強さの温度 10

 救出隊である輝たち四人が最初にぶつかった壁は、文字通り、壁だった。鉄製の壁はどうしても動かなかったので、他のルートを探すしかなかった。輝たちを護衛しながら走っていったのはなつと瞳だった。

「輝さん、敵です」

 そこら中にある分かれ道に目を奪われている輝に、なつから声がかかった。向かってくるのは三体の人工シリンたちだった。数がいなければそんなに強くはないが、三体という数は一筋縄ではいかなかった。

「ここは任せて」

 瞳は、そう言うと立ち止まって、着ていた着物袴の着物のほうに、たすき掛けをした。そして、手に持っている薙刀を構えると、一振りした。

 すると、見事にこちらに向かってくる三体の人工シリンの首をはねた。転がってくる首があまりにも不気味だったので、輝は思わず足を引いた。

 瞳のようなおしとやかなお嬢様が、こんなことをしてなぜ平気なのだろう。

 疑問に思っていると、なつが隣に来て、輝にこうささやいた。

「桜の木の下には死体が埋まっているって言いますよね。そう言う噂が立つくらいですから、こういうことにも慣れていないと、生きてこられなかったんです」

 そう言って、今度は後ろからやってきた敵に対して、なつが構えた。後ろと前、両方に挟まれた輝たちは完全に囲まれてしまった。

「輝さん、ここは私たちに任せて、行ってください」

 瞳が、ささやくように輝を促した。しかし、こう囲まれていると動きようがない。そう言おうと口を開いたとき、両側にいた人工シリンたちがミイラのように干からびて倒れていった。輝が口をあんぐり開けてみていると、なつが輝に向かってウインクをした。

「任せてください。ここは私と瞳さんで守ります!」

 なつは、強かった。

 あんな技は反則だった。液体の沸点を下げたうえで急速に沸騰させ蒸発させる。人間の体液や血液でもそれは可能。そんなことは知っていた。だが、なつはそれを平気でやった。虫も殺せないような顔をして平気でやった。

 その事実に少しショックを受けながら、瞳やなつに後ろを託した輝たちだが、要塞の中はあちこちに階段や壁があって、自分たちが今どこにいるのか、どこに向かっているのか、全く分からない状態だった。

「シリウスさん、おじさんの位置は特定できないんですか?」

 走りながら聞くと、シリウスは少しいらだった声を出した。

「もうやってるよ。セインにもわかるはずだ。ここからだと真東だな。そう遠くはない」

シリウスが疲れてきている。一行は、一度立ち止まって休むことにした。

「その真東に行くのに、東に行ってもダメなんだ。それは分かるね、輝」

 セインの表情は暗かった。輝が頷くと、セインは続けた。

「この要塞は、そう簡単に攻略できないように、迷路のような構図になっている。ここの勝手を知らないものが入ったら最後、出られる保証すらない」

「でも、それじゃあ、みんなは、どうなるんです?」

「どうなるかはわからない。いま、アースがどういう状態なのか、惑星間渡航者であるドロシーがどんな動きをしているのか」

 セインの顔は、曇ったままだ。そんなセインの顔を、ティーナがぺちっと叩いた。頬に電気が走り、驚いたセインが正面を見ると、ティーナが頬を膨らませて怒っていた。

「そんなこと気にしていたら、一緒に入ってきたルフィナたちはどうなるの! 全員無事帰還、それだけが目標でしょ、あたしたちがへこんでどうするの!」

 ティーナは、本気で怒っていた。彼女に元気づけられたのか、セインの顔が少し、明るくなった気がした。

 四人は、気を取り直して捜索を再開することにした。全員立ち上がると、まっすぐ東を見た。

「あっちだ。なるべくあっちの方向を目指していくぞ」

 シリウスがそう言うのと同時に、四人は走り出した。

 しばらく進むと、また壁があったので他の方向にそれた。それでも彼らはある一点を目指して進んでいった。そして、進路には知らないうちに敵が紛れ込み、一緒に並走しだしていた。シリウスは、走りながら二丁の拳銃を両手に持った。

