第12話 緩やかな薬
十二、緩やかな薬
英国は今、夜の八時だった。アースの熱はすっかり下がり、ナギの言うところでは、体力さえ戻ってくればすぐに目を覚ますだろうということだった。
交代で見ているメンバーはいま、なつと瞳、そして町子の日本人女子三人組だった。ここに友子と朝美が加われば、日本人女子会が開かれるだろう、そんな勢いだった。彼女らは、朝美の差し入れてくれているお茶を飲みながら、様子を見ていた。まだ、目を覚ます兆候は見られない。三人は、少し、今の状況が楽しくなってきていた。
「そう言えば、けっこうここのメンバーって女子が多いよね」
美味しいお茶をすすりながら、町子が話を振ると、瞳がまず返してくれた。
「シリンは、女性に宿りやすいみたいですよ。そう言えば、ここの男性は皆、レベルが高いですね。なんというか、みなさん、魅力的で」
「イケメンぞろいですね!」
瞳の言いたいことを一言で、なつが表現した。元気な声だ。その、なつのテンションに、瞳は引きずられそうになった。そんな自分にハッと気づいてみんなを見る。
「そんな、赤裸々な」
瞳のその一言に、今度は町子が反応した。人差し指を立てて左右に振る。
「いやいや瞳さん、今どきの女子なんてそんなものですよ。皆さんは誰が好み? 私はもちろん輝だけど。伯父さんも、黙っていればすっごいイケメンだしね。こうやって寝顔見ていると時々カワイイって思っちゃって、ドキドキするな。でも、輝の寝顔はいちばんオイシイ。イシシ」
「町子さんは、ぶれないですね」
なつが笑った。
「なつさんも、ぶれないんでしょ? やっぱり、辰紀さん?」
「はい、たっちゃんが一番です。でも、この寝顔を見ているとやっぱり、グラッと来ちゃいますね」
なつは、そう言ってアースのほうを見た。頬に手を当てて目を閉じ、顔を赤らめる。
「やはり地球のシリンは特別ですから」
それを見て、瞳はニコニコと笑っていた。ただ笑うだけでにやけもしなければ赤くもならない瞳は、町子たちの中にあって不思議な存在だった。
「瞳さんは平気なんですね、こういうの」
町子が舌を巻くと、ひとみはにこにこと笑ったまま、こう答えた。
「平気ではありませんよ。グラッと来ていますから、直視できません。私はポーカーフェイスなんです」
「ポーカーフェイス、瞳さんの口からそんな横文字が出てくるなんて、しかも発音結構きれい。恐ろしい」
町子がそう言って、瞳をじっと見た。すると、瞳はにこにこと笑ったままお茶をすすった。そして、一息つくとため息をついて、こう言った。
「地球のシリンは反則ですから、他の男性を品定めしませんか?」
「品定めって、結構赤裸々」
瞳が表情を一切変えずに言ったので、町子は余計に瞳が恐ろしくなってしまった。それでも品定めをするべく、男性の名を次々にあげていく。
「そういえば、セインさんも相当イケメンだよね、英国紳士って感じがまたいいし。あと、朝美が一発で見抜いたシリウスさん。粗野なところがまたカッコいい。カリムさんも、天使なだけあって顔かたちは整っているし、アラブ系の美男子って感じがまたいいよね」
それに、なつが乗ってきた。
「ソラートさんはアフリカ系移民でもカッコいいほうだと思います。硬派な感じがまたいいですよね。マルコさんはカワイイ系だと思います。シリンじゃないのに頑張っていますよね。アントニオも最初はどうかと思いましたけど、いい人でしたし。マルスさんは、美形なんですけど、女の子をいつもナンパしている分、評価は下がりがちです! 私はやっぱりナギ先生がいいな」
「ナギ先生は、女性よ、なつ」
瞳が、注意すると、なつは舌をちょろっと出して照れ笑いをした。
するとその時、部屋のドアを三回ノックする音が聞こえたので、町子が出た。すると、輝とソラート、そしてアイリーンの三人が外に立っていた。
