海 3

 マリンゴート。

 それは、暁の星にある大都市の名だ。アースは、そのマリンゴートを含むテルストラ都市国家連合の王だった。テルストラに含まれるマリンゴートのあるじは、神父メティス。暁の星に移住した地球人と、原住民、全ての人間が持っている宗教を統括する存在だった。

 そのメティスは、暁の星のシリンだった。アースやナリアのように、因果律の外にいる存在。因果律の監視者だった。皆に与える印象はアースが強さ、ナリアが賢さ、そして、メティスは美しさだった。

「マリンゴートは妹たちに預けてきたよ。ずいぶんとしっかりした子たちだからね」

 メティスは、アースの問いにそう答えた。町子たちはずっとメティスのそのいちいち美しい所作に見惚れていた。紅茶ひとつ飲むだけであたりにバラが咲く勢いだ。

「あの、メティスさん」

 町子が赤い顔をしてメティスに話しかける。輝はそれを見ていていい気分がしなかったが、フォーラの魅惑に乗ってしまった自分のことを思えば、町子を責めるわけにはいかなかった。

「たしか君は、森高町子さんだね。アースの姪御さんで見る者。大変だっただろう、特にアースの姪は」

 メティスがそう返すと、町子はぶんぶんと首を振った。

「大変だなんてそんな! まあ確かに伯父さんの姪ってのは疲れますけど、でもそんなことはどうでもいいんです。あの、メティスさんに恋人っているんですか?」

「どうでもいい」

 アースが、そう言って頭を抱える。それを見ていたメティスがふと、笑った。

「恋人か」

 メティスは、そのことを聞いてきた町子だけでなく、他の人間を見回した。誰もがおそらく気になるところだろう。こんなに魅力的な男性であるメティスに恋人一人いないなんて。しかし、メティスからの回答はそんな予想を裏切るものだった。

「私は、恋人を作らないようにしているんだよ」

 それには、皆が驚いた。絶対モテる。この人なら絶対モテる。なのにどうして恋人を作らないのだろう。

メティスはみんなの疑問に対して、期待通りの答えを返せない自分に少し辟易していた。それが顔に出て、苦笑いをしてしまう。それを見た町子は、聞いてはいけない話題を出してしまったのかと戸惑った。

 メティスは、苦笑いをやめるとすぐに今まで通りに戻っていった。

「いいんだよ、町子さん。私は指導者で神父だからね。聖職者が特定の恋人を作ってはいけない宗教もあるんだよ。それに、私にはまだ、心から愛せる人が見つかっていない」

「そうだったんですか」

 町子は、それを聞いてホッとした。何か深刻な理由でもあるのかと思っていた。

「ところでメティスさん、あなたがここへ来た理由は? 惑星のシリンともあろう方が自分の星を空けるなんて、よほどのことがなければ」

 輝はそこまで聞いてハッとした。その顔を見て、メティスが静かに答えた。

「そのよほどのことが、この地球で起きている。ナリアや私がここに来て、集ったのもそのためだ。月の箱舟が今何を企んでいるのかは分からない。だが、彼らは完全につぶさなければならないからね。徹底的にやるには、徹底した戦力があったほうがいい」

 月の箱舟を、徹底的に潰す。

 そんなことができるのだろうか。

 だが、惑星のシリンが三人そろっていれば、できるような気がする。

 輝はメティスのいいように何となく安心した。そして、彼がここに短期間でも滞在することを歓迎した。

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