夢を紡ぐ者 3
上田実花は、中学三年生だ。高校受験を控え、進路相談にもいかなければならなかった。しかしそのタイミングで不登校になってしまった。学校への不信感と恐怖はその時に植え付けられてしまい、学校というだけで震えてしまうほどだった。
「どこの学校でもいじめられる。この体の特徴がある限りずっと。そう思うと学校には行けなくて。この髪の色と瞳の色を呪ったこともあった。夢を紡ぐっていう自分の力も、使ったことがないんです」
実花は、少し落ち着いてくると町子たちに話をしてくれた。
「進路は決まっていません。なりたいものがないんです。夢も、目標も」
「何もかも全部、奪われちゃったってわけか」
輝が相槌を打つと、実花は頷いて応えた。
それ以上、彼女からは何も言ってこなかった。実花の母も、彼女の背をさすっているだけで、何も言うことがなかった。
「もし、私が実花さんの学校に通っていたら、私もいじめに遭っていた」
町子が、しばらく続いた沈黙を破った。
「自分たちと違うものを認めない、排泄したい、そんな風潮があるから、そんないじめが起きてしまう。実花さんは何も悪くない。むしろその赤毛も、緑の瞳も、すごく可愛いんだし、自信持っていいのに」
すると、実花の母は町子に真剣な目を向けた。実花の背をさする手は止めていない。
「町子さん、それもすべてこの子に言ってやったんですよ。シリンであることは素晴らしいことなんだって。いつか誰かが、あなたの魅力を分かってくれるよって。でも、このうつ状態でしょ」
「病気になっちゃ、もうそれは訴訟問題だな。訴えたんですか、その、いじめたやつらを」
輝の問いかけに、実花の母は首を振った。
「訴訟をして、勝てる相手ではありませんでした。相手はクラスのすべての生徒。その中には市議会議員の息子さんもいたんです。すべてもみ消されてしまい、学校側はいじめを認めていません」
「なんてひどい話だ!」
輝は、腹の底から怒りが湧いてくるのが分かって、いてもたってもいられなくなった。立ち上がると、その辺をうろうろしだした。
「何か解決方法はないのか?」
そう言いながらうろうろしていると、アースが輝を止めた。
「お前にどうこうできる問題ではない。一番は、実花をこの場から逃がすことだ」
「でも、いじめたやつらに一泡吹かせてやらないと、気が済まない!」
「そんなことをしてどうなる? 彼女をこれ以上追い詰めるな」
「追い詰めるって」
輝は、そこまで言ってハッとした。今自分がしていることは自己満足でしかない。自分のイライラを鎮めたいからどうにかしたい。それは、実花のためなどではなかった。
「ごめん、実花さん」
輝が謝って元の場所に座ると、話し合いは再び始まった。
「それで、私はどうすればいいんですか? イギリスに行って、また学校に通うんですか?」
その問いには、輝が答えた。
「無理に通えとは言わない。屋敷には勉強や世の中のことを教えてくれる人間が沢山いるから。でも、町子たちの学校も一度見ておくといいよ。トラウマが消えないうちは無理をしないほうがいいけど、落ち着いてきたら、授業風景や雰囲気だけでも見ておけば、何かが変わるだろう。担任のミシェル先生は、いじめを断じて許さないし、今まで一度も金や権力に屈したことはないから」
輝が話し終えると、町子が補足をした。
「でも、ミシェル先生、相当怖いよ。褒めるときだけ優しい」
「怖い先生だから、金にも権力にも屈しないんでしょうね」
町子の捕捉に、実花の母は少し安心した表情をした。そして、実花の背をぽんぽんと叩くと、町子たちのほうを見るように促した。
「お母さんは信じてもいいと思う。実花が良ければ、皆でイギリスに行きましょう」
その言葉に、実花はためらいがちに頷いた。
まだ何かありそうだ。そう思った輝は、アースに耳打ちをした。
「彼女の能力が見てみたいです」
アースは、輝を見た。そして、少し笑うと、実花のほうへ向き直った。
「実花、自分の目標を紡いでみたらどうだ」
実花は、首を横に振った。
「夢も目標もないんです」
すると、アースは、立ち上がって、後ろにある窓の外を見た。ふと、そこで寂しげな表情をしてから実花に向き直る。
「夢や目標はあとからいくらでもできる。今、お前が紡ぐのは、家族全員で英国に無事につく、という目的だ」
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