「三人とも、耳をふさいでいろよ」

 シリウスがそう言ったので、三人は耳をふさぎながら走った。すると、シリウスはその手に持った拳銃の弾を容赦なく周りの敵にぶち込んでいった。

 それは拳銃なのにマシンガンのようで、弾が切れては充填してまた撃つ、その速さは並大抵のものではなかった。

 大体の敵がいなくなってしまうと、次はセインの出番だった。残りの敵が襲ってくるたびにその黒鉄の槍で串刺しにしていった。時にはシリウスや輝たちに背をかがませて槍を振り、敵を一度にめった刺しにすることもあった。

 そして、迷路のような要塞に入って二時間が経った。

 走っている輝たちの目の前に、誰かが歩いていた。ニヤニヤしながら、何かのカギをちゃらちゃらと放り投げては掴んでいた。輝たちの仲間にあのような男性はいない。おそらくこの組織の人間だろう。彼を捕らえれば、もしかしたら何か情報がつかめるかもしれない。そう思って四人は頷きあい、その男性を囲い込むことにした。まず、一番速いセインが男性の前に立った。すると、男性は驚きつつも嬉しそうにして、セインのほうへ向かっていった。しかし、その後ろにはすぐにシリウスが現れ、左右は雷を帯びたティーナと輝が取り囲んだ。

「お、妖精さん」

 突然現れた伝説上の生き物に全く驚くことなく、男性は周りを見渡した。

「お、君イケメンだね。君も」

 セインとシリウスを見て、男は何も臆することなく、ニヤニヤと笑い続けた。そして、輝を見ると、その顔に見覚えがあったのか、ポン、と手を叩く。

「君、高橋輝くんだろ。町子ちゃんのカレシ? でも残念だね。彼女は僕がもらったから。今頃姉さんの部屋でイイことされてんじゃないかなあ。姉さんも好きだからねえ、女いびり」

 そう言って、前に進もうとした。その行く手をふさいだのは、輝だった。

 輝は、男性の首根っこを掴み上げて、激昂した。

「お前、あの女の弟か! 町子をどこへやった! 彼女がお前の手に落ちるはずがないだろ!」

 男は、輝に掴みあげられたまま、まだニヤニヤし続けていた。

「君、そんなことで彼女を助けられるのかなあ? 肝心の強い力を持ったシリンのお兄さんも、だいぶ弱ってきているしな。もっとも、たった今俺がとどめを刺してきたから、どうなっているかな」

 その言葉を聞いて、輝の腕が震えだした。

「輝、聞くな。これは煽りだ。君を煽って怒りを誘おうとしている!」

 セインが輝の手を取って止めようとしたが、輝の感情はすでにピークに達していて、聞く耳を持っていなかった。男が再びにやりと笑う。怒りは人の判断力を奪ってしまう。それに取りつかれたら、勝てる戦いも勝てなくなる。

「二人に何をした? 言ってみろ、このクズ!」

 輝は声まで震えだした。これは危険だ。恐ろしいことになっている。男は輝の手を取り、怒りに震えたその手から簡単に逃れた。

「言ってもいいなら言うけど? そのかわり、もう怒らないでくれるかな」

すると、輝はものすごいスピードで男の前に詰め寄り、その胸ぐらをつかんだ。

「言ってみろよ。その時はこの俺がお前を!」

「怒らないでって、言っただろ。君は紳士じゃないね」

 そう言うと、男は輝の手を振り払って、着衣を整え始めた。それがかえって輝の癪に障った。そして、もう一度輝は飛び出そうとした。だが、セインに羽交い絞めされてしまって、動けなくなってしまった。

「今は耐えるんだ、輝。ここに来た目的を忘れてはいけない!」

そう言って、セインは男の後ろに向かってひとつ、頷いた。男は不審に思って振り向いた。すると、そのこめかみに、冷たいものが当たった。

銃口だった。

シリウスが、拳銃の銃口を男のこめかみに当てて、こう言った。彼は、異常なまでに冷静だった。

「この施設の中を隅々まで、案内してもらおうか。まずは、俺の大切なダチの所へだ」

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