一蓮托生 3

 輝は、大体の報告を終え、飛行機に群がり始めたマスコミを確認すると、一息ついて後ろに控えている医者たちを見た。皆、安心した顔をして肩をなでおろしていた。自分たちの出番がなくてよかった。皆、そう言っていた。

 その中で、一人、ゆっくりと拍手をする者がいた。管制官だ。

 彼は、拍手をゆっくりと終えると、輝のもとへやってきた。そして、その栄光を称えるために立ち上がらせると、その懐から拳銃を出して、輝の頭に突き付けた。

 誰もが、何が起こっているのか分からなかった。輝自身さえも自分の置かれた状況が理解できていなかった。

「管制官さん、これは一体?」

 輝の背中に悪寒が走る。冷や汗が出てきて、額を伝った。

「見ての通りさ。私はあいつを日本に逃がしたいんだよ。そのためにすべてをお膳立てしてやったのに、まさか君たちに邪魔されるなんてね。あの女があんなに強いなんてな。計算外だった。医者も曲者だ。あの二人は何者だ。ただの新人の医者とその姪ではないだろう」

「答える義務は、ないはずだ」

 恐怖に耐えながらも輝はそう答えた。管制官が拳銃をより強く押し付けてくる。輝は恐怖を覚えた。助けが来るかどうかわからない。アースやシリウスが気付いていても、ここに来るまでには時間がかかる。輝にとっては絶望的な状況だった。

「マスコミを呼んでこう伝えろ。ハイジャック犯を解放して、彼を日本へ逃がせ。ここにいる少年と医者どもすべてが人質だ!」

 管制官は、そう叫んで医者のうちの一人を部屋から出した。その医者は自分だけが助かることはできないと、マスコミにすべてを伝えた。すると、その医者の言っていることすべてがニュースとして流れていった。

 空港のテレビでそのニュースを見たシリウスが、町子とアースを見る。

「やっぱこうなったか。エルの動きも気になるが、俺はあの部屋を狙撃できる場所まで移動する。アースは」

 シリウスは、アースを見て視線を合わせた。そして、ひとつ、頷くとその場から急いで去っていった。

「町子、矛を使いたいだろうが、あれが露呈するのはよくない。分かるな」

 伯父の言葉に、町子はただ一つ、頷いた。そして、輝や医者が人質になっている部屋へと走った。非常階段は音がするので使えない。そのうえ、町子もアースもその強さを知られてしまっている。いま、輝と人質の交換を持ちかけても掛け合ってはもらえないだろう。

「伯父さん、飛ぼう」

 町子は、そう言って伯父の手を握った。

「シリウスの干渉もあるかもしれない。それでも行くんだな?」

 アースの問いに、町子は強い瞳をもって答えた。

「輝はみんなで助ける。矛が必要になるかもしれない。テレビには写さないようにするから、おじさん、お願い」

 町子は、新しく得たその力を使いたくて、そう言っている。輝の危機はその口実に過ぎないだろう。アースはそれを察知して、町子を抑えようとした。

「矛を使わずとも作戦は立つ。町子、力に溺れるな。輝の立場も考えろ」

「輝の立場を考えたうえでの、私の作戦なんだよ。伯父さん、お願い。矛を出して」

本来ならば、矛を使うことは好ましくない。だが、今の町子にそれを言っても理解できないだろう。そう思って、アースは作戦自体に思考を移した。

おそらくエルはあの中にすでに潜り込んでいるだろう。それを計算したうえで作戦を立てなければならなかった。

 アースは、シリウスの位置を確認した。もう既に目標地点には到達している。ここではマスコミや野次馬が多くて作戦行動ができない。やはりここは、非常階段から攻めるのが得策だった。

 アースと町子は、非常階段に出ると、三階上のドアを見た。そこにたどり着いてしまえばおそらく敵に気づかれるだろう。足音を消して動けるアースならともかく、町子にそれは不可能だ。だったら、マスコミに気づかれない程度に町子が跳べばいい。

「低空飛行、やったことはないけど、やらなきゃ」

 町子は、そう呟いて、体を地面からわずかに浮かせた。アースが音もなく階段を上っていく。時間との勝負だった。輝が今、生きている保証はまるでない。しかし、地球のシリンであるアースが何も感じないのだから、おそらくは生きている。

 その頃、輝のもとにはエルがたどり着いていた。彼は、換気ダクトのある天井を打ち破って床に降り立ち、驚く医者たちや、いまや犯罪者になってしまった管制官の中央に立った。

