一蓮托生 4
輝はともかく、町子やアースはテレビには映っていなかった。カメラが横倒しになっていたためだ。そのおかげか、輝を輝と見せないためにアースがフィルターをかけておけば、空港からそのままニュージーランドへ行くことができそうだった。今回最も活躍したシリウスと別れ、町子たち四人は空港で一夜を過ごした。あれから欠航になった便が多く、ダイヤを調整するために航空会社が混乱していたためだった。
通常の状態に空港が戻ったのは、一夜明けた翌日の朝だった。その頃にはもう、空港の機能も大部分が復活していた。
四人は予定していたものと違うルートでニュージーランドへ行くことになった。
「日本経由か。皮肉なもんだな」
エルが呟いて口をとがらせる。大陸を横断して太平洋に出るものだから、非常に時間がかかる。しかも三回も空港を乗り継ぎしなければならなかった。
「日本でゆっくりしていけないのがなんだか寂しいけどな」
輝は、時計を見た。あと十分ほどで入り口が開く。荷物も預けてあるし、準備は万全だった。
四人は飛行機に乗ると、何も言わずに席に座った。今回は町子がかなり活躍した。しかし、そんな話題も出ることがなかった。話してしまえば、輝のことが明らかになってしまうからだ。
機内では、勉強が遅れてはいけないと言ってミシェル先生が出していった宿題をやる羽目になった。輝も町子も正直疲れていたが、そればかりはやらなければ後が怖い。分からない部分をアースに聞きながら、二人は宿題をこなしていった。
日本に着くと、すぐに乗り換えだった。空港内からは出ることができないため、新鮮な空気を吸うことはできなかったが、日本語のアナウンスや日本の雰囲気で少し、輝たちは安心感を覚えた。
「旅客機ってのは、退屈なもんなんだな」
エルが、次の飛行機に乗り込んで、シートに体をうずめた。退屈そうな顔をしている。機内で上映されている映画や音楽に興味がないため、何も楽しみがなかったのだ。
それに、なんだか輝も浮かない顔をしている。当然だ。ヒースローで人質に取られて皆に迷惑をかけたのは自分なのだ。しかも、皆に何一つ還元できていない。
「みんながみんな、伯父さんみたいにはできないよ」
隣に座った町子が、輝の顔を見て、その考えを悟った。腕を枕にしてリラックスした姿勢をとっている。
「この飛行機、結構サービスいいんだね」
町子が、笑いかけてくる。輝は、それに対して大した返事もできないでいた。町子は輝の元気を取り戻させようとしてくれている。それは分かるのに、大して町子に返してやることができない。今の自分の心の弱り具合は、それほどに大きかったのだ。
「町子、俺、自分がふがいなくて。いざって時何もできなくて」
輝が吐き出すと、町子の手が輝のほうに伸びてきて、その顔を覆った。
「輝があそこで抵抗していたら、全てが最悪の展開になっていたんだよ? 伯父さんが言っていたよ、輝はよく耐えたって。耐えることも、戦いのうちなんじゃないかな」
町子の額が、輝の額に重なる。町子が首にかけていたヘッドホンから音楽が流れてくるのが聞こえた。
「輝が耐えてくれたから、私たちは動けた。結果、事件が解決した。上々!」
町子は、そう言って明るく笑った。
町子の顔が輝から離れていく。輝の後ろにはアースとエルがいて、エルが窓際の席に座っていた。いままでは大陸ばかりを見せられていたが、次からは、ほとんどが海だ。
「先生、海を上から見るの、俺、初めてですよ」
エルは窓から外を眺めてはしゃいでいた。まだ景色は日本の上空だが、次第にその景色は海へと変わっていくだろう。
「エルなんか、あんな調子だよ。何にもやってないくせに」
飛行機が海に出てからはしゃぐエルを指さして、町子が苦笑した。輝が悩む必要はない。町子はそう言いたいのだ。しかし、輝は自分に対して欲張りになっていた。もっと何かできたはずだ。人質にならない方法はあったはずだ。そう言った考えが巡っては消えていく。
「輝」
アースに声をかけられて、ハッとする。
町子の伯父、地球のシリン、高名な医者、強い人。
アースは、色々な印象を持っていて、色々なことができる。この前の事件でも、捕らわれながらも皆を守るということをやってのけていた。そんな強さを持っている人と輝。対照的だった。そのアースが、輝の名を呼んだ。輝は、身体じゅうを緊張させた。汗が噴き出てくる。何と答えたらいいのだろう。いつものように会話ができない。輝にとってアースはすでに段違いでレベルの違う人間になってしまっていた。
