支配者 3

 砕かれたゴーレムの外殻、その中にあるコアの、球体の中にいたのは、一人の少年だった。黒い髪をしたその少年は、膝を抱えて眠ったまま球体の中で揺れていた。

「ケン」

 その少年の名前を真っ先に呼んだのは、ナギだった。その姿はアースの中にいたころにその記憶から探ってみたことがある。まだ暁の星に差別法制が敷かれていた頃にアースが出会った少年。それがケンだった。今のケンの姿は、その頃のままだった。

「なぜ、少年の姿に?」

 カリーヌが、ナギの横に出てくる。

 ナギは、首を横に振った。分からない。そして、ケンがこのゴーレムの中にいる意味も分からなかった。人間をコアにすることによって、何が違ってくるのだろう。

「おそらく、少年の姿でないとコアに入りきらなかったんだろう」

 輝に支えられて、アースが立ち上がる。彼は疲れ切っていた。それだけ、ラヴロフは強かったのだ。

「大人を少年の姿にするのは、彼らにとっては朝飯前ってことか。クロードがそうであったように」

 ソラートも、前に出てきていた。目の前にあるコアは宙に浮かんでいて、どこからも攻撃してくる気配がなかった。ただふわふわと浮かんでいるだけだった。

 輝は、メリッサとともにアースを支えると、宙に浮いているコアを見た。これをどうしろというのだろう。どのみち倒さなければならないのだろうが、状況を考えるとこちらが不利だ。

「コアを攻撃するとケンさんが傷つく。だからと言ってコアを攻撃しないと無限にも近い光線の攻撃にさらされることになる」

 どうしようもない。だが、考えている暇はない。

「まずは、コアを守っているキューブを壊してから考えよう」

 輝は、そう言うとそこにいたみんなに号令を出した。まず、遠距離攻撃できる朝美とカリム、そしてアイラの三人がキューブに向かって矢を射る。アイラはナイフを投げる。

「当たってくれよ」

 カリムが弓を弾き絞りながら狙いを定める。

「何もなければいいけど」

 不安を口にしながら、朝美も弓を引き絞る。そして、二人の弓が放たれると同時に、アイラもナイフを投げた。するとそれは見事にキューブに当たって弾かれた。その瞬間、コアにいたケンが頭を抱えて何かを叫んだ。同時に赤いビームが放たれて、何人かがそれに当たってしまった。

「シリウス!」

 セインが、ビームを浴びて足をやられたシリウスに駆け寄った。しかし、その傷はだんだん癒えてきて、数秒後にはシリウスはしっかりと地面に立っていた。

「大丈夫みたいだ。あいつ、戦いは無理でも治癒はできるみたいだな。ナタリーも健在だしな」

 見ると、輝に支えられたアースの横に、メリッサとナタリーがいた。

「メリッサとナタリーがアースを癒す、その代わりにアースが彼女らをビームから守る。そういうことだろう」

 メティスが、少し焦りながら解説をした。

「アース、早く治ってくれよ」

 他の場所では、武器が効かないうえ、近づきようもないケンへの対処方法で皆戸惑っていた。町子の矛やアーサーの剣でも同じようなことをしたが、ビームが返ってくる上に傷一つ付けられない事実は変わらなかった。

「これじゃあ、何のための伝説の武器なのか、分からないよ」

 町子が弱音を吐いている。自分の力が通じないとわかってしまった時、彼女はこのような弱さを皆の前に出すことがあった。特に武器を得てからはそれが顕著で、その武器を得た嬉しさから他人の気持ちを推し量ることができなくなっていたこともあった。

 皆が不安を口にする。そんな中、アースはキューブの攻略法を一人探っていた。真剣なまなざしでケンのいるコアを見るアースの思考を、旧友であるメティスとシリウスが読み取っていた。

