大地への伝言 4

 アースは、町子が芳江に支えてもらって中に入ると、輝に会わせる前に状況を説明した。

 輝は、右肩と両脚に深手を負い、出血も多かったため、輸血をして何とか命を取り留めた。傷口は縫合したが、全く動かせない状態だ。それに、傷からではない、謎の熱と痛みが輝を苛んでいた。

「輝の体と精神は、かなりシリンに近づいている。シリン封じの刃で刺されたために、傷口から毒が広がって、痛みと熱が増している。このまま傷が治っても、痛みと熱は取れない状態だ。その前に精神がやられてしまえば、輝自身も危ない」

 伯父の言葉に、町子は食ってかかった。

「そんな、そんなのないよ! そんなんじゃ、輝は助からないって言っているようなもんじゃない! おじさん、どうにかならないの?」

 アースの腕をつかんで、町子が泣きながら叫ぶ。それを芳江が止めた。ここで騒ぐのはよくない。輝の傷に障る。それを聞いて、町子は息を荒げながらも伯父を責めるのをやめた。

「助からない、とは言っていない。今の輝は、シリン封じを体内に埋め込まれた状態と同じ、ということだ。それを取り除くか、克服するか、どちらか、いや、両方でもいい。それができれば確実に助かる」

「それは、輝に可能なんでしょうか」

 芳江が不安そうに尋ねると、アースは、安心するように付け加えてから、町子と芳江、両方を見た。

「傷口に刻まれたシリン封じの力を削げばいい。それは俺の仕事だ。だが、輝が自分自身でシリン封じを克服するためには、他の人間の力が必要だ」

「それは、母親である私や、恋人である町子さんの力なんですか?」

 アースは、頷いた。そして、芳江と町子を輝のもとへ誘った。

 輝は、窓際に置かれたベッドの上に横たわっていた。痛みと熱で、かなり苦しそうにしている。右肩には包帯が巻かれ、寝間着は着ていなかった。部屋が常に暖かくしてあるため、包帯を替えにくくなる寝間着は着せられなかったのだ。見たところ、ひどく衰弱しているように見える。町子と芳江が不安に襲われていると、モリモトが二人をもっと近くに寄せてくれた。

「手術の後ですから、衰弱は激しいはずです。体力は点滴で維持していきますから、心配しないでください。それよりも今は、町子さん、あなたと母親の芳江さんのお力が必要です」

「私たちが、お力になれるのでしょうか」

 芳江は、モリモトの言葉に対して、不安をあらわにした。目の前にいる息子の姿は痛々しかった。右肩だけでなく、両脚もやられている。これでは好きなサッカーを再開できるまでどれだけかかるのか。もしくは、できなくなってしまうのか。それを考えると、涙が止まらなかった。

「今は、立ち止まってはいられません」

 モリモトが、芳江にタオルを差し出してきた。町子にも同じものを手渡す。それで涙を拭くと、二人は、もう一度輝を見た。

 そして、町子が先に、輝の手を取って、傍に置いてあった椅子に座った。

「輝」

 そう言って、歯を食いしばる。自分がしてしまったこと。操られていたとはいえ、ひどいことを言ってしまったこと。すべてがよみがえってきて、悔しい思いにとらわれた。

「輝、ごめんね。私、輝に酷いこと言った。もし、許されるのなら、応えて。私、ケンさんに言われて、あれは私の記憶の中から都合のいいところだけをつなぎとめて、月の箱舟のシリンが言わせたことだって気が付いた。でも、自分の中に輝に対してそう思う気持ちがなかったわけじゃない。それだけ、私は傲慢になっていた。強い武器を持って、クチャナさんにも認められて、いい気になっていたよね。そこを突かれたんだと思う。だから、輝にはもう、合わせる顔がない。そう思っていた。でもね、あの時輝に言われたことを思い出したんだ。自分が傲慢だったって気が付いた私は、少し、強くなれた。そんな気がして、それで、輝を助けられるって、そんな気がしてきたの。だからお願い。少しでも私を許してくれるのなら、もう少しだけ頑張って、シリン封じなんかには負けないで!」

 町子は、輝の手の上に顔を乗せて、泣いていた。輝は何も答えなかった。ただ、苦しそうに息をしながら、時々、小さな声を上げていた。

 町子は、許されなかったのだろうか。激しい不安が町子を襲う。そんな町子の背を、アースが叩いた。

「それでいい」

 アースは、一言、それだけ言って、町子に笑いかけてくれた。すると、町子のなかの不安は晴れていって、ほっと一息つくことができた。町子は、伯父に促されて席を芳江に譲ると、他の場所に用意された椅子に座った。

 芳江は、ベッドに横たわっている息子の手を握り、ただ黙って、祈るように、静かに泣いた。今は何もしてやることができない。ただこうして、運命に委ねられた輝のことを手を握って励ますことしかできない。そんな自分が無力で、情けなかった。

「母親だからこそ、何も言えないのかもしれません」

 そんな芳江の姿を見て、モリモトがそっと呟いた。誰に向かって言ったのかは分からない。しかし、その言葉はそこにいたすべての人間の心に焼き付いていた。

 芳江は輝からしばらく離れることがなかった。何も言うことがない分、思いだけが強く出てきてしまっていたからだ。そんな芳江の肩を、アースがそっと叩く。すると芳江は、涙を拭いてその場をアースに譲った。

 アースは輝の様子を見て、すこしだけ安心したような表情をした。今はまだ、そんなに危険な状態ではない。苦しそうにしているが、良くも悪くもなっていなかった。

 アースのその表情にみんなが一息ついたその時、誰かがドアをノックした。アースが開けていいというので、エルが開けた。すると、そこにはエクスカリバーを抱えたアーサーが立っていた。

 アーサーは部屋に入るなり皆の前でエクスカリバーを鞘から抜いた。すると、鈍く光を放っている。それを見て、町子はハッとした。

「町子、君の矛はどこだ?」

 聞かれて、町子は一瞬、焦った。

「矛は自分の部屋の中です。どうしてこんな?」

 町子の問いに、アーサーは何も答えることがなかった。ただ、少し何かを考えこんでいて、原因を探っているようにも見えた。そんな二人のもとに、アースが来た。

「環への干渉による共鳴」

 アースは、エクスカリバーの様子を見て、そう呟いた。そして、町子に、矛をすぐにここへ持ってくるように促した。

「相手が動き出した。輝を環に縛り付けるつもりだ」

 アースのその一言に、部屋の中がざわめいた。輝が環の中にいる。それは、シリンと同じ状態になっている輝にとっては、死に至るほどの状態だということだ。

 アースが、ふと輝を見る。まだ苦しそうに息をしている。

「アース、輝はどうなるんでしょうか? 環に捕らわれるということは、まさか」

 芳江が少し焦りを見せてきている。このままでは芳江の精神状態が危険だ。そう判断したアースは、芳江をモリモトに委ねた。

「輝は必ず助ける。ここで相手のシリンを叩き、沈黙させる。これは俺の仕事だ」

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