第23話 理想と現実

二十三、理想と現実




 それは、海水浴から二か月たった九月の半ばのことだった。

 突然、見たこともない大きな飛空戦艦が屋敷の前に横付けされた。そこにはアントニオの戦艦があったはずだが、いつの間にかなくなっていて、代わりにかなりシャープなデザインの、サメのような戦艦にとって代わっていた。

 輝たちがびっくりする間もなく、その戦艦に全員が乗るように言われた。指示を出したのはマルスとカリーヌの、管理人コンビで、屋敷にいるすべての人間と食料、資材を全て詰め込んでいった。

「また突然なんですね」

 輝は、戦艦に乗り込むとき、マルスに尋ねた。すると、マルスは肩をすくめて笑った。

「すべての人間を突然乗せたのには訳があるんだ。ここを事実上空っぽにしておかないと、誰が人質に取られるか分からない。作戦実行のためにはすべてを徹底しないとね」

「この戦艦以外にターゲットを作ってはいけないということですか」

「ああ」

 マルスは、そう言って輝に続くほかの人間を艦内に案内し始めた。全員が乗り込むと、戦艦はその重たい胴体を宙に浮かせた。どんな動力を使ったのかは分からないが、非常に静かな音しか立てず、それでも素早く上空に上がっていった。

「マチコ、見て! 飛行機なんかよりずっと早いよ! これどこに行くんだろう?」

 テンがデッキではしゃいでいる。町子はそんなテンのそばに寄っていくと、彼女の頭をさすってやった。

「おそらくは二つ、飛空要塞があるでしょうね。ラヴロフの要塞とヴァルトルートの要塞。ゴーレムもウヨウヨいる。私たちの力が通じるといいんだけど」

 町子は少し不安だった。アースのやることに異論はない。だが、アースが町子や輝たちを信じているようには、自分のことを信じることができなかった。

 数時間後、戦艦が飛空要塞に着く直前、作戦の説明があった。それは簡単な説明だった。

 戦闘可能なすべての人間が飛空要塞に突入し、全ての人間がアースの指示通りに動く。非戦闘員は、アントニオとともに戦艦で待機する。輝、町子、アーサーの三人は常に別行動をとる。ゴーレムが現れた時の対策だ。

 非戦闘員は戦艦の中でやれることをやる。夢を紡ぐ者、病気やけがを治せる者、何日にわたるか分からない戦闘に際して食事や休む場所を作る者。様々な役割があった。

 今回の戦闘にはアースやメティス、ナリアが積極的に加わることになった。この三人がいてまず負けることはない。そう言う算段も立てることがあったが、メティスやナリアにアースほどの戦闘力は備わっていない。二人とも、あまり期待はしないでくれと言っていた。

 しばらくして、飛空戦艦が太平洋沖のかなり赤道に近い場所に着くと、本当に何もない海上に、遠く二つの飛空要塞が現れた。

「どっちがどっちなのか、まだ分からないのか? それとも、アースはもう分っているのか?」

 胸の高鳴りが止まらない。アーサーがエクスカリバーを抱えて呟いた。そのセリフを拾ったイクシリアが、アーサーの隣にある椅子に腰かけた。

「どちらでもやるべきことは同じはずよ、アーサー」

「時の砂は、どうなっている?」

 アーサーの問いに、イクシリアは首をかしげて笑った。

「真っ赤っかよ」

 別の場所では、瑞希と芳江がお茶を飲みながら話し合っていた。なぜかこの二人の会話に緊張感はない。

「途中で櫻井さんと平沢さんも拾ってきて、戦闘要員は増えたのよね。この戦艦も新造戦艦みたいだし、惑星のシリンは三人もいるし。ずいぶんと戦力は増したはずなのに、なぜか余裕で勝てる気がしないのよねえ」

 芳江がお茶をすすると、瑞希がお菓子と一緒にお代わりを持ってきた。

「うちの子、大丈夫かしら。戦闘要員の中に加わるとか言っていたけど」

「実花ちゃんが? どうして?」

「それが、大丈夫だから見ていてってそれだけで。あの子、親にも内緒の何かの武器でも持っているのかしら。輝君ならともかく、あの子何もしていないのよ」

「アースさんは良いっておっしゃったのかしら?」

「それが、大丈夫だって保証までつけて」

「いったい、どうなっているのかしら?」

 二人は、そこまで話した後、黙ってしまった。これ以上話せば暗い話題になってしまいかねないからだ。他の場所では、近づいてくる飛空要塞に緊張を隠せないものが集まっていた。メリッサとナタリー、それに、メルヴィンだった。

「今回は、けが人が出てもおかしくないわね、メリッサ」

 ナタリーはずっと窓の外を見ていた。飛空要塞はだんだんとその姿を現しつつある。

「アースも言っていたけど、あいつらに僕たちの行動は筒抜けだろうから、まず、仕掛けてくるのはあちらだろうな。近づいたら、悠長なことはしていられないぞ。誰か、必ず武器を折って帰ってくるだろうからね」

「シリン封じの影響もあるかもしれないわ」

 すこし肩に力が入っているメルヴィンの背を、メリッサがそっと叩いた。彼女はいまだにメルヴィンを好いていた。だから、すこしでも支えになりたいと思っていた。

「大丈夫。みんないるから。メルヴィンだって、自分のやれることをしっかりとやればいいの。そうすれば、どんなことになっても後悔しない」

「それは、僕たちが負けても、ってこと?」

 メリッサは、ネガティブになっているメルヴィンの言葉に、首を横に振った。

「私たちは負けない。少しは犠牲も出るかもしれないけど、負けないわ」

 メリッサのその言葉には力があった。メルヴィンは、いつの間にかこんなに強くなっているメリッサの様子に、内心かなり驚いた。

 そうやっていると、突然、館内放送が流れた。室内灯が赤く変わり、全ての窓が締め切られた。

「飛空要塞からの迎撃だ! 対ショック態勢をとってくれ!」

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