「キューブの攻略法はアースに任せたほうがよさそうだな」

 攻撃すると必ず光線が飛んでくる。それを避けながらシリウスがメティスに視線を送った。メティスはそれを受け止めた。

「我々にできることは少ない。何かヒントがあればいいのだが」

 そんな中、そこら中に飛び散る光線を避けながら誰かがこう言った。

「ケンを何とか説得できないだろうか」

 それは、皆がそう思っていて言わなかったことだ。ナギやアースなら説得できるだろうか? それとも、他に誰かいるだろうか。

 誰もが、期待のまなざしを込めてナギを見た。ケンの妻であるナギであれば、説得は可能かもしれない。しかし、彼女はそれを拒否した。

「私は、ケンといた時間が短すぎる。説得できるだけの材料を持っていないんだよ」

 次に、皆はアースを見た。ケンといた時間が長いという意味では、アースが一番だったからだ。だが、彼も拒否をした。

「俺はケンには強すぎるんだ。説得するのなら、違う人間のほうがいい」

 光は、強すぎると目を潰してしまう。アースはケンにとっては太陽だった。その光を直視すれば失明してしまうほどに憧れが強かった。

 しかし、アースもナギもダメだとなれば、誰がその役を受ければいいのだろう。皆がざわめいていると、町子が手を挙げた。

「私がやります」

 皆が、町子のほうを見てびっくりした。少し自信のない手の挙げ方だったが、町子の瞳にはやってみたいという意思が見て取れた。

「でも、自信がないので、アニラさんを呼んできてください。彼女の能力があれば私でもケンさんの説得に成功するかもしれないから。今の私なら、ケンさんの気持ちがよく分かる、そういう気がするんです」

 その言葉を聞いて、メティスとナリアはホッとしたような顔をした。

「私が連れてきましょう」

 ナリアは、そう言って一瞬にしてその場から消えた。数分後にはアニラを連れてまたこの場所に現れた。

「話は伺いました。私がお役に立てることがあるのなら、存分にお使いください」

 アニラは、そう言ってにこりと笑った。

 町子とアニラは、ナリアとメティスの援護を受けて、ケンのいるコアの真下についた。そして、町子は声の良く響くこのガラスのドームの中で、皆の見守る中、静かに話しかけた。

「私には、大きな武器があります。大切な友人が作ってくれた武器です」

 すると、ケンの瞼がピクリと動き、一回だけ、ビームが放たれた。何人かが傷を負ったが、アースが常に監視しているためすぐに癒えていった。

 町子は、負けずに気を取り直して、話を続けた。

「ケンさん、私はこの武器を手にして、正直嬉しくって舞い上がっていました。舞い上がった末に空港で輝の心を傷つけてしまった。矛が使いたくてしょうがなくって、伯父さんが止めてくれたのに使ってしまった。いい武器を手にしたからって心まで強くなったわけじゃなかったんです。だけど、そんな愚かな私を輝は許してくれていた。いま、ここに手にしている矛は私とクチャナさんの友情の証。決して軽々しく振るっていいものではなかったんです。のちに、伯父さんは輝にムラサメを作りました。それは、輝がムラサメを軽んじることがない、それを知っていたからだと思うんです」

 そこまで言って、町子は一回、深呼吸をした。ケンは動かなかった。ドームの中は静寂に包まれ、すこしの音も目立って聞こえる状態だった。

「ケンさん、あなたがナギ先生と婚約したとき、おそらくは、こんな自分がナギ先生のような素敵な女性に釣り合うのか、と思ったことでしょう。でもあなたは努力を怠らない人だから、どうにかしてナギ先生のメンツをつぶさないようにしていたんだと思います。周りにその努力を見せないようにしていたのは、そのせいだったんだって、今の私には分かります。だから、おそらくナギ先生や伯父さんが何を言っても、彼らへのあこがれが強いあなたには通じなかった。ナギ先生や伯父さんみたいな立派な人とは住む世界が違いすぎる。あまりにも平凡で、あまりにも普通で、何のとりえもない自分がって。でも、私思うんです。ケンさんの魅力はそんなところにあるんじゃないって。人を純粋に慕うことができて、その人に対してまっすぐで。そして何より、そういう人たちに認められたくて頑張ってしまう努力の人。だからあなたはみんなに好かれるんです。等身大だから、皆と同じだから。あなたを見ていると、自分が応援してもらっているようで、嬉しくて楽しくなる」

 コアの中のケンは沈黙していた。ビームも打ってこなければ瓦解もしない。なんの動きもなかった。そこで、アニラがケンのいるコアに手をかざした。

「ケンさん、あなたの気持ちを聞かせてください。あなたの意見を聞かせてください。町子さんが言ったことが、果たしてあなたに届いているのか、届いていないのか。それを私たちに示してください」

