第24話 支配者
二十四、支配者
アントニオの作戦に反対する者は、誰もいなかった。他の案が浮かばなかったというのもあるが、それが最善策だと誰もが思っていたからだ。
作戦行動が始まると、まず、ナリアと天使たちが甲板に出て待機していた。アントニオの船がバリアぎりぎりまで近づくと、まず、その五人が通れるほどの穴をバリアに空けなければならなかった。
その役目は、メティスが請け負った。
「我々が因果律の中にあっても、およそ破壊できないものはない」
メティスはそう言って、バリアに手をかざした。目に見えないバリアはそこで初めて姿を現した。メティスの手の先すぐに、青い甲羅のような模様が浮かび上がったからだ。
それは次第に融解していき、五人ギリギリが通れるほどの穴が開くと、すぐさま天使たちは姿を変え、ナリアは自分の持っているトネリコの杖に乗り、宙を翔けた。
「私にも、ナリアさんたちみたいな力があればな」
町子は、悔しそうにつぶやいて自分の持っている武器を見た。彼女の蛇矛は空間を切り裂く力を持つ。しかし、硬い装甲の要塞の壁に穴をあけるには不十分だった。
天使たちは要塞の下層に近づくにつれて大きくなっていった。ナリアはその姿に目が眩んでいる人工シリンたちの間を縫ってバリアのスイッチに近づいていった。
そこで、船へとナリアの通信が入った。
「バリアのスイッチを破壊します。援護を!」
天使たちがナリアとともにバリアのスイッチのある区画へ忍び込んでいった。しかしそこには大量の敵人工シリンが待ち受けていた。
ナリアは、瞬時に炎を起こして自分の周りを囲んだ。そして、近づいてくるものを高熱で焼いてはバリアのスイッチを目指していた。しかしいかんせん敵が多すぎる。
ナリアの通信を受けて、遠隔からアースが人工シリンたちの殲滅を図った。ナリアの行き先を防ぐ人工シリンたちが次々と蒸発していく。そして、彼女がバリアのスイッチにたどり着くころには、全ての敵がその場から姿を消していた。
バリアのスイッチが押されると、アントニオは船を高速で近づけていった。天使たちやナリアを回収すると、息つく間もなく砲弾を要塞に打ち込んで、船を横付けする。後は先ほどと同じく、朝美やカリムの援護を受けてミシェル先生やカリーヌたちが先導し、突入するだけだ。
今回の作戦は、チームを組むのではなく、各々がバラバラに戦う形をとった。アースが地図を作りながら参戦することに変わりはない。それと、今回は、アースとともに輝と、ティーナを連れたシリウスが一緒に行動することになった。
突入するメンバーは自然に決まっていった。天使と悪魔は固まっていったし、町子はクチャナと、セインはアーサーや妻のアイラと。今回はメリッサとその姉であるナタリーとメルヴィンも加わっていた。彼らは戦えないが、その場でけが人を癒す能力を持っている。貴重な存在だった。しかし彼らのもとには必ずドロシーやワマンなどの渡航可能な人間が付いていた。メティスとナリアはバラバラに行動した。
要塞内の敵は、ヴァルトルートの要塞の敵よりもはるかに強かった。皆、苦戦を強いられる中、アースが難しい顔をして立ち止まった。
「因果律の外に、一人、何かがいる」
輝とシリウスはその言葉に驚愕した。そんなはずはない。自然に生み出されない限り、因果律の外にいるシリンはその惑星に一人だけだ。
「何言ってんだよアース、それが不可能なことを一番知っているのはお前だろ」
シリウスが震えている。アースがこんなところで嘘をつくことができる人間でないことも、知っているからだ。
「ラヴロフ、あの男ならやりかねないってことか」
輝が、目の前の敵をなぎ倒しながら、アースの言葉に捕捉を入れた。おそらく、アースはそのシリンを自分で倒すつもりでいるのだろう。
「おじさん、俺たちも手伝いますからね。一人だけで戦おうなんて考えないでくださいよ」 シリウスが何発もの銃弾を撃っている。ティーナはそれをフォローしながら、アースの背中を見た。何かを覚悟している、そんな背中だ。
「輝」
アースは、このあたりの敵が片付くと、輝に向かって少し笑った。
「ありがとう」
そう言って、すぐに前を向いて走り出した。
しばらく行くと、目の前に必死で戦っている瞳となつ、それに朝美に出会った。朝美は腕に軽いけがをしていたが、アースが来ることでそれもきれいに治癒していった。
「みんな、無理しないでね!」
ティーナが三人を励ますと、瞳から返事が返ってきた。
「もう、大事なものを二度と失いたくありませんから」
