傍観者たち 3
その部屋は、様々な本や資料に囲まれていて、外から見ても中から見ても、まるで学者の部屋のようだった。ラヴロフは、そこで何かを探していた。古の資料、そして、隕石の資料。彼の研究に必要なものはすべて引っ張り出して机の上に重ねていった。
そのうち、電話が鳴った。何度も鳴ったがラヴロフは出なかった。嫌な相手からの電話であることが分かっていたからだ。
しかし、あまりにしつこいので、一度だけ、と決めて、ラヴロフは電話に出た。すると、低い女の声が聞こえてきて、ラヴロフは落胆した。
「だんまりを決め込むとは随分ね。せっかくこちらの手駒を貸してやったのに、あなたは失敗したのよ」
月の箱舟のもう一つの勢力、大量のシリンたちを作って研究をしている機関のトップに君臨する女、ヴァルトルート。そして、電話口から聞こえてくるもう一つの声は、彼女の右腕であるエルザという女の声だった。ヴァルトルートとは対照的な甲高い声で、ふざけたいい回しをする。どちらも不気味な女だった。
「ラヴロフちゃん、今度はそっちが私たちに力を貸す番よん。あんた地球のシリンにしてやられて切り札を失ったんだからね。ゴーレムくらい貸す気でいなきゃね、ダメよん」
その言葉に、ラヴロフはイライラした。どこまでも嫌な女たちだ。電話に出なければよかった。
「地球のシリンをなめてかかると痛い目に遭う。お前たちはまだそのことに気が付いていない。ゴーレムは貸せない。お前たちが失敗してあれを失ったら、それこそ我々の戦力は何もなくなってしまう」
ラヴロフは、そう言って電話を切ろうとした。しかし、二人の嫌な女はそれを許してはくれなかった。
「ゴーレムを貸せとは言わないわ。また共同戦線を張りましょう」
「また、共同戦線だと?」
「ええ、そうよ」
電話口で、ヴァルトルートの口元に笑いが浮かぶのが想像できた。あの女は何もかもが黒い。髪も、瞳の色も、そして、腹の内も。
その女が、いまさら何を言ってくるのだろう。こちらはあの高橋輝や森高町子とかいう厄介な存在を消すために、ゴーレムを強化するだけで精いっぱいだというのに。
「ナギ・フジというシリンは知っているわね」
ヴァルトルートの声が、すこし慎重さを増した。この女は抜け目がない。何もかもを完璧にしたい、そう考える女だった。以前上にいたサンドラとは対照的だ。
「浩然ちゃんが、海のシリンだって言ってたわ。しかも最近生まれたって。ちょっと謎の多い女でさ、浩然ちゃんも、ナギって女のことは何一つ分からないって言っていたよ。ちょっとそっちで調べてくれない? ナギって女がどういう女か分かったら、手柄も使い道もそっちのもんでいいからさ」
エルザの提案は、ラヴロフにとって好都合なものだった。
だが、あの腹黒い女たちがこのような提案をタダでするものだろうか。裏に何か腹があるのは確かだった。ラヴロフは、すでにこの女たちとは思考が異なっていたため、それを拒否しようとした。あくまでラヴロフは自分の理想のために動いていたのだから。
「ラヴロフ、だんまりはその辺にしてちょうだい」
ヴァルトルートの冷たい声が、電話口から聞こえてくる。そもそも、前回浩然とラウラを貸すと言ってきて、共同戦線を持ち掛けてきたのは向こうなのだ。失敗はラヴロフだけのせいではない。ラヴロフは、あの双子星のシリンを完成前に失うというリスクを負わされてしまったのだから。
「ラヴロフ、何を考えているのかは分からないけれど、あなたはもう逃げられない、そして、私たちとの共同戦線を断ることはできない」
「どういうことだ?」
フッと、鼻でものを笑うヴァルトルートのあざけりが聞こえた。ラヴロフの眉がピクリと動く。すると、女は、相変わらず冷たい声で、こう言った。
「あなたのゴーレム研究所のデータと職員は、私たちが買収したからよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます