強さの温度 11

 例の男に案内され、たどり着いた場所は、大きな扉の前だった。カギも三重のロックになっていて、そう簡単に壊せるものではなかった。四人は、男を捕らえたまま、鍵の前でうなる羽目になった。一つ目は、五か所にある鍵穴にカギを通せばいい。カギは、おそらく先程男が持っていたものだろう。それはすでに奪って、ティーナが隠している。どのカギがどの鍵穴に合っているかは、やってみないとわからない。時間がかかりそうだった。拳銃で壊せるほど弱くはなかったので、やはり一つずつ試すしかない。皆がカギのほうに夢中になっていると、つい、男を捕らえていたシリウスの手が緩んだ。男はそのすきに逃げ出し、どこかへ飛んで行ってしまった。

「逃がしたか。まあいい、鍵はこちらにある」

 シリウスは冷静だった。誰一人男を追うものはいなかった。しかし、そこで一つ問題が生じた。

「鍵穴のカギはいいけど、指紋認証と虹彩の認証はどうするの?」

 ティーナのその一言で、皆が凍り付いた。

「どうしようか」

 輝の顔が、真っ青になった。あの男がいれば簡単に突破できたはずのカギを、まんまと逃がしてしまった。みなが、シリウスの顔を見た。

「俺のせいかよ!」

 シリウスが、困った顔で言うので、なんだかおかしくなったティーナが、クスリと笑った。

「まあいい。気を取り直していくぜ。まずこのカギだ」

 シリウスは、鍵束から適当なカギを取り出して、一番上のカギ穴に入れた。カギは、通らなかった。四人は、いったん全てのカギ穴にすべてのカギを通し、通ったら次のカギ穴、という手段で、どのカギをどの鍵穴に通せばいいのかを突き止めた。このドアはすべてのカギを一度に入れて順番に回さないと開かない仕組みになっている。それを突き止めるのに、かなりかかった。次に、虹彩認証装置だ。これは、鍵の横にあるテーブルに瞳をかざして開けるタイプの生体認証だ。これが、厄介だった。ここの施設の人間以外開けることができないからだ。シリウスは、無言で拳銃を取り出すと、その生体認証装置に銃口を向けた。

「待ってくれ、シリウスさん! そんなことをしたら鍵が壊れてしまう!」

 輝は止めたが、シリウスは聞かなかった。やはり彼は冷静ではなかったのだろうか。生体認証装置に一発ぶち込んでしまった。すると、なんと、二番目の扉があっさり開いた。

「俺のおかげだ」

 得意げなシリウスを見て、輝は訳が分からなくなってしまった。

「なんで?」

 混乱する輝の背を、セインが叩いた。

「シリウスが撃ち抜いたのは、生体認証装置と鍵穴を結ぶ線なんだよ。大体どこのカギにも同じようなところにあるからね。そこを狙えば、警報も鳴ることなく、安全に扉を開けることができる」

「そうだったのか」

 あらためて、シリウスのすごさを実感した輝は、次の認証装置の破壊に取り掛かろうとした。すると、次の認証装置は作動せず、扉はあっさりと開いてしまった。

「シリウス、君はまさか」

 驚くセインに、シリウスは黙ったまま答えを返した。シリウスは、二つの装置の線を、どちらも断線させていたのだ。

「入るぞ」

 シリウスの声は、低かった。

 そして、輝は、部屋に入ると、ここがどのような空間なのかを認識した。あの指輪と同じ、嫌な感じが部屋中に満ちていた。

「ここは、シリン封じの部屋」

 シリウスは、頷いた。

「今はアースのやつが守ってくれているから俺たちにも効果はない。だが」

 シリウスは、そう言って、次の言葉に移るまで、拳を握り続けた。その声は震えていた。そして、シリウスが何かを言おうと口を開けたその時、部屋の中を少し進んだあたり、壁際にある簡素なベッドに、横たわる影があった。シリウスは急いでそこに駆け寄った。

「なんてことしやがる!」

 シリウスが、叫んだ。あとからついていっていたセインと輝が、そのシリウスのもとへ駆け寄ると、そこには、アースがいた。

 身体じゅうに鎖がかけられ、シリン封じのリングをはめられていた。身体はベッドに横たわっていて、息が上がっていた。着衣が相当乱れている。苦しそうに息をしているので、まさかと思って額に手を当てると、ひどい熱を出して、気を失っていた。

