緩やかな薬 3
パーティーまであと二日に迫ったある日。
ミシェル先生が下宿先から新しい屋敷に引っ越してくることが決まった。メルヴィンやメリッサも、寮代わりに使うということを前提に親から許しをもらい、新しくできる屋敷に住むことになった。管理人はクチャナとセインが務めることになり、セインとアイラは同じ部屋に住むことになった、ソラートは仕事の関係上アメリカにいなければならなかったが、ドロシーが付いているのでいつでもここに来ることができた。移住先のドイツからシリウスとネイスも屋敷に来ることになっていた。アーサーとイクシリアも、スコットランドからこちらに来ることになった。ケンはナギと同じ部屋で過ごし、義父と子の関係であるモリモトとエルも、同じ部屋になった。クチャナとクエナが同じ部屋で過ごすことになった関係上、空いたクエナの部屋にはシリウスとネイスが入ることになった。ローズはアフリカの自分の家を捨ててこちらに移住し、屋敷にほど近い空き家を借りて住むことになった。瞳は独り身ゆえ動きやすかったので、いったん長く住んだ家を近所の人に貸してこちらに来ることになった。夏美は日本に帰り、かわりになつと辰紀が日本語教師としてこちらに来ることになった。勤務地はロンドンだが、住むのは新しくできた屋敷だ。もちろん、なつと辰紀は同室だ。マルコがいる関係上、ルフィナもここに住むことになった。バルトロはイタリアに帰ったが、週に一回は粉をたくさん持ってロンドン郊外のこの屋敷までやってくることになった。渡航費はガルセスが出していた。アントニオは庭に止めた自分の戦艦の中で過ごすことにした。
今のところ、予定では多少の空室はあるものの、かなりの人間がここに集ったことになる。パーティーまではまだ二日ある。ナギの見立てでは、それだけあればアースの体力も元に戻って、今まで通りになるだろうということだった。
アースは、すでにベッドから自分で起き上がって歩くことができるようになっていた。窓際に設置された椅子から外を眺め、屋敷の後ろの庭、戦艦のないほうの庭に目をやって眺めている時間が増えていた。
これからまた、忙しくなる。この地区をまた診察して回らなければならないし、ゴーレムやシリン封じへの対策も練らなければならない。シリン封じに対してはアースだけは耐性ができていた。だが、あのゴーレムにもし、この間破壊できなかったシリン封じに含まれている未知の金属が入っていたら、恐ろしいことになる。
少し、鍛えておかなければならない。
アースはそう思って、自分の右手を見た。この手が届く範囲のものは守っていこう。そう決めたのに、前回は負けてしまった。それでも精いっぱいの力を振り絞って守ってきた。輝たちはそれを知っていてくれた。
「今度は、守ってもらう段なのかもしれないな」
右手を見つめているアースのもとに、ナギが来て、ふと笑った。
「がんばりすぎなんだよ、あんたは」
そう言うと、いつでも飲めるようにと置いてあったポットから煎茶を注いで、その湯のみをアースに手渡す。アースは、受け取って静かに微笑んだ。
「まるで、梁山泊だな、ここは」
そして、もらったお茶を飲む。少し、苦かった。
「百八人集めてみるかい? 伏魔殿の魔物を」
ナギの問いに、アースは笑った。久しぶりに、このような表情を見る。しっかり休めている証拠だ。
「ならば、宋江は輝だろうな、かわいそうに。俺は破戒坊主がいい」
「花和尚かい。それもいいかもね。でも、あんたは林冲が似合っているよ」
「あんな不幸なのは御免だ」
そう言い合いながら、二人は笑いあった。平和な時間が、流れていった。窓の外では小鳥が餌をついばんでいた。毎朝必ずフォーラが与えているのだ。
いまはとりあえずこれでいい。焦ってもことを仕損じるだけだ。
だから、休めるときにきちんと休んでおけばいい。アースは、そのことを自分に言い聞かせて、苦いお茶をもう一度口に含んだ。
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