海 4
暁の星のシリンであるメティスがこの屋敷に滞在するようになって一週間が過ぎた。輝たちは何の問題もなく学校に通い、何の問題もなく時を過ごしていた。ミシェル先生は相変わらず厳しかったし、留年が決まった町子や輝たちも、新学期になる前の夏休みに、いろいろなことができていた。
「私たち色々なところに行っていて、学校休みがちだったから、まあ留年もアリよね」
町子はそんな風に言っていた。実花に気を使わせないためだったが、確かに出席日数は足りていない。順当な措置だとも言えた。
「それで、伯父さんたち、いつ動くんだろう。まだ何も言ってこないよね」
町子は、そうは言ったが不安げではなかった。今まで大人の言うなりに動いてきたから、それでいいと思っていた。ある意味アースの判断に頼り切っていたのだ。
「町子、それじゃ何もかもおじさん任せだよ。よくない」
「じゃあ、私たちで自分勝手に行動して勝てるの?」
「そういうわけじゃない。ただ俺は、おじさん一人に何もかも押し付けちゃいけない、そう言いたかったんだ」
「それはそうだけど、でもそれじゃ、どうしたらいいの?」
分からない。
輝がそう返そうとしたとき、目の前で誰かが襲われているのが見えた。
襲われているというより、よく見ると、カツアゲをされているように見えた。黒い髪の女の子を男性が囲ってお金をせびっている。そう見えた。
「金出さねえと、いいことしちゃうぞ」
そんなことを言いながら、怯える女の子を囲んで追い詰めていた。
「こんな田舎であんなこと、不自然だわ」
メリッサが、まず真っ先に違和感を覚えて、そこに近寄らないように輝たちを止めた。
「確かに、僕たちの目の前でやっているあたりが怪しい」
メルヴィンがそれに付け足した。
「だけど、どうにかしなきゃ。目の前で女の子が襲われているのを見過ごすなんて、できないよ!」
後ろのほうで、朝美が叫んだ。目の前で襲われている女の子が追い詰められてしりもちをつく。皆はそれを見てあっと叫んだ。それに気づいた男たちが、一斉に輝たちのほうを向く。そして、酔っぱらった人のような動きで町子たちに近づいてくる。
「まずい、女子たちを守れ、メルヴィン」
輝はそう言って、女の子たちと男たちの間に壁を作った。いつ襲い掛かってきてもいいように構えをすると、突然、彼らは猛スピードで襲い掛かってきた。メルヴィンはその攻撃を両手で受け止めた。鍛冶で鍛えたその力は、彼らの攻撃を受け止めるには十分だった。輝は二人分の拳を受け止めてはじき返した。輝と男たちの間に間合いが開く。
「人工シリン」
輝が、緊張した顔でつぶやく。今、拳を交えた時に見えたのは、因果律を現す白い糸の塊だった。それを使って彼らは因果律を操っているのだ。
輝の言葉を受けて、まず真っ先に怯え始めたのは実花だった。震える彼女をメリッサと町子が支える。朝美と友子はまっすぐ輝のほうを見ている。
「メルヴィン!」
こちらを警戒する人工シリンたちを横目に、輝は、隣でもう一体の人工シリンと格闘しているメルヴィンを手伝おうとした。その時様子をうかがっていた他の二体が動いて、町子たちのほうへ向かった。
「やらせるか!」
輝は、町子たちのほうへ向かうと。二体の人工シリンたちを同時に投げ飛ばした。一体は自分のほうに引き寄せてから腕を掴んでそのまま一本背負いで。もう一体は掌で突き飛ばして投げ飛ばした。彼らは地面にたたきつけられて気を失っている。その隙に輝は、二体の人工シリンの頭を掴んで、元の人間に戻すための力を使った。
「これで、もう」
そう言って、すぐにメルヴィンのもとに向かった。彼の力比べはそろそろ限界に来ていた。強がって笑ってはいるが、腕がガクガクと震えている。
輝は、人工シリンが動けないのを確認して、そのまま後ろから走り寄って、その頭を掴んだ。そして、その人工シリンの媒体が環の中に戻っていくのを確認すると、メルヴィンのもとに倒れこむその身体を二人で抱き上げて、近くの木の幹に委ねた。
「さて」
メルヴィンが、そう言って今度は襲われていた少女のほうを見る。ずいぶん派手な格好をした女の子だ。ゴスロリというのだろう。ひところの人形のような服を着ている。
「あの女の子だけど、いかにも怪しいんだよな。何か感じないか?」
朝美や友子は、口をそろえて「ぶりっこ」と言ったが、他の皆は何も感じるところはないようで、首を横に振っていた。
ただ、実花だけが何かに怯えていて、その女の子は信用しちゃいけない、そう言い続けていた。
「そうだな、実花。あの女の子には悪いけど、ここは引き取ろう」
メルヴィンはそう言って、皆に合図をして、引き取ろうとした。その時、声がかかった。
「か弱い女の子を一人きりにしておくなんて、ひどいんじゃないの?」
声の主は、あの黒髪ゴスロリ少女だった。
一行は、その少女の声に足を止めて、いったん彼女を一瞥した。そして、また歩き始めた。
「ちょっとお! ここにか弱い女の子が一人きりでいるんだってばあ!」
女の子はどれだけ自分のことを主張したいのだろう。
輝たちは半ばあきらめながら歩き続けた。すると、少女はすくっと立ち上がり、こちらについて歩いてくる。それを見て、友子がみんなに囁いた。
「参ったわ。これじゃあの子に屋敷の場所が知られちゃう。あの子が月の箱舟と関係あったらまずいよ。せっかく町子の伯父さんが隠してくれているのに」
「そうだなあ」
町子は、皆を立ち止まらせて、少女がこちらに来るのを待った。少女はどんどん近づいてきて、ついに町子たちに合流した。
「ねえ、お礼くらい言わせて。暴漢たちから助けてくれてありがとう」
少女は、そう言いながら礼をした。そして、町子たちを見回して、踵を返した。
「帰っちゃった」
みんなより頭一つぶん、背の高い朝美が、ゴスロリ少女を見てあんぐり口を開けた。
少女は、それ以来輝たちの所に現れることはなかった。
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