記憶 4
輝は、アースの記憶をそこまで見て、目を開けた。
目からは自然と涙が流れていた。
それに気づいて、アースは輝からそっと離れ、車内に置いてあったティッシュペーパーを渡した。輝は、それで涙を拭いた。
「これは、おじさんは何も悪くないじゃないですか。彼らが死んだのは研究者たちのせいです。当時の西レジスタンスがやったことであって、おじさんに罪はないんですよ」
アースは、涙声で訴える輝を見て、寂しそうに笑った。
「多くの命が目の前で死ねば、自分を責めたくもなる。俺に罪がないわけじゃない」
「おじさんがもし、そう思っていたとしても、俺ならおじさんを責めない。むしろ被害者じゃないですか」
「そうだな」
アースは、そう言って笑った。
そして、車を降りるように促すと、輝とともにショッピングセンターの中に入っていった。いろいろな食品を選びながら、輝は考えた。
アースは、どうして今回の記憶を見せたのだろう。輝もアースと同じ立場だったら、そう言うことなのだろうか。それとも、直前に言っていた、力と言うものがなんなのか、と言うことに関係あるのだろうか。
「おじさん、俺まだ分かりません。力と言うものがどういったものなのか、その答えさえも出ていません」
すると、アースは何事もなかったかのように、手に取ったトマトをカートの中に入れた。
「トマト、食べるんですか?」
アースは、楽しそうにしていた。輝は、そんなアースを見ていて、自分の考えていることがしみったれたことのように思えてきてしまった。
「トマトは好物なんだ」
アースは、さらにグレープフルーツとキウイを入れていった。肉があまり見当たらない。
「肉は、どうするんですか?」
すると、アースは真剣な顔を輝に向けた。
「お前に任せる。俺は野菜係だ」
「でもこれ、野菜じゃなくて果物」
「気にするな」
気にするな。その一言が、輝の脳裏に張り付いた。
ああ、そうだったのだ。
今のやり取り、全てがアースのメッセージだったのかもしれない。輝にはあの時輝の役割があった。人質になったのなら、ちゃんと助けを待てる人質として精一杯のことをやればよかっただけなのだ。そして、輝はそれをやり遂げることができた。なにも、助ける側や武器を持った側だけが頑張ったのではない。あの夢の中でアースが必死で逃げたように、武器を持って戦うことだけが頑張ることではないのだ。英雄になれるのは、助けた側だけだと思っていた。だがそれは間違っていた。
「おじさん」
再び、輝の頬を涙が伝う。輝は服でそれを拭い、アースに笑顔を見せた。
「ありがとうございます。俺、なんか吹っ切れました」
アースは、輝が笑顔になったのを見て、安心したように笑ってくれた。アースの笑顔は重い。だからこそ、彼の笑顔には真実があった。
肉を選びながら、輝はアースをちらりと見た。菜食主義者ではないだろうに、肉に興味がないのは不思議だ。やはりあれは輝を吹っ切らせるための演技なのだろう。
「おじさんが気を使ってくれて、ああ言ってくれたから俺、立ち直れました」
「気を使った?」
アースが不思議そうに聞いてくるので、輝はいったん肉を選ぶ手を止めた。
「さっきのですよ。トマトの」
「トマト? ああ、あれは本当に食べたかったんだ。なんでお前に気を使う必要がある?」
「じゃあ、グレープフルーツやキウイは?」
「ひとを菜食主義者みたいに言うなよ。俺は野菜係なんだ」
「じゃあ、俺は一体?」
輝は、自分の手を見た。アースがこの答えに誘導してくれたわけではないのか。今までどうやって立ち直ってきた? どんな答えが出て立ち直ったのかわからなくなってしまった。
混乱する輝を見て、アースは近くにあったラム肉をカートの中に入れた。
「輝、お前がお前自身を救ったんだ。俺はただ記憶を見せただけだ」
アースは、他にもどんどん肉を入れていった。エルや自分が食べるからと、いろんな種類の肉やソースを入れていった。
輝は、その姿を見て、本当に強い人間がどういう人間なのか、なんとなくわかった気がした。固執することなく、強いこだわりも持たず、ただ淡々と生きる中で楽しみを見つけられる人間。それも人の強さの一種なのではないかと思った。
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