第21話 夢を紡ぐ者

二十一、夢を紡ぐ者



 輝のけがが治り、学校に復帰してから一週間が過ぎた。久しぶりに会う学校の友人たちとの再会もつかの間、輝は再び日本に行くことになった。それは町子も同じで、なかなかチアの練習に参加できないのを悔やんでいた。

 今回行くのは日本の安曇野で、リンゴのシリンに会いに行って保護するという目的があった。町子も輝もリンゴのシリンに会うのは初めてだ。今回町子と輝についてきてくれるのは、アースだけだった。屋敷のことをナリアとセベルに任せ、うまく動けるのは彼しかいなかったからだ。

 日本について、東京から電車とバスを乗り継いで安曇野に着くと、まず、残雪の北アルプスが眼前に見えた。大迫力の山に少し感動しながら、またバスを乗り継ぐ。

 すると、水を張ったばかりの田んぼのど真ん中に降ろされてしまい、輝と町子は途方に暮れた。

「ワサビ田は? ハーブは? ガラス工房は?」

 町子は頭を抱えたまま、叫んだ。すると、うるさいとばかりにアースが耳を手で押さえた。そのまましばらく田んぼばかりの道を歩くと、次第にリンゴ園が見えてきて、その中に一軒の家が建っているのが分かった。

 リンゴの木はちょうど今から忙しい時期に入る。若い葉が生えてきて、きれいな色をしていた。そのリンゴ園の中にある、先程見えた二階建ての家に、三人は用があった。アースは玄関先にあるチャイムを鳴らし、家の人間が出てくるのを待った。しかし、家の人間はチャイムには出ず、そのままドカドカと廊下を走ってきて急いで玄関のカギを開けた。

「お待ちしていました!」

 中年の女性が出てきて、三人を家の中に招き入れる。何のためのチャイムだったのだろう。不思議に思う輝たちだったが、気にしないことにした。

 三人は、風通しの良い座敷に通された。この時期の安曇野はまだ寒い。案内してくれた中年の女性は、温かなお茶を用意してくれていた。

「娘をイギリスに留学させて守ってくださると聞いたときは、びっくりしましたがね」

 中年の女性、いや、リンゴのシリンの母は、そう言って照れ笑いをした。

「こんな田舎でしょう。近くにある高校も農業高校だけだし、進学をどうしようかと迷っていたんです」

 すると、二階から中学生くらいの女の子が下りてきて、突っ立っていた。母の正面にいる三人を見渡すと、真っ赤な顔をしてお辞儀をした。

「すみません、気が利かなくって! 私、上田実花(うえだ みか)って言います! さっきからビンビンと感じてて、でも下りてくるのが遅くなってしまって、ごめんなさい!」

 実花は、すごすごと頭をあげた。すると、自分の一番近くにいた男子が笑ってくれている。許されたのだろうか? こわごわと立ち上がると、足が震えていた。

「そんなことはいいで、早く来ましょ」

 じれったかったのか、実花の母は、けらけらと笑いながら実花を自分の隣に座らせた。

「こりゃ、メリッサ以上の恥ずかしがり屋だね」

 町子がつられて笑っている。実花の母は竹を割ったような性格なのだろう。明るくて、とても頼りになりそうだ。

「あの」

 実花は、縮こまったまま皆を見渡した。誰をどう呼んだらいいのか分からない。アースのことは分かる。リンゴのシリンとして生まれ、物心ついたころから脳内にインプットされた存在だからだ。だけど、あとの二人は分からない。

 実花が困っていると、はっと気が付いた輝が、自己紹介を始めた。

「あ、俺、高橋輝。君がこれから通う学校に行ってる。サッカーが得意で、同じサッカー好きの親友もいるんだ。それと、俺は戻す者だ。よろしくな」

 そう言って右手を差し出してきたので、実花は震える手を出して輝の手を握り返した。その手は力強く、少しずつ、実花の緊張は取れていった。次に、町子が自己紹介をした。

「森高町子。よろしくね。輝とは同じ学校で、付き合っているんだよ。チアに入っていて、輝の試合のたびに応援に行くはずなんだけど、見る者の宿命でね、なかなか」

 そう言って、舌をちょろっと出してウインクをし、町子は右手を差し出した。その頃にはもう、実花の緊張は取れていた。

 そして、次はアースが自己紹介をしようと何かを言いかけると、実花はこう言ってアースを止めた。

「すべて存じています」

 その言葉に、アースは頭を抱えた。

「あのな、実花」

 町子と輝が笑いをこらえている。実花は何かまずいことをしたのかもしれないと、あたふたしだした。

「なぁにやってるだ実花。一番大事な人だろうに」

 そう言って、母親が実花を小突く。実花は、恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。

「実花さんは、人見知りなんだね」

 恥ずかしくて赤面している実花の手を、町子が握った。

「大丈夫。実花さんは地球のシリンの懐の広さを分かっているんでしょ」

 実花は、何も言わずに頷いた。すると、アースの手が伸びてきて、実花の頭に触れた。

「実花、この歳でよくやっている」

 実花は、その手の温かさに少し感動して、また顔を赤らめた。そして、アースのほうを見ると、少し照れながらも微笑んで、こう言った。

「母のお茶、おいしいんですよ。飲んでくださいね。お話は、それからしようと思います」

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