では良い思い出だ。
もちろん新人ちゃんの笑顔が凍り付いたのは言うまでもないが――。
そんないわくを付けてしまった代物だが、ブレスレットを彩る鉱物達の輝きは美しい。
「綺麗だなぁ」
瞳に少しだけ輝きを取り戻した八皇は弁当を食べ終えるとブレスレットを左手に着ける。
自分が少しだけ特別になったような感覚。
パワーストーンとは身につけるだけで意識を変えてくれるのかと驚く。
「初めてだったけど良い買い物したなぁ」
ブレスレットを右手で撫でながらぼんやり思う。
『――』
その瞬間、誰かの声を聞いた。
「えっ?」
小さくて聞き取れなかったが確かにそれは声だった。
――ヒィィィィィンッ。
次の瞬間、甲高い音が部屋に響き渡る。
「何だ?!」
焦る八皇はブレスレットから溢れ出す光に包まれていく。
(あれ? 眩しくない……それに何か温かい)
不思議な安心感に包まれながら意識が徐々に薄れていく。
光が消えるとそこに八皇の姿はなかった。
後には食べ終えたコンビニ弁当だけが寂しく佇んでいた。
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