海 13

 深い青の海、その中にたたずんで、輝は膝を抱えていた。なぜか海の中なのに呼吸ができる。これは夢の中なのか、それとも現実なのか。

 しばらくそうやって佇んでいると、心がホッとしてくるのを感じた。そしてなぜか眠くなってきて、夢かもしれないのに目を閉じて眠っていた。

 しばらくすると、輝の肩を誰かが叩いた。振り向くと、そこに一頭のイルカがいた。そのイルカは輝を誘うように突いて姿勢を解かせ、眠い目をこする輝の顔にキスをした。

 そして、目覚めた輝をさらに誘うように先に泳いでいった。

 そのイルカが何を言いたいのかは分からない。けれど、確実に何かを言おうとしていることは分かった。だから、輝は、想像以上に上手に泳ぐ自分の体に驚きながら、海水の中を進んでいった。

 イルカが止まった場所は、美しいサンゴ礁が広がる海底の洞くつで、その中に入っていくと、蛍光色の小さな魚が沢山出てくるのが分かった。それを見過ごすと、輝は洞窟の中に入っていった。

 しばらく進むと、暗闇の中にぼーっと光る何かがあって、近づいてみると、そこには人が一人いた。

 ナギだった。

 彼女は、薄く光る岩の上に腰かけていた。水の中なのだから腰かける必要はないだろうし、むしろそのような姿勢をとるほうが難しい。だが、ナギは地上でそうするようにきちんと岩の上に座っていた。

 彼女は、輝が近づくと、笑って迎えてくれた。自分のそばに寄るように促すと、近くに来た輝の手を取った。

「なぜ、俺だけなんです?」

 ここには町子もアースもいない。輝だけがナギに呼ばれていた。

「さてね」

 ナギはそう答えて、少し考えるしぐさをした。そして、じっと自分を見つめる輝のほうを見て、また笑いかけた。

「あんたと私が、よく似ているからかな」

 その答えが、輝にはよく分からなかった。ナギの手に引かれながら、輝の横を流れていく海流に翻弄されて、輝は考える暇もなかった。すると、ナギは、輝を自分のもとに引っ張ってきてその身体を抱き寄せた。

「輝、この海をお前にあげよう」

 その言葉に、輝はびっくりして言葉を出せなかった。

「アースがそうしてきたように、私の海は受け継がれる」

 そう言って、ナギは輝に笑いかけてその手を離した。輝の手に何かを握らせて、海流の中に放り込んだ。すると輝の体は海流に流されて行ってしまった。

 輝は、そこで目を覚ました。

 もう、明け方になっていた。

 ひどくリアルな夢を見た。まだ脳裏にナギの言葉が残っている。右手を見ると、その右手は何かを強く握っていた。手を開いてみると、そこには美しい巻貝の貝殻が握られていた。

 この巻貝には何か意味があるのだろうか。そして、ナギが輝に言った、あの言葉。

 輝の胸には、得体の知れない不安が降り立っていた。

 輝は、貝殻を胸に抱きしめて、少しの間、泣いた。



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