「輝」
アースが、もう一度輝を呼んだ。少し、寂しそうだ。
アースは輝の心理状態が手に取るようにわかっていた。だからこそ、声をかけたのだが、輝はアースが考えていた以上に自分をいじめていた。
「輝、ニュージーランドに行ったら、少し俺と一緒に行動しないか」
「おじさんと?」
アースの提案に、輝は頭を垂れた。明らかにアースのほうが輝よりも優れている。いろいろな部分で違いを見せつけられるだけだ。
「俺と一緒に歩いていて、おじさんが変に見られたらいやですよ、俺も」
どこまでも後ろ向きな輝に、町子は心配そうに輝を見た。
「軽いうつ状態かも? 輝、伯父さんから薬、もらう?」
輝は首を振った。そんな状態なのではない。ただ、自分が嫌になっているだけだ。
「俺は大丈夫だから。町子も心配はしないでくれ」
すると、少しムスッとしたエルが、窓から目を離して輝を見た。そして、座席越しに輝の首根っこを掴むと、その顔をエルのほうに引き寄せた。
「ふざけんなよ、輝! みんなが今、お前中心に動いているのに、それに気づきもしないで! これじゃ、人質になっていた時より最悪じゃねえの? 見損なったぜ」
エルは叫ぶことはしなかった。小声で輝に吐き捨てて、その手を離した。輝は、頭を垂れたまま涙を流した。アースの手が後ろから伸びてきて、輝の右肩を二回、叩いた。
「輝、お前はまだ、置いて行かれたままか」
輝は、泣きながら頷いた。
アースの強さが露呈した例の事件もそうだが、今まで自分が守っていた町子が武器を持て強くなっていっているのが輝にとっては大きかった。自分は、アースから体術を習っているとはいえ、それだけなのだ。今回はそれを披露することなく、耐えるだけの人質に成り下がってしまったのだから。進歩するどころか後退している。そんな感覚に蝕まれていた。
「エル、町子、今の輝には何を言っても慰みにしかならない。今は輝を俺に任せてくれないか」
エルと町子は、小さく頷いて、それぞれ何かをしだした。エルは持ってきた雑誌を読みはじめ、町子はヘッドホンで音楽を聴き始めた。
「輝」
アースは、いまだに輝の肩に手をやっていた。それを腕へ下ろしてさすってやる。輝が少し落ち着きを取り戻したところで、アースはその輝の手をぎゅっと握った。
「輝、そろそろ話せるな?」
すると、輝は小さな声で、はい、と返してきた。今の輝にはそれが精いっぱいだった。
アースは、輝がまともに話せるようになるまで少し待った。そして、町子と席を交代すると、輝の隣に座って、もう一度輝の手を握りしめた。
「輝、俺の記憶を見るか?」
輝は、顔を上げた。
「おじさんの、記憶?」
アースは、何も言わずに頷いた。アースの記憶、それは、マルスが抜き取っていた、暁の星での事件の記憶、そして、今回の空中要塞での記憶。その両方だった。
「完全無欠な人間など、誰もいない。あの事件でかなりの数のシリンが死んだ」
アースは、そう言うと、暗い顔をした。マルスが返してきた、あの事件の記憶がよみがえる。いい記憶ではなかった。
「俺は強くなどない。自分ひとり守れない」
そう言って悔しそうにしているアースを、輝は真正面に捉えていた。握られた手は暖かかった。アースの記憶は相当つらいものであるはずだ。だからこそ、他人には見せたくなかったのだろう。誇れるものでもないから、こんなことでもない限り他人に見せることはないはずだ。それを、アースは輝に見せてくれるという。
「おじさん」
輝は、アースの手を握り返した。
「おじさんがつらくなるのなら、やめておきます」
そう言って、再び涙を流した。
「まいったな。俺、もっと強くならなくちゃ」
輝は、片手で涙を拭った。そして、アースに向かってぎこちない笑顔を向けた。
「輝、お前は優しいな」
アースは、そう言って輝の手を離した。
ニュージーランドに着くまであと数時間。皆はそれから何も言わないまま時間を過ごしていた。アースと町子は再び席を交代した。輝は精神的な疲れで眠っていた。アースが何とか正気に戻したものの、まだ油断できる状態ではない。
町子は、そんな輝を見ながら、少しだけ、不安になった。外は晴れていて、青い海が眼下に広がっていた。
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