そう言って笑う瞳の横をかすめて、迫り来る敵を倒しながら輝たちは前に進んでいった。次第に上階へと上がっていくと、そこには敵の一人もいなかった。最上階にまでたどり着くと、下層で戦っていたほとんどの人間が集まっていた。
最上階はドームのようになっていて、空の上を見渡せるほど透明なガラスが張ってあった。強化ガラスだろうが、皆は少し不安になった。
「何もいない」
佳樹が、呟いた。手には爆弾の入ったいがぐりが握られている。何かがある。この爆弾を投げてみれば刺激されて出てくるのではないか。そう思ったが、メティスに止められた。
「何者かの気配がする。油断するな」
そう言われ、佳樹は一歩、下がった。
「ラヴロフ」
この中で最も冷静なのは、アースとナリア、そしてメティスだった。アースがラヴロフの名前を呼ぶと、部屋の中の空間が歪み、巨大な天井すれすれの大きさをした、恐ろしく大きなゴーレムが一体と、一人の研究者が姿を現した。
「さすがは地球のシリン。このステルスが通用しませんでしたか」
そう言って、ゆっくりと拍手をする。ラヴロフはそのままゴーレムを置いてこちらに寄ってきた。三人の惑星のシリン以外は一歩、下がることになった。
「もう一つの地球、ナリア、暁の星、メティス、そしてこの星、アース」
三人の正面で歩みを止めると、ラヴロフはにやりと笑った。
「私はついに自分自身の研究を完成させた。ゴーレム、そして、因果律の外にいるシリン! 見たまえ、この美しい肢体を! このゴーレムを君たちは倒せるかな? 私の最高傑作の攻撃を前に、露と消えるかね?」
すると、メティスがラヴロフ自身を見て、皆が思っているよりも冷静に、こう言った。
「ラヴロフ、あなたはついに自分の体を実験台にしたか。それで地球のシリンを超えられるとでも?」
メティスの言葉で、そこにいた全員がその意味を理解した。
「もしかして、因果律の外にいるシリンって、ラヴロフ?」
カリーヌが声を震わせた。皆が戦慄する。その直後だった。
激しい炎が部屋を覆い、そして、皆のもとに向かってきた。
しかしその炎は瞬時にかき消され、ナリアが歯を食いしばって何かに耐えていた。
「なんということを! 因果律に干渉するなど!」
ナリアは、因果律に干渉して常に炎を絶やさずにいるよう仕向けたラヴロフの力を抑え込んでいた。ここにいるメンバーを全て酸欠で殺そうという構えだった。ナリアが酸素を作り出しながら必死にそれを止めていると、ラヴロフは次にメティスのほうへやってきた。
「私に足りないもの、あなたにあって私にないものを譲ってもらおう!」
そして、ナイフを持ってメティスに向かっていった。しかし、アースがその手を止めた。ひどく強い力で腕をねじられたためにナイフを取り落としたラヴロフは、うめき声を上げながらも笑っていた。
「すべて、凍ってしまえ!」
ラヴロフはそう言うと、今度は部屋中を凍らせにかかった。部屋の半分は炎を出しているため、彼は残りの半分を氷で埋めようとしていたのだ。しかし、それはメティスが止めた。
「道から外れるなど、それでは因果律の外にいる資格はない!」
メティスはそう言うと、少しきつそうにその場に膝をついた。ラヴロフは笑いが止まらなかった。実に二人の惑星のシリンの動きを簡単に封じることができた。因果律を操るということは、どれだけ愉快なことなのだろう。
しかし、その笑いは長くは続かなかった。いや、続けなかったといったほうがいい。彼は笑いを止めてアースを見た。
「ようやく、あなたと対等に戦える時が来た」
ラヴロフは、そう言うと、ゴーレムのいる位置まで下がっていった。
そして、アースに向かって拳を突き出した。
「私は因果律の王。所詮因果律を使わずに戦うあなたに私は倒せない!」
それは、真実だった。しかし、そこにいた全員の意見は違っていた。
「ラヴロフは肉体的戦闘能力においてアースに酷く劣る。たとえ因果律を操って、常に勝利を自分のほうへもっていったとしても、それをぶち壊すだけの力が彼にはある」
皆を安心させたいのか、ソラートが意見をした。どちらが真実なのかは分からない。どちらが勝利するのかもわからない。ただ、ここにいる皆はナリアとメティスに守られて、ただアースとラヴロフの戦いを見守ることしかできなかった。
そして、戦いは始まった。
ラヴロフが素早く床を蹴る。その拳を大きく振り上げて、アースのほうへ跳んだ。
その拳を、アースは軽く避けた。もう一つ、左手が出てきたので、それは受け止めた。
「ふ、ではまず小手調べと行くか」
ラヴロフは不敵な笑みを浮かべていた。アースの瞳にはまだ光が宿っていた。
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