海 12

 夏休みが始まり、一週間の予定で海に行くことになった。

 行き先は無人島なので当然海の家もレジャー施設も何もない。水着に各人着替えたままで海に行き、帰ってきては勉強や修行をする。そう言ったプログラムだった。

 転移は、アースが行うことになった。無人島であるためいきなり人が現れても誰も気にしないし、第一、ドロシーが行うには人数が多すぎたからだ。

「実花、サメに襲われないように気をつけるだよ」

 実花の母・瑞希が、娘の支度を手伝いながら心配そうに声をかけた。実花は困ったような顔をして町子たちを見た。

「おかあさん、心配性なの」

 実花は母と別れると、町子たちの中に混ざっていった。他の友人たちに混じって楽しそうにしている実花を見るのは何年ぶりだろう。もしかしたら、初めてかもしれない。そう思うと、目がしらに熱いものがこみあげてきて、瑞希はそれをそっと拭いた。

「娘さんたちのことは私たちにお任せください」

 フォーラが笑って言うものだから、なんとなく大丈夫な気がして、瑞希はそのまま娘たちを送り出すことにした。

 瑞希や芳江たちが見守る中、皆はアースの転移で無人島に到着した。

 そこにはどこまでも遠くまで透明な海と、白い砂浜が広がっていた。後ろを見るとうっそうとした森があり、中には危険な蚊や動物がいるだろうということは容易に想像ができた。

 モリモトが、水や水分補給用の飲み物を持ってきてくれていたし、ちょっとした軽食をイーグニスや芳江が持たせてくれたので、この砂浜で楽しむには十分だった。

 簡易テントを張って日陰を作り、そこに食べ物や飲み物を置いていく。男性陣がその作業をしている間に、女の子たちは砂浜で遊び始めた。

 男性陣の作業が終わると、海に入る段になった。アースが、準備運動をしっかりしろというので、皆は早く海に入りたい衝動を抑えて、準備運動をした。

 そして、ついに海に入る番になった。女子が先に入ってビーチボールで遊び始めた。輝達はその姿を見ているだけでまぶしくて、満足だった。

「もう僕は海に入らなくてもいいかもしれない」

 女子の様子を見ていたメルヴィンが、鼻の下を伸ばしている。輝はそれを見て同じことを考えている自分に気が付いた。だがその次の瞬間、輝は立ち上がってそろそろと女子のほうへ向かっていった。

「輝、どうしたんだ?」

 輝の様子が変だ。メルヴィンはそう思ってアースのほうを見た。彼ならば、輝の様子にも気が付いているだろうから。しかし、アースはメルヴィンのほうを見てこう言うだけだった。

「輝のことは心配するな。俺が見ているから」

 アースはまるでプールの監視員だ。常に、皆に危険がないか見守っている。

 輝はフラフラと女子たちのもとへ行くと、そこにいた町子の肩に触れた。すると、町子も硬直してビーチボールで遊ぶ集団から離れていった。そして、二人で透明な海水の中に座り込むと、腹のあたりまで海水に浸かって、嘆いた。

 メルヴィンは、それを見て思わず立ち上がった。二人に何があったのだろう。

 すると、アースが立ち上がって輝と町子のもとへ行き、二人を海から引き上げた。そして、砂浜にあるレジャーシートの上に座らせると、二人が落ち着くのを待った。

「感じたんだな、ナギを」

 二人は、アースの問いかけに頷いた。涙を拭うと、輝のほうが口を開いた。

「大きくて、暖かくて、いつもの厳しいナギ先生とは違って、とても豊かな、包み込まれるような感じがして。そしたら、ナギ先生の声でこう聞こえたんだ」

 輝の言葉を、町子が引き継ぐ。その顔は暗い。

「何もかも心配はいらない。私も輝たちの役に立ちたいから、少し苦しくても頑張るからって」

「苦しい」

 アースは、その言葉に眉をひそめた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに町子と輝を立ち上がらせた。

「ナギからのメッセージはこれで最後だろう。後のことは俺に任せて、お前たちは海で楽しんで来い」

「でも、ナギ先生が」

 町子が心配そうにしていると、アースが笑いかけてくれた。安心していい、そんな表情だった。

「今大事なことは、お前たちの英気を養うことだ。これから起こることに耐えていくためにも、今遊んでおいたほうがいい」

 そう言って、アースは輝と町子の背を押した。二人は、戸惑いながらも皆の中に入っていった。アースはその姿を見ながら、戦艦の改造の進み具合や、他のメンバーの強化の進捗を確認していた。

 目のまえにいる少年少女たちは無垢な存在だった。他のシリンたちのように戦いなれてもいない。だからこそ、日ごろの戦いで積んだストレスをここで発散させておいたほうがいい。そう考えていた。

 南国の空も海も、きれいな青だった。スカイブルーにマリンブルー。この組合せのいかに美しいことか。

 アースはそう思いながら、輝たちの様子を目に焼き付けていた。

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