 そう言って、アニラは両手を合わせた。そして、アニラは何かを話しだした。はじめはぼそぼそとつぶやく声だったが、次第にそれはしっかりとした言葉に変わっていった。

「アース・フェマルコート先生、ナギ・フジ先生、それに、森高町子さん。心配をおかけしました。私はもう大丈夫。町子さんの説得のおかげで目を覚ますことができました。でも、ここから出る方法が分かりません。そして、私がこの少年の姿になってしまったことも、どうすれば元に戻せるのかも分からないのです。どうか、私を助けてください。ビームが出ることはもうないでしょう。あれは私の精神に感応して発せられるものです。私が止めているうちに、どうか」

 アニラは、そこで言葉を止めた。アニラは憑依体質だったのだ。

 その言葉を聞いて、ゴーレムを囲っている皆は騒然とした。

「輝」

 自分を支えている輝の肩を、アースが放した。

「ここで仕損じたら皆の命はない。この空間も限界だ。分かるな?」

 その言葉に、輝は頷いた。この場所は先ほどの戦いで起きた、炎と氷や衝撃のせいで、かなりのダメージを受けていた。そこかしこにひび割れができている。

 輝は、アースの言葉を受けて、ごくりと唾をのんだ。ムラサメを握る手に汗がにじむ。

「同時攻撃を仕掛けます。いざというときのために、皆さんは防御の態勢をとっていてください」

 輝がそう言うと、町子とアーサーは武器を構えた。そして、輝が刀を構えて声を上げて走り出すと、皆一斉に走り出した。すると、輝とアーサーの武器は見事に同時に当たったのに、町子だけが一瞬、遅れてしまった。

 するとゴーレムから鋭い警告音が鳴り響き、部屋を震わせた。その音はその部屋の床やガラスの壁に大きなひびを入れていった。部屋が傾き、軋んで今にも落ちそうなくらいに安定を失っている。

「これは、もう一度食らえば俺たち」

 佳樹が、不安を口にした。町子は自分の失敗に焦っていた。もう一度あの音波を食らえばこの部屋は壊れて、高い空の上に皆が放り出されてしまう。

「やっぱり私、ダメなの?」

 町子の声が震えた。涙が床に滴り落ちる。そんなとき、皆の中からクチャナが出てきて、町子の肩に手を置いた。

「呼吸を意識してみるといい。お前は私の友だ。私は友を信じている」

 それでも町子の涙が止まらないので、今度はクチャナを押しのけて実花が町子の前に出てきた。実花は、町子の青い瞳をじっと見ると、突然、平手で町子を殴った。

 町子も皆も、驚いてその場に立ち尽くした。

 実花は、息を一つ吸って、そしてゆっくりと吐いた。

「町子さんがどうあろうと、そんなことは今の皆には関係ないんです。やらなきゃどのみち皆心中ですよ。どうするんですか?」

 そんな実花のセリフに、アースが一言、付け加えた。

「できないとか、できるとか、そんなレベルの話じゃないんだ、町子」

 すると、町子は、泣きながら皆を見渡した。皆、不安な顔で町子を見ている。

「伯父さんの言う方法で、本当にケンさんを助けられるの?」

 町子は、自分の心の中にある不安を吐露した。

「それが、攻撃を遅らせた理由か」

 アースは、そう言うと輝を見た。その視線を返して、輝は町子の手を握りしめた。

「自分も、仲間や家族も信じられないのなら。町子、君にその矛を持つ資格はない。クチャナさんに返すべきだ」

「そうだよね。本当ならこれ、クチャナさんが使ったほうがいいもの」

 町子は完全に自信を失ってしまっていた。だが、輝はそんな町子に救いの手を差し伸べようとしていた。

「本当に、それでいいのか? それは町子を信じてくれたクチャナさんへの裏切りにはならないのか?」

 そう言って、輝は少し焦った顔でコアを見た。少しずつ、力を充填していっているのが分かる。光線を押さえているケンの顔が歪んでいるからだ。

「町子、やるしかない。今の君をどうにかするのはあとでいい。今は自分を、そして俺たちを信じてくれ」

 輝のその言葉に、町子は頷いた。涙を拭いて、クチャナや伯父を見ると、真剣なまなざしが帰ってきた。そして二回目、今度失敗したら皆死んでしまう。その二回目の攻撃がやってきた。アーサーは剣を、輝は刀を、そして町子は矛を構えた。

