傍観者たち 2

 ケンは、ナギとともに往診を重ねるうちに、これから命を終えるであろう老人たちの最後を任されることがたびたび出てきた。いままでそれはアースとフォーラが交互にやっていた。しかし最近は、精神科治療が全くできないナギと一緒なので、ケンひとりがかかわることが多くなってきた。

 今回も、家族の依頼で、ずいぶん長いこと生きてきて老衰で亡くなりそうな男性を看取ることになった。いつ亡くなってもおかしくないのだが、それがいつ来るのか分からなかったので、とりあえずはナギが簡単な治療をして帰ることになった。

「あの方はね、ケン」

 屋敷に帰る途中、日が暮れかけている道の上で、ナギが優しく語りかけてきた。ケンがナギを見ると、彼女は優しそうな顔をしていた。

「寝たきりになるまではずっと、畑にいて、ずっと野菜を作り続けてきたんだよ。まるで、野菜の神様みたいにね、野菜のことなら何でも知っている」

 ケンは、ナギの言うことを真剣に聞いていた。一言でも漏らすと、次にあの老人に会った時に適切な言葉をかけてあげられないかもしれない。

「この地区では、あの老人は有名な人でね。何かというと物々交換を持ちかけてくる人だった。周りは迷惑どころかありがたく思っていたみたいでね。あの老人が、その家にふさわしい野菜をすべて把握していたものだから、皆、その老人が欲しいもので返していったんだよ」

「暖かい話ですね。僕は、そう言うのは大好きですよ」

 ケンは、ナギの話を聞いていて、幸せな気持ちになった。あの老人は、幸せだったのだろう。そう言えば家族も、よく介護をして、それでもみな笑顔でいたのを覚えている。

「おそらく、臨終は明日だろう。身体の状態からして、昼頃までは持たないだろうね。明日は朝からあの家に行って、じっとしていることだ。私は往診があるから行けないが、ケン、ひとりで行けるね?」

「見くびらないでください」

 ケンは、そう言ってナギに笑顔を見せた。その笑顔に安心したのか、ナギはケンの背中をそっと押した。

「ナギ先生、僕との結婚を決意してくださって、感謝しています」

 ケンは、一緒に歩くナギの手を取って、そっと握った。

「海のシリンであるあなたは、どんなことがあっても年を取って死ぬことはありません。しかし僕は、寿命が来たら確実に死にます。その時に、寂しい思いをなさらないように」

 ケンがそこまで言うと、ナギはその言葉を遮った。

「寂しい、か。そうだな。だが、それくらい、覚悟しているよ」

「しかし、私は寿命が来たら死にます。先生を悲しくさせてしまいます」

「そんなこと、分かるものか」

 ナギは、そう言ってケンの手をぎゅっと握った。

「あの老人のように、私たちも幸せでいればいい。今この瞬間に幸せでいればいい。そうすれば、ケン、お前も幸せのうちに死ぬことができる。そんな人間を、環は見逃さない」

 ナギはそう言って、目の前で沈んでいく夕日を見た。ケンも、どこか納得したような晴れ晴れとした表情で、夕日を見た。

「ナギ先生、僕は明日、精いっぱい、あの人と向き合うことができそうです」

 ケンは、そう言って、ナギの手を引いて歩きだした。

 ナギは、それを見て嬉しそうに、ケンの手に引かれていった。

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