滑空する夢 2

 輝はおいても、町子は必ず逃がす。

 その輝の提案を、アイラをはじめすべての人間たちが了承した。

 輝の言うことはもっともだったからだ。能力が中途半端なままの町子を戦場に置き続けると、足手まといになりかねない。皆は、そう解釈した。もちろん、輝と町子が相思相愛であることも踏まえていた。

 そのうえで作戦を立てていかなければならなかったが、ひとつ、問題があった。

 ルフィナがどこに攫われていったのかが分からないのだ。『月の箱舟』の本拠地もどこにあるのかわからない。これでは、そもそも作戦を立てることすらできない。

 そこで、輝がある提案をした。

「これは、危険なことかもしれないんだけど」

 そう前置きをしたうえで、ロビーに集まったすべての人間を見渡して説明を始めた。

「瞳さんやなつさんに協力をしてもらい、わざと二人を攫わせる。そのうえで誰かが二人の跡をつけていって、アジトが