「ひどいことを!」

 ティーナが絶叫した。手で顔を覆い、急にティーナは泣き出した。

「早くそれを外そう。危険な状態だ。それとそこの毛布を。この格好では熱がひどくなってしまう」

 セインが指示を出し、怒りに震える輝とシリウスに、それぞれ丈夫なナイフを手渡していった。

 三人がすべてのリングと鎖を取り外し、近くにあった毛布を掛けてやると、アースは少し表情をやわらげた。

「まだ、意識が戻らない。熱も下がってこない。シリン封じに当たっていた時間が長すぎたんだ。急いで治療しないと」

 セインはそう言うが早いか、アースの肩に手を伸ばした。

「運ぼう、シリウス。私が背負う。君は例の早撃ちで援護してくれ。輝、君は」

 怒りに震えてその場に立ちすくむ輝に指示を出そうとしていたセインが、自分の目の前を見て、足を止める。

 目の前に、大量の敵が現れたのだ。

 この場所に長くいすぎた。その上あの男を逃がしてしまったせいで、ここに輝がいることまでばれてしまっていた。大量の敵が来て当然だ。

 敵軍団は完全にシリウスやセインたちの前をふさいでいた。出口はどこにもない。袋小路だった。しかし、それを突破していくしかない。今実質戦闘が可能なのはシリウスと輝だけだ。二人が前に出て、敵の気を引いているうちにセインとティーナが逃げる。そう算段をつけて、四人はアースを連れて敵陣に突っ込んだ。

 その時だった。

 突然大きな爆発音がして、敵集団の一角が崩れた。その爆発はいくつも発生し、この場所に地鳴りのようなものが走るまでそれは続いた。次いで、誰かが輝たちの前に現れた。男女一人ずつ、ナギとマルスだった。

「ナギ先生、マルス!」

 二人の名前を呼んで、セインが驚いた顔をした。

「あの爆発は、あなた方では?」

 セインの問いに、ナギが頷いた。

「今に本人が来る。セイン、シリウス、この場とアースは私とマルスに任せて、先に進むんだ。輝は町子を探すんだよ」

「しかし」

 輝が躊躇っていると、ナギは笑って輝の頭に手を置いた。

「アースのことがショックなのだろう。大丈夫、すぐに良くなるさ」

「それでも、俺たちはおじさんをあんな目に遭わせて、しばらく動こうともしなかった! あんなふうになってまで俺たちを守っていてくれたのに!」

「いいんだよ」

 ナギはそう言って、輝の体を抱いた。すると、もう一人、爆発の渦中にいた人間が、ここに現れた。

「大体の敵は殲滅したわ。あとは影縫いで足止めしてる。お願いね、ナギ先生」

 影縫い。

 そう、その爆発人物は、ローズだったのだ。

「影縫いの時間が伸びたのか、ローズ!」

 セインが驚いてローズのほうを向くと、彼女は真剣な顔でこう言った。

「今は、マルスにアースを預けて。彼なら大丈夫」

 そう言われて、マルスがこちらに近づいてきた。

「ここはローズとナギ先生だけでも大丈夫だ。セイン、アースをこちらへ。僕の能力は知っているだろう?」

 そう言われて、セインは少しためらった。また、この男はアースから記憶を抜くつもりなのだろうか。

 いや、違う。マルスにはセインの知らない能力がある。それを、セインは知らないだけだ。

セインがためらっていると、シリウスがそっと、セインの背を押した。

「あいつは、じかに触れた他人の能力をコピーできる。アースの転移能力だって、もちろんな。安心していい」

「そうか」

 セインは、その言葉に安心して、アースを背からおろして床に横たえた。マルスは、セインがそれでも不安な顔をするので、にっこりと笑ってこう言った。

「皆が無事帰還したら、メリッサをよこしてくれ。町子を頼んだよ」

 そう言って、マルスは、アースを連れて一瞬のうちに消えてしまった。

 セインとティーナ、そして輝のもとに、静けさが戻ってきた。目の前の敵は、全てナギとローズが片付けてしまっていた。

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