緩やかな薬 5

ケンとナギが結婚する。

 その発表があったのは、宴もたけなわの頃だった。

 最も驚いていたのは、シリウスだった。同じ帰還組であるはずのアースに驚きが見られなかったのは皆驚いたが、アースとナギの関係を知っている輝からすれば、もっともなことだった。

 輝は、そんな皆を見ながら、少し安心していた。先の事件の後遺症があまり残っていない。輝がそう思うだけなのかは分からない。皆無理して明るくふるまっているのか、それとも明るくふるまうことで傷を癒そうとしているのか。

 ケンのスピーチが終わって皆が会食を再開すると、また女子が男性の品定めをし始めた。今度は朝美と友子だ。

「新しく来たモリモトさん、ロマンスグレーっていい感じよね。素敵。エルって人も超イケメンだし、アーサーさんもさすがは英国紳士って感じよね。ケンさんも素敵に年を重ねてきた感じがするし、ここの男性陣って少数精鋭って感じがする」

 朝美がサンドイッチを食べながら喋っていると、そこへ町子とメリッサがやってきた。輝は彼女たちに見つからないように身を隠した。

「町子は、男性陣の中で誰が一番カッコいいと思う?」

 友子の質問に、町子は少し考えて応えた。

「伯父さんは、入れていいの?」

 町子が出した答えは反則だった。それは反則だ、と言おうとした朝美だが、考えを変えて、町子に向けて人差し指を立てた。

「地球のシリンは反則だけど、まあいいわ。シリンの男性はみんな素敵だからね。仲間から外すのはよくない」

 そう朝美が言うと、町子は嬉しそうに笑った。そして、近くにあったチキンバーレルを手に取ると、おいしそうにほおばった。

 その姿を見て、友子が朝美に耳打ちをした。

「町子にとっておじさまと輝は特別でしょ。入れてよかったの?」

「承知の上よ。どうせ何に関しても町子の伯父さんは絡んでくるんだし。勝負所は二位以降じゃない? 町子の伯父さんとどれだけ接戦に持ち込めるか、楽しみだよね。それに、輝がどの位置につけてくるかも気になるし」

「そう来たか」

 友子は、朝美の意見に降参した。そして、町子やメリッサと一緒に男性の値踏みを始めた。

 女子はやはり恐ろしい。ああやって男に価値をつけていくのだ。輝は、その恐ろしい現場から立ち去ろうとして何かに気が付いた。

 アースは、確かに強くてかっこいい。それはただ単に地球のシリンだからだけではない。本人の言動や行動、それに考え方や、他人に対する思いなど、全てを加味したうえで現れるものだ。それは誰にも敵わないし、揺るぎがない。今回の件でも、ボロボロになっても皆を支え守ってくれていた。それに異論を唱える者はいないだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか?

 町子が、以前、伯父さんに抱え込ませないでくれと頼んできたことがあった。頼らないでくれと。しかしどうだ。今回の戦いも、彼がいなければ勝てなかった。

 だが、アース抜きで勝てるほど輝たちの状況は甘くない。彼に依存せずに、何とかなる方法はないだろうか。そう考えると、頭が重くなってきた。

「なに、悩んでいるんだい、輝?」

 悩んでいる輝のところに、突然メルヴィンが現れた。

「メルヴィン!」

 驚いた輝に、メルヴィンは呆れ顔をした。

「さっきから一緒にいたろ、何で気が付かないかなあ」

 メルヴィンは、女子たちを見ながら食事をしている。もぐもぐと口を動かしながら、輝のほうを見る。

「女子やっていること、怖いけどさ」

 メルヴィンは、食べ物を飲み込んだ。

「一理あるんだよな。よく見ていると思うよ」

 そう言って、メルヴィンは語りだした。

「僕のことはさ、優男だけどいうときは言うって言っていたよ。優男ってのはショックだったけど、なんだかうれしくてさ。輝のことは、町子は、頼りになるって言っていたな。他の女子は、突然人が変わってびっくりしたって。いままではちょっと頼りなくて、時々みんなに意見するときだけ男らしい一面があっただけなのにって。確かに最近の君の変わりようはすごいよ。あとは、シリウスさんのことは、面白いし変わっているけど、いざって時には頼りになるって言っていたな。セインさんは英国紳士で素敵だけど、近づき難い、アーサーさんは未知数だけど、セインさんよりは近づきやすそうって言っていた。マルコさんは可愛いって一辺倒だったな。アントニオに関しては、最初皆一番いやな奴でいやらしくて最低だと思っていたみたいだな。心を入れ替えたら頼りになる船長になっていて、人は変わるもんだなあって声もあった。ソラートさんは体格がよくて見た目はカッコいいけど、まじめすぎてとっつきづらい、カリムに至っては、好みだけどアラブ系だからどう接したらいいのか分からないって。エルさんとモリモトさんは来たばかりでみんなよく知らないけど、顔でいったらエルさんは好みだって言っていた。キレイ系だって。モリモトさんに至ってはロマンスグレーが素敵なおじさまよねって。みんな、それぞれだな。あと、マルスさんなんだけど、あの人のコレクションにはなりたくないって声が圧倒的だったな。マルスさんも火星のシリンで超イケメンだろ。それにナンパのテクニックも結構上だしさ。なのにあの評価じゃかわいそうだよな」

 メルヴィンの話は長かったが、楽しかった。女子はよく見ている、確かにそうだった。明らかに女性視点だが、言っていることは大体あっている。

「メルヴィン、それで、おじさんは?」

「おじさん? ああ、アースさんのことか」

 輝が頷くと、メルヴィンは難しそうな顔をした。

「それがさ、変なんだ。確かにかっこよくて強くて頼りになって、とっつきやすし頭はいいし、非の打ち所がないって言っていたけどさ、今回の件で、恐ろしいことになっていたんだよ。黙ってさえいれば寝顔は可愛いんだから、寝込みを襲うのもアリよねとか、シリン封じが欲しいわあとか、怖くないか? 僕は怖いよ、女子ってよくわからない」

 それは、輝にとっても恐ろしい事実だった。だが、これで一つ分かったことがある。

「でもさメルヴィン、それっておじさんにスキができたってことじゃないか? 俺たちがさ、おじさんにずっと近づけた感じ。ただの人間としてのおじさんが見えて、皆、見えないバリアを突破できた感じだと思う」

「そうか」

メルヴィンはそう言って少しほっとしたような顔をした。

「そうだよな」

 安心して、メルヴィンはその場にあったパンを頬張った。おいしいパンだ。マルコのパンはいつも美味しい。そのマルコも、今日は正装をしてルフィナとともにダンスに興じていた。ぎこちない踊りだったが、ルフィナにリードされて楽しそうに踊っていた。

 輝も、安心して食事を始めた。女子のことが気になって喉を通らなかったごちそうが、どんどん入るようになってきた。ダンスに興じるカップルも増え、皆食事をしながらダンスに拍手をしていると、メルヴィンが何かを決意したかのようにその場を立った。

 そして、不思議な顔をして見送る輝を尻目に、ダンスに興じる人間たちを見るクチャナのもとへと歩いていった。

「メルヴィン、クチャナさんに何か用なのかな」

 輝がひとりごとを呟くと、いつの間にかそばにシリウスが来ていた。シリウスは、サラダをボウルに盛ってむしゃむしゃと食べながら、メルヴィンのほうへ、輝の顔を向けた。

「今にわかるさ。面白そうだから見ていようぜ、輝」

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