強さの温度 20

 高熱のピークはすでに過ぎ去った。メリッサの薬が効いて、今は微熱程度だという。ナギの見立てによると、あと一回か二回、同じ薬を飲ませれば熱は完全に下がるだろうということだった。

 フォーラとメリッサが呼ばれて、アースの部屋に入った。みると、だいぶアースは穏やかな表情で眠っていた。

「メリッサ、先程より少し濃いめの薬は作れるかい?」

 ナギの言葉に、メリッサは強く頷いた。

「できます」

「よし、そしてフォーラ、あなたは、しばらく寝ていないシリウスと交代してほしい。この先すべてのメンバーをそれぞれ交代で見させるつもりだ。メリッサも、必要な時に薬を作ってくれれば、あとは休んでいてくれていい。常に二人以上いさせるから、安心して休みなさい。いいね」

 メリッサは、再び強く頷いた。

 自信がついたわけではない。でも、やらなければならない時だということは理解していた。それに、自分が役に立たないと思っていた力が誰かの役に立ったという事実が、とても嬉しかった。

 メリッサは、再び薬を作るために町子の部屋にこもった。その際、テンを台所から呼びつけた。足りない材料があるといけないからだ。

 メリッサの薬は、主にハーブの効能を強化させて作っていた。殺菌作用のあるセージなら、その殺菌作用を高めることができた。ハーブ本来の力を引き出したうえシリンの力の効果を加えているのだ。

 そのメリッサの頑張りを見て、皆はそれぞれ何かできることがないかとナギに聞いてきた。すると、ナギは先ほどのことを皆に説明した。すると、全員が納得して自分たちの順番を待った。

 パンが焼きあがると、焼きたての熱々のパンがロビーの真中のテーブルにたくさん置かれた。

「全員の分ありますからね! 余分にもありますから、順番に取りに来てください!」

 それは大きなパンだった。ブールという硬いパンで、ボールのようだった。マルコのパンのファンであるカリーヌは真っ先に並び、余分のパンまでもらってホクホクしていた。ソラートも二つ持っていた。その大きな体を見て、皆がそれを納得した。

 それぞれにパンが行き渡ると、朝美が三杯目のお茶を持ってきた。白茶と呼ばれる貴重なお茶だったが、朝美は先ほどと同じく大きな急須で淹れて保温ポットで出してきた。

「白茶にパン」

 瞳が、そう言ってクスリと笑った。

「友子さんと朝美さんらしいわ」

 現時点で、皆の緊張は解けていた。いい空気が屋敷を包み込んだ。そうなってくると、他に問題が出てきた。メルヴィンはミシェル先生に勉強を教わりに行っていたし、ソラートは今までためていた携帯への着信の消化で忙しくなっていた。辰紀は、学校に出していた有給休暇が明日で終わるので、荷物をまとめるのに忙しかった。まだ役割のあるなつより先に帰国して授業を再開させる予定だった。

 そんなことをしているうちに、アントニオと芳江が帰ってきた。二人は大きな袋にたくさんのものを入れて、台所とナギのもとに配っていった。

「マルコ、おやっさんの粉はここでいいか?」

 皆に荷物を配り終わったあと、マルコに頼まれて船から粉を降ろしたアントニオは、あえてマルコにそう問いかけた。

「うん、そこでいいよ。ありがとう、アントニオ」

 懸命に粉をこねているマルコの姿を見て、アントニオは、腰に手を当てて大きく息を吐いた。

「なあ、マルコ」

 アントニオがマルコに問いかけると、マルコは額の汗を拭きながら、答えた。

「なんだい、アントニオ」

 すると、アントニオは下を向いて、少し笑った。自分の言いたいことを、今、口にできない。いま、ここにせっかくマルコがいるのに、口から言葉が出てこない。

「俺たちさ、まだ、クリスマスもやってないよな」

 無難なことを口にする。

 すると、マルコは、あっと叫んで、パンをこねる手を止めた。

「そう言えばそうだね、アントニオ。ここには天使もいて、皆気付いていないよね」

「ああ。この件が落ち着いたら、皆に話して、やるかな、パーティー」

 アントニオは、普通に話しかけてくれているマルコに、不思議な感覚を覚えた。彼は自分を恨んではいないのだろうか。ずいぶんとひどいことをしてきたはずなのに。

「なあ、マルコ」

 再び粉をこね始めたマルコに、アントニオは再び話しかけた。

 今度こそ言わなければならない。自分の気持ちを、伝えなければならない。

 マルコは、粉をこねながら、なんだい、と答えた。

「俺さ、お前やルフィナにひどいことをしてきただろ。なのに、どうしてそんな俺とこうやって普通に話せるんだ?」

 その問いには、マルコは手を止めずに答えた。

「君のことは、最初から嫌いじゃなかったんだよ。それに、君は最終的に僕らを助けてくれた。危険まで冒して、命がけでね。それだけで、僕らが君を友人と認めるには十分だよ」

 その言葉を聞いて、アントニオは涙を流した、

 マルコは、何と心が広いのだろう。

「ルフィナが、惹かれるわけだな」

 そう言って、アントニオはその場を後にした。マルコは、パンをこね終わると、アントニオの背を見送って、その生地を寝かせるために冷蔵庫を開いた。

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