「人質交換だ。俺と輝を交代させろ」

 エルの物言いは、犯人の怒りを買った。あまりに唐突だったからだ。

「突然来て何を言う! お前はこの少年の仲間だろう? 信用できるものか」

 すると、エルはそこで何もできないまま、輝を人質に取られて待っていることしかできなくなっていた。

「チッ、エルのやつ、事をややこしくしやがって」

 犯人を正面に捉え、町子たちの動きを追っているシリウスが舌打ちをした。町子とアースがドアの両端に立ち、シリウスに合図をする。

「エルは動かない。こちらで突入するから援護を」

 シリウスは、アースの口の動きを読んで、納得した。すると、何故か矛を手にしている町子が、少しずつ動いていった。

 一方、輝を人質に取っている犯人は、輝に銃口を当てたまま、医者に、粘着テープを輝の手足に巻くようにと指示をした。医者たちは仕方なくそれに従い、輝の手足にテープを巻いていった。

「おいマスコミのクズども」

 犯人は、輝の口にも粘着テープを張って、カメラの前に出した。

「要求は呑むんだろうな。こちらもなるべく殺したくはない。わが友を今すぐ開放して、この部屋に連れて来い」

 輝は、抵抗しなかった。そんなことをしていれば、人質の多いこの空間ではすぐ殺されてしまう。運を天に任せるしかなかった。

 しばらくすると、扉が開いて、ハイジャック犯が中に入ってきた。彼は手に何も持っていなかった。武器はすべて取り上げられてしまったし、元管制官の要求に武器を持たせろという言葉はなかったからだ。

 そんなハイジャック犯に、元管制官は自分の懐からももう一つの拳銃を出して渡した。

「友よ、これを使え。もう一人人質を取って。ここを出よう」

 元管制官が適当な医者を選んで人質にする。そしてその部屋から出ようと、二人の人質を使ってドアのところまで歩いていこうとしたその時。

 すごい音がして、ガラス窓が割れた。元管制官が声を上げたのでそちらを見ると、彼は手から血を流して拳銃を取り落としていた。ハイジャック犯があたりを警戒して拳銃を構える。輝のもとから元管制官の手が離れる。医者のうちの一人が輝を助け起こして、あたりを見た。すると、もう一発の銃弾がどこからか飛んできて、ハイジャック犯の拳銃を弾き飛ばした。次いで、ドアがけ破られて、誰かがこの部屋に入ってきた。いや、先に刃物の先が入ってきたと言っていい。

 それは、町子だった。

 彼女は蛇矛を自在に操って素早く輝のもとへ向かい、二人の犯人と輝の間に割って入った。そして、矛の先をハイジャック犯の喉元に突き付けた。

「この男を死なせたくなかったら、おとなしく捕まることね」

 ハイジャック犯は両手を上げて降参した。それを見ていた元管制官は、チッと舌打ちをして、町子や輝を見た。輝の粘着テープは医者やエルたちが剥がしにかかっていた。

「町子、油断するな。この男は」

 エルが町子に注意したその時、エルの言葉を遮って、元管制官は笑い始めた。

「このハイジャック犯がなんだって? もうこうなれば友もクソもないさ! 私は一人でもここを出る。捕まるわけにはいかないんだよ」

 元管制官は、笑いながら拳銃をさらにもう一つ、懐から出した。

 そしてそれを隣にいたハイジャック犯に向けると、一発、頭に弾を打ち込んだ。

 ハイジャック犯は、そこで事切れた。

 その場にいた全員が、戦慄した。ここで捕まれば、命はない。人質になってしまえば、確実に殺される。ほとんど全員がパニックになる中、町子は輝を、エルは他の医者を庇いながら元管制官と対峙していた。

 すると、け破られた扉の向こうから、何者かの声がした。

「まずいことになった。だが」

 残された最後のカード、アースだった。

 元管制官は、アースに向かって拳銃を向けた。怪我した右手はもう使えない。左手だけで拳銃を握っていた。

 しかしその拳銃も一切活躍することなく、地に落ちた。

いつの間にか間合いに入ってきたアースに手刀で弾かれたのだ。元管制官の犯人はうめき声をあげて倒れると、その場で気を失った。その場にいたすべての人間が声を失い、沈黙の中、アースはため息をついてエルを呼んだ。

「エル、犯人は取り押さえた。そのカメラで警察を呼んでくれ」

エルは、自分が何もできなかったことを悔いていた。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 エルは、先程のごたごたで横倒しになって、あさっての方向を向いているカメラを直し、気を失っている犯人の映像を流した。そして、犯人を取り押さえた旨を伝えると、すぐに警察や警備員がやってきた。

 その頃には、人質となっていた輝や町子、アースやエルは姿を消していた。医者たちに聞くと彼らの名前は出てくるが、いつ姿を消したのかは誰も知らなかった。

 シリウスは、町子たちが自分のいる場所に来たことを知ると、再び空港の入り口にそっと戻った。

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