 そして、皆、一斉にキューブに向かって走り出した。町子は、その中で自然と輝やアーサーの呼吸を感じ、そのリズムに合わせて武器を振り下ろしていた。

 しかし、不安定な町子の心理状態でうまくいくはずはなく、一瞬ずれたタイミングでゴーレムに当てたすべての武器は弾かれ、ひどい音があたりに放たれた。

 それは、耳を、鼓膜をつんざくほどの音で、そこにいた全員が耳に手を当ててそれを防いだ。傾いて日々の入った部屋は崩れ、全ての人間がそこから放り出されてしまった。

 瓦礫とともに高い空の上に放り出されてしまった人間になすすべはなく、そのまま落下していくしかなかった。

「ここで終わりなの?」

 自分たちと同じように落ちていくゴーレムを見て、美沙が呟いた。見ると、ゴーレムは外殻を再生させようとしているではないか。

「美沙!」

 一緒に落ちていた佳樹が、美沙を呼ぶ、いち早く彼女のもとへ行こうと手を伸ばすが、距離は縮まらない。しかも、ゴーレムが二人の間に入り込んでどうしようもなかった。

 せめて、二人手を繋いで死を。

 そう思っていたのに。

 二人が覚悟を決め、近づいてくる海面に目を閉じたとき、何かが変わった。

 皆が己の行く末を覚悟して目を閉じた瞬間、全ての人間がどこかの島に行きついていたのだ。それは明るく、広い砂場のある無人島で、目を覚ました人間の前には三人の人間が立っていた。

 メティスとナリア、そして、アースだった。

 皆が目を覚まして立ち上がると、その三人と対峙するように完全体を取り戻して宙に浮いているゴーレムの姿があった。

「ラヴロフは消滅したのに、どうしてゴーレムだけが?」

 輝がグラグラする頭をどうにかしようと試み、よろよろと立ち上がった。ゴーレムのそばにいるナリアが歯を食いしばる。

「どうやら、ラヴロフはすでに、わたくしたち惑星のシリンの力を、ゴーレムに吸い取らせるようプログラムしていったようです」

 見ると、ナリアの息が上がっている。メティスも同様だった。

「シリン封じの力だ。アース以外のシリンは気を付けたほうがいい。もうこれは、私たちだけの力で破壊できない」

 メティスの言葉に、そこにいる全員から絶望の声が上がった。

「そんな! アースはもう満身創痍だし、どうしたらいいんだ!」

 アーサーが声を上げた。だがそのアーサーのほうに掌を向け、アースは笑った。

「心配するな。メリッサとナタリーが頑張ってくれた。外殻は輝や町子、それにアーサーでどうにかなるはずだ」

 その言葉には、輝が反論した。

「でも、そんなことをしていたら俺たちの体力が持ちません。それに、俺は見たんです。コアの中にいるケンさんは、首を鎖につながれていました。そこから生気を抜かれているとしたら、ゴーレムが再生するごとに彼は小さくなっていってしまう。急がないと」

「そこまで見えていたなら、上等だ」

 アースはそう言って、周りにいる皆を見た。

「もう惑星のシリンを頼るべきではない。分かるな」

 そこにいた皆が、今までの会話を聞いて、深く頷いた。皆は立ち上がると、それぞれの得物を持ってゴーレムと対峙した。

「輝、私たちが君たちをフォローする。今は存分に戦いなさい」

 セインが、そう言って笑った。ゴーレムはまだ何もしてこない。しかし、誰かが何か仕掛けると、必ず報復は来るだろう。

「なるべく、輝たちの負担を減らして、もう一度キューブを取り出す!」

 そう言って、シリウスが拳銃を構えた。

 するとその時だった。

 ゴーレムの外殻が鋭い光線を輝たちのもとに浴びせてきたのだ。

「武器を構えただけでこれかよ」

 シリウスが舌打ちをしてその光線を避けた。

 その横で、シリウスの位置まで下がってきたアースが、手に何かを持ってシリウスに何かを囁いた。そのアースの得物を見て、天佑が目を丸くした。

「旦那、いつ棍なんてお作りになったんです?」

 すると、シリウスとの密談を終えたアースが、天佑に笑いかけた。

「少し前にな。必要になるとは思っていたんだ」

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