夢を紡ぐ者 2

 実花の髪は、町子より少し黒い赤毛だった。瞳は緑だったので、いかにもシリンらしい風貌だと言える。そんな実花を授かったとき、実花の母はシリンという人種がいること、そして、シリンとはどういうものかを全て知った。

 実花の能力は「夢を紡ぐ」ということ。つまり、人間の持つ夢が明確な目標に変わったときに、それを確実に支援していくという能力だ。だから、月の箱舟に狙われやすい。今のうちに保護しておかないと、いつ、危険な目にあわされるか分からない。

 町子が大体の事情とこれからのことを話し終えると、皆は黙ってしまった。しかし、当の実花は深刻な顔をしていなかった。

「あの、三つくらい、条件を出してもいいですか?」

 屈託のない顔で実花が言うものだから、皆、面食らってしまった。実花は留学が嫌ではないのだろうか。

「なあに、言ってみて」

 町子はそれでも尋ねてみた。無理な条件でなければいいのだが。

 町子の言葉を受けて、実花が三つの条件を出す。

「一つは、私の父と母を英国に連れて行ってもらいたいということ。私は、ふたりが人質に取られてしまったら従うしかありません。二つ目は、うちのリンゴ園を、そちらで借りていてほしいということです。でないと、畑が荒れてしまいます。管理していただければありがたいんですが。三つめは、私が卒業するまで、先輩方に学校にいてもらうことです。それが叶うのなら、私は英国に、今すぐにでも行きます」

 その三つの条件に、輝と町子はびっくりした。一つ目と二つ目はどうにかなる。一つ目は、屋敷が無理だった場合近隣に家を建てて住めばいいだけのことだ。それ以前に、新しくできた二つ目の屋敷の部屋は広い。親子三人十分に暮らしていけるだろう。二つ目は、リンゴ園を丸ごと町子の祖父が買い取ればいい。だが三つめが問題だった。

「留年」

 輝が、ガチガチと震えだした。

「ミシェル先生にこんなこと、話せない」

 町子も、ガチガチと震えている。だが、それを見ていたアースは平常心で、震える二人の肩に手を置いて、こう言ってくれた。

「ミシェルには俺から言っておく。実花の命には代えられない」

「実花さんの、命?」

 アースは、頷いた。そして、実花を見た。すると彼女は少し悲しげな顔で、皆を見た。

「実花は、学校でいじめられていたんだ」

 アースがそう言うと、実花の目から涙が伝った。

 そんな実花の肩を抱いて自分のほうに引き寄せたのは、母だった。

「この子の髪、染まらないんですよ。媒体が最近できた秋映でね。どれだけ黒い色に染めようとしても、髪を洗えばすぐに戻ってしまう。瞳の色も、黄緑でね。これは王林なんです。こんな容貌だから、当然いじめられますよね。おかげで人見知りは酷くなるし、不登校にはなるしで」

 実花の母の表情は暗かった。あの明るい、竹を割ったような笑顔は今の彼女からは見て取れなかった。

「こうなったら、義務教育も考えものね」

 町子が、そう言って、実花を励まそうと手を伸ばした。しかし、実花はその手を取らなかった。

「義務教育が悪いんじゃないんです」

 実花は、震えていた。町子の言っていることは間違っていない。しかし、実花がいじめられているのはそれと直接関係なかったのだ。

「町子さん、あなたも赤毛なのに、目も青いのに、どうしていじめられないの? 同じ条件なのに、あなたはいじめられない、私はいじめられる」

 実花は、ひどいうつ状態に陥っていた。何を言ってもマイナスになる。そんな症状が出てしまい、町子は焦った。アースが立ち上がって実花のもとへ行き、母親とともにそっと立ち上がらせる。

「実花、部屋に戻る?」

 母親がそう言ったが、実花は首を振った。

「お医者様がいるから大丈夫。おかあさん、頓服」

 実花の声はかすれていた。母親が急いで台所に行き、実花の薬を取ってきた。それを水でしっかりと飲ませると、自分の膝の上に実花の頭を乗せて、休ませた。

「実花さんは、身体的特徴をいじめのもとにされたんですね」

 輝が問うと、母親は実花を見ながらひとつ、頷いた。

「半年くらいね、このうつ状態が続いているんですよ。お医者様にはもう、学校には行くなって言われて。それで休んで以来、実花は学校が怖くなってしまって」

「じゃあ、私、無神経なことを」

 実花の母は、首を振った。

「いいえ、何も。ただ、これで、三番目の条件の意味がお分かりいただけたと思います」

 町子と輝は、それを聞いて、先程の三番目の条件をようやく呑み込む気になった。ミシェル先生にはアースが言っておいてくれる。それに第一、いじめを嫌うミシェル先生が今の話を聞いて納得しないはずがない。

「分かった。すべての条件を飲むよ、実花さん」

 輝は、そう言って、涙を流している実花を見た。アースが近くにいる。実花に何があっても大丈夫だろう。

「実花」

 アースが、実花の隣で彼女の名を呼んだ。そして、その手で優しく彼女の額に触れた。実花は、それだけでなんだか元気が出る気がした。今、地球のシリンに触れられた。多くのシリンたちがそれを望んでいるのに得られない幸せ。

「実花、もう一つ条件を出してみたらどうだ?」

「もう一つ?」

 実花は、そう言って起き上がった。頓服が効いてきたのだろうか。ずいぶんと気分が良くなってきた。アースは、頷いて、町子と輝を見た。

 そして、こう言った。

「もし、実花がいじめに遭うようであれば、全力で守る。いじめに遭わなくても、全力で守る。そういう条件だ」

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