緩やかな薬 4
ついに、パーティーの日が来た。
その日は朝美や友子、芳江があわただしく動いていた。バルトロも来ていて、アントニオとともにマルコに指示を受けて仕込みをしていた。町子や輝は、彼らの手伝いをしようとしたが、部外者は下がっていてといわれて断られてしまった。
今回のパーティーは、年末年始にできなかった祝い事の振替だ。クリスマスも年末のカウントダウンも吹っ飛んでいってしまったからだ。
正式なパーティーではないが、華やかなものになりそうだった。それもこれも、町子の祖父であるガルセスが、皆のパーティーの正装やドレスをすべて用意してくれるということだったからだ。
「今回のパーティーは、寂しくないよね、伯母さん」
町子が、いつものように小鳥に餌をあげているフォーラの肩を叩いた。フォーラは、笑って頷いてくれた。
「伯母さんの衣装、楽しみだなあ。もっとも、男どもはみんな楽しみにしているだろうけど」
そう言って、くすりと笑った。そうやっていると、衣装合わせで全員集まれと号令がかかったので、マルコや芳江たちを含めてみんなが、それぞれ指定された部屋に集まることになった。
輝は、シリウスやメルヴィンと同じ部屋だった。
「輝は町子を独り占めか」
シリウスがそう言ってきたので、輝は目を座らせながら平常心でこう返した。
「シリウスさんも、ネイスさんを独り占めですよ。他の女性に目が眩んだら許しませんからね」
「誰も、お前に許してもらおうなんて思っちゃいないよ。それよりメルヴィン、お前どうだ? なんか気になる女でもいるか?」
「女とか、失礼な言い方はやめてくださいよ。まあでも、気になる人はいます。大体の女性には相手がいるんですが、彼女はノーマークですから」
「お前、打算的だな」
「紳士と言ってください」
そう言いながら着替えるメルヴィンに、シリウスは何も言えなくなってしまった。
「紳士、ねえ」
そう言いながら、シリウスは真っ先に着替えを終えた。こういう礼服は慣れているのだろうか。着るのも早かったが、スーツにこなれている気がした。
一方、町子の部屋ではメリッサと朝美、友子が着替えをしていた。なつと瞳は着物なので、別室で着付けをしていたのだ。
「瞳さんの着物はいつものことだけど、なつさんは新鮮だよね」
ドレスに着替えながら、朝美が言った。彼女のドレスは紫で、袖がないタイプだった。朝美はそんなに胸が大きいほうではないので、胸の大きく空いたドレスは避けていた。次いで、友子が一所懸命にドレスに足を通す。友子のドレスは水色だった。知的な印象の友子はドレスのほかに、長い手袋を用意してもらっていた。裾が広がっているものではなく、マーメイド型のドレスだった。
「輝君のスーツも新鮮だよね、町子」
ドレスを着終わると、友子は町子を見た。町子は顔を赤らめてこう答えた。
「当然。まあ一度見ているけど、今回はフィルターがかかっているからね」
「恋人フィルター」
そう言って、友子と朝美は笑った。そばで微笑んでいたメリッサは黄色いドレスを着ていて、彼女の褐色の肌とよく合っていた。
「それにしても一番気になるのは、伯父さんだよね。私スーツとかは見たことがあるけど、パーティー用の礼服は見たことない」
「そう言えばそうだね」
朝美がそう言って、考え込んだ。
「暁の星で王様だったころはよく着ていたんでしょ? じゃあ、着慣れているとは思うけど。たぶん新鮮さはないよね」
すると、メリッサの顔が、急に赤くなった。
「ど、どうしたのメリッサ!」
友子が心配してメリッサの額に手を当てる。熱はない。おそらく赤面症なのだろう。しかし、先程の会話のいったい何にそんなに恥ずかしいことがあったのだろう。
「想像してしまいました」
メリッサは、そう言うとモジモジしだした。顔を手で覆ってまた顔を赤らめる。
「何を想像したの?」
町子がそう聞くと、メリッサはモジモジしたままこう答えた。
「メルヴィンの、礼服を」
すると、三人娘は互いに目を見合わせた。そして、もう一度メリッサを見ると、まだモジモジしている。
「メリッサ、あなたの事情は分かった。だから、私たちに任せて!」
朝美が、胸に手を当てた。友子が、朝美の肩を叩く。
「私たち?」
「うん。やろうよ、メルヴィンとメリッサのキューピッドさ。楽しそうじゃない?」
「楽しそう?」
町子が、目を座らせた。
「楽しいかどうかで他人の恋愛事情引っ掻き回したら、それこそドロシーと変わらないよ。メリッサがメルヴィンとどうなるかは私たちが決めることじゃない」
町子が堂々と言い放つと、メリッサはモジモジをやめて、町子を見た。
「町子さん!」
そう言って抱きついてきたので、町子は照れながら朝美と友子を見た。二人は、これ以上何も言うことがない、とばかりに降参して、二人を見ていた。
そんなことをしているうちに、パーティーの時間がやってきた。それぞれが、それぞれの礼装に着替えて外に出てくる。屋敷のロビーが開かれていて、五十人ほどが入れる空間になっていた。そこにさまざまな料理が並び、パンや菓子もきれいに置かれていた。
町子は、たくさんの人の中からまず伯父を探した。輝に会う勇気がまだなかったからだ。伯父は、町子のすぐそばにいた。黒い礼服を着ていて、胸に藤色のハンカチを挿していた。大人の色気と持ち前の格好良さで礼服はよく似あっていて、やはりこなれた感じがした。近くにはエルとモリモト、そしてシリウスがいた。町子がそばに行くと、アースは少し困ったような顔をした。
「護衛はいらないと言ったんだが」
そんな伯父に、町子は笑いかけた。護衛はやはり必要だ。もうこれ以上伯父を一人で戦わせるわけにはいかない。町子たちは地球のシリンに守られているだけじゃない。
「エルさん、モリモトさん、それにシリウスさん、伯父さんをくれぐれもよろしくお願いしますね。絶対無理させないように。危険があったら私も全力で守りますから」
「もちろん。俺たちはそのために来たようなもんだからな」
エルが、そう言って胸を叩いた。
「私もまだ、現役です。お役に立てるならばいくらでも」
モリモトは、そう言って町子の頭を撫でた。それを見ているシリウスは静かに微笑んだ。
「なんなんだよ、まったく」
アースは、そう言って頭を抱えた。その姿を見た町子は、何だか嬉しくなって、笑ってしまった。そこへ、輝が来た。
輝は、グレーの礼服を着て、胸にはアースと同じ藤色のハンカチをしていた。礼服の色が、初めてのパーティーの時と違う。町子は、胸が高鳴るのを感じた。その高鳴りがどんどん大きくなってきて、心臓が口から飛び出そうになった。
輝のほうも、同じだった。
町子の着ているピンクのドレスはずいぶんと胸が大きく開いていた。襟も袖もあったが、レースが付いていて、長い手袋から出た肌が一段と可愛らしさを演出していた。色気と可愛らしさが交じり合う、この年齢の少女のドレスは、今の輝には刺激的だった。おそらくフォーラの大きい胸の谷間を見ても、この後だったら何も感じない。輝はそう思った。
そうこうしているうちに、パーティーが始まった。
皆が思い思いのものを食べ始める。立食パーティーだった。
そして、このパーティーの中で、とんでもないことが起こることになった。
それは、皆が立食を一通り終えたあたりだった。
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