緩やかな薬 7
メルヴィンは、一人でずっと、会場をさまよっていた。自分の気持ちを探すために、そして、自分自身を救うために。しかし、メリッサと違って、誰かが自分を助けてくれるわけではなかった。
孤独にさいなまれながら、メルヴィンは自分を責めた。なぜ、クチャナに告白などしてしまったのだろう。叶わぬ恋と知りながらなぜ、求めてしまったのだろう。そんな自分を、愚か者だと責めてしまっていた。
「あなたは、愚か者なんかじゃないわ」
後ろで、声がした。振り返ると、そこにはアイリーンがいた。彼女は笑っていた。メルヴィンは、吸い寄せられるように、アイリーンのもとへ向かった。
「どうして、そう思うんですか?」
「悪いのはクチャナだからよ。カレシもいないのに断るなんて」
「でも、彼女には想い人がいたんだ」
「もう、死んだ人でしょ。五百年も前に。それを引きずっているクチャナもクチャナよ」
アイリーンはため息を一つ、ついて、クチャナを見た。
「人よりちょっと長く生きているからっていい気になって。あれを傲慢と言わずして何と言うの? 私なんてまだかわいいほうね」
そう言って、鼻で笑った。それが、メルヴィンの癪に障った。
「傲慢は君のほうじゃないか! クチャナさんは好きな人がいても、それでも僕に、君は素敵な人だって、そう言ってくれた! 嘘ではない本当の言葉で!」
「本当かどうか、そんなの分かったもんじゃないわ。あなたへのせめてもの慰めよ」
アイリーンが勝ち誇っていると、メルヴィンは言葉に窮してしまった。慰めかもしれない、そんな予感がどこかでしていたからだ。メルヴィンは、大好きなクチャナの言葉をなるべく前向きに受け取りたい、そう望んでいただけかもしれないのだ。
そんなメルヴィンが何かを言おうと、アイリーンのほうへ向き直った、その時。
誰かがメルヴィンのもとへ現れた。
それは、メリッサを連れたフォーラだった。
「アイリーン」
名を呼ばれると、アイリーンはびくりとして、フォーラの迫力に圧倒された。
「メルヴィンをいじめるのは、その辺にしておいてくれないかしら?」
そう言われると、アイリーンはフン、と一言言って、去っていってしまった。
「最近人間をいたぶるのを控えていたから、いろいろ溜まるのは分かるけどね」
フォーラは、去っていくアイリーンを見て苦笑いをした。
そして、メルヴィンに向き直ると、彼の肩をそっと抱いた。フォーラの大きく柔らかい胸が頬に当たる。メルヴィンは、こんなものを毎日見て体験しているアースが羨ましくなった。
「メルヴィン、あなたがクチャナに対して抱いているその想い、彼女には届いていると思うわ。だって、あなたのために彼女、あんなに悩んでいるんだもの」
そう言って、フォーラはクチャナのいるほうを指さした。クチャナは何か深刻な悩みを抱えているような顔をして、目の前にいるセインやアースに気持ちを吐露していた。そして、突然涙を流すと、セインの肩を借りて泣き出した。
「ねえ、メルヴィン」
メリッサが、少しだけ、メルヴィンのほうへ出てきた。そして、手に持っている何かの小瓶をメルヴィンのほうへ差し出した。
「私、あなたのことが好き」
そう言って、微笑んだ。
「でも、あなたはクチャナさんのことが好きだった。正直ショックだったわ。でも、今は違う。私は、私の好きな人に幸せになってほしい。だからこれ」
メリッサは、小瓶をメルヴィンのほうへ差し出した。中には何かの液体が入っている。
メルヴィンは、それを受け取ると、小瓶のふたを開けて香りをかいだ。何かのハーブだろうか、いい香りがした。
「メリッサ、ありがとう。でもこれは受け取れないよ。僕は君を傷つけてしまった。あのとき、僕を思ってきてくれた君を突っぱねてしまった。僕は最低だよ。クチャナさんを好きになる資格もない。君に好かれる資格もない」
すると、フォーラがメルヴィンの手を取って、メリッサの手に重ねた。
「そうね、あなたがそう思っている限りは、そうかもしれないわね」
赤くなって俯くメリッサが手を引こうとすると、それを引っ張って元に戻す。メルヴィンはただ、俯いていた。
「あら、いけない。旦那さんが呼んでいるわ」
そう言って、二人の手を繋げたまま、フォーラはそこから立ち去った。
残された二人は、間に入ってくれる人間がいなくなって、気まずい雰囲気になっていた。メルヴィンと手をつなぐこと自体にドキドキしているメリッサと、メリッサに後ろめたさを感じているメルヴィン。メリッサは特に、間に入ってくれていたフォーラの支えがなくなって、戸惑っていた。
「私、自分一人じゃ何もできない臆病者よ」
最初に口を開いたのは、メリッサだった。
「でも、自分の気持ちを伝えるためには、言うしかないもの。メルヴィン、その薬を飲んでね。失恋で弱って疲れてしまった心に効く薬。本当は、自分のために作り置きしていたものだけど、あなたにあげる。効き方は緩やかで、すぐには効かないけれど」
そう言って、メリッサは小瓶をメルヴィンに押し付けて、その場を急いで去っていった。顔は真っ赤だった。
「恋の病はそう簡単には癒えない。でも、あの薬、すぐに効くでしょうね」
フォーラは、その頭を、アースの肩に預けた。久しぶりに夫婦二人でパーティーに出ることが叶った。それがフォーラには嬉しかった。
「緩やかに効く薬」
フォーラは、自分の頭を撫でてくるアースの手を、握りしめた。
「たまには、踊って」
そう言い、アースにダンスの誘いをかけた。すると、珍しくその誘いを、アースは受けた。会場が湧いた。
「めったに見られないわよ、あんなの」
目を皿のようにして、ネイスがシリウスを小突く。シリウスはそれに付き合う形で、二人の踊りを見ることになった。
「なんだ、アイツ、上手いじゃないか」
シリウスが不満そうにつぶやいた。近くでは、メルヴィンが、メリッサからもらった小瓶を両手に大事そうに抱えて、泣いていた。
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