「交代の時間だけど」
そう言われると、女子たちは慌ててテーブルの上を片付けた。そして、そそくさと出ていくと、町子は輝にバトンタッチするために、手を伸ばした。
その手にタッチすると、輝たちは何もないテーブルに腰かけた。まず、アイリーンがベッドわきの椅子に座ってアースの様子を注視した。
「あの子たち、まじめにやっていなかったようね。瞳やなつがいて、何をやっていたんだか」
そう言って男性二人を見る。すると、二人は肩を震わせて二人で抱き合っていた。
「何しているのよ、気持ち悪い」
「だって」
ガタガタ震えながら、ソラートと輝は二人そろってこう言った。
「女子怖い」
「それは、あなたたちが無駄な盗み聞きをしているからよ。それに、女子なんて大体あんなものよ」
ガタガタ震えている輝とソラートを横目に、アイリーンは体をもとの方向に戻した。やれやれ。男はいざというとき以外はこうも弱いものなのか。そう思って、ふと、アースに目をやる。
「あなたは、あんなこと、ありませんものね」
そう言って、少し乱れた毛布を元に戻そうと手を伸ばした。その時、アースが少し、声を上げた。
それはほんの少しだったが、確実な『声』だった。
「二人とも!」
アースから目を離さず、輝とソラートを呼ぶ。
「町子とフォーラを呼びなさい! それとシリウスとマルスも!」
突然のことに驚いた輝とソラートが離れ、拍子抜けした顔でこちらを見た。
「どうしたんだ、いきなり?」
ソラートがそう言ってこちらを覗きこもうとすると、アイリーンは少しいらだった声でこう言った。
「何でもいいから早くしなさい!」
二人は、アイリーンの迫力に押されて、急いで部屋を出ていった。先程まで女子を恐れていた二人だ。いいクスリになっただろう。
アイリーンは、二人が行ってしまうと急いで部屋を開け放った。そしてアースの様子を注視する。瞼がわずかに動いて、また何かを言いかけている。
「早く、早く!」
そう言って、アイリーンは輝たちが来るのを待った。輝たちはすぐに町子とシリウスたちを連れてきた。全員がそろうと、アイリーンは席を輝に譲った。
「目を覚ましそうよ。そばにいてあげて」
「意識が戻りそうなんですか! でも、だったら、フォーラさんや夏美さんのほうが」
アイリーンは夏美を呼んでいなかった。その上、フォーラは輝の言葉に、首を横に振って応えた。
「いいのよ、輝くん。今はあなたが一番ふさわしい」
そう言って、輝の背中を押した。
皆が固唾をのんで見守っていると、ほどなくして、アースはまた何かを言いかけるために声を出した。そして、ゆっくりと目を開けた。
「輝」
輝を確認すると、かすれる声で、アースは輝を呼んだ。
「みんなの声が、聞こえた」
輝が、アースの手を握る。まだベッドから起き上がれるほどの体力までは戻っていない。目を開けて話すのが精いっぱいだった。
しかし、皆にはそれだけでよかった。アースがまたここに戻ってきて、皆の近くにいる。その安心感は半端なものではなかった。
アースは、輝の手に重なっていく皆の手の暖かさを感じて、何とも言えない気持ちになった。いままで自分のために頑張ってくれた人たち、その温かさが心に染みた。
「ありがとう」
そう言って、再び目を閉じた。
再び眠りに落ちていくアースを見て、皆が心に安堵を覚えた。そして、各自休む者は休み、動くものは再び動いていった。
もう、これで大丈夫。
安心していく皆のすがたを屋敷の入り口で見ていたナギは、屋敷に粉を運び込むアントニオとともに、静かにたたずんでいた。
そして、屋敷を訪れた二人の人間を迎えに、外に出ていった。
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