記憶 5

バーベキューの会場に帰ると、もう日も暮れかけていた。そこで、材料をいったん冷蔵庫に入れて明日パーティーをやろうということになった。

 スタンリーの家の部屋数はそんなに多くなかったので、何人かが一緒に寝ることになった。町子は輝と、アースとエルは一緒の部屋で、スタンリーは彼の部屋で寝た。

 寝る前、皆で星を見上げることにした。空一杯に広がる星は美しく、都会では到底みられない小さな星まで見ることができた。

 輝は、このような夜空をまともに見ることがなかったので、なんだかワクワクしていた。輝が立ち直ったことはアースの口から皆に伝えられた。しかし今度は町子が浮かない顔をしている。

 部屋に帰ると、町子はベッドの上に腰かけ、ソファーの上で寝ようとしている輝を見た。そして、ふと、ため息をついた。

「輝、私結局輝に何もしてあげられなかった。また伯父さんに頼ってしまって」

輝は、寝ようとしていた体を起こした。

「町子が飛行機の中で言ってくれたことがあったから、俺は今の結論に行きついたんだ。じゃなきゃ、今でも悶々としていたと思う。なあ、町子」

 輝が問いかけると、町子は首を傾げた。輝は、続ける。

「町子も何かあるんだろ。以前友子たちに聞いたことがある。心の中に抱えた何かがあるって。もし、それがどこかで町子の心を暗くしているなら、話してほしい」

「でも、あれを聞いたら、輝は私を軽蔑するよ」

「怖いのか?」

 町子は、頷いた。

「俺が好きなのは今の町子だ。昔の町子じゃない。昔の町子がどうであれ、今の町子以上に町子自身を語れるものはないはずだ。俺は、君を信じるよ」

 町子は、輝のその言葉に、視線を返して応えた。何かにすがるような視線だ。

「私、物理的には強くなった。クチャナさんのおかげで、矛をうまく扱えるようにまでなった。でも、そんなの使いこなせても輝一人救えなかった。力って、なんだろう。人を救って助けていく力って、どういうものなんだろう」

「その答えは、まだ出ないよ。だから、俺も町子も悩むんじゃないか」

「輝も、悩んでいるの?」

 輝は、こちらを見ている町子の額に、自分の額を当てた。町子は少し冷えていたので、その身体をそっと抱き寄せて抱きしめた。

「町子を守りたいのに、うまく守れない。周りの力を借りなければ何もできない。もどかしいよ。まだ、一人じゃ何もできないくらい弱いんだ。でも、今はまだそれでいいと思う。どんどん強くなって、いつか僕らがみんなを助けていく番になったときに、しっかり強くなっていればいいんだからさ。弱いって思えるからこそ、強くなれる。力ってのは、能力のことじゃなくて、心から人を守りたいって思える、その想いがどれだけ強いかってことだと思うから」

 町子が、輝の体を抱き返してくる。

「輝は心も体もどんどん強くなっていくよね。でも私は遅れてばかりで、その遅れを埋めるので精いっぱい。今回だって、ようやく輝に追いついたと思ったら、また引き離されちゃった」

「背伸びをすることはないんだ。いずれ町子も覚醒するし、必ず強くなれる。クチャナさんが認めて、武器を作ってくれたんだろ? だったら、町子はクチャナさんの名に懸けて、自信を持ったほうがいい。俺もさ、正直ヒースロー空港での出来事で、町子の強さに焦ったから。自分の弱さを知っているからこそ、強くなれるんだよ」

 輝が話し終えると、町子は突然輝から離れて、明るい顔で輝を見た。どこかが吹っ切れている、そんな感じだった。

「輝、ありがと!」

 町子は、嬉しそうに再び輝に抱きついてきた。その勢いで輝はベッドの上にあおむけに倒れてしまった。

 町子は、輝を離さなかった。そして、そのまま輝の耳元で、小さな声で話をした。それは、あの夏の日、ふうを失った交通事故の一件の記憶だった。

「あのとき、私の記憶にあるのはそれだけだった。でも思い出したんだ。あの時、ふうはまだ息があった。トラックの運転手さんが一所懸命にふうを助けようとしてくれていたのに、姉の私は腰を抜かしたままで何もできなかった。最低だよ、私。妹を見殺しにしたんだから」

「そうか」

 ベッドから起き上がり、町子を抱いたままで、輝はもう一度町子を抱きしめた。先程より暖かい。町子はそれでも落ち込んでいた。嫌なことを思い出したためだ。

「辛かったな、町子。でも、話してくれてありがとう。これで一つ、町子は強くなれたよ」

「強く、なれた?」

「うん、なれた。勇気を出して話せたんだから、その勇気の分、強くなったんだよ。俺だったら、町子と同じような体験していたら、とても話せない」

「そっか」

 町子は、安心したように体の力を抜いた。少し、町子の体重が腕にかかるようになったので、輝は町子を自分の腕から解放した。

 そして、自分のソファーの上に戻ると、眠い目をこすっている町子の額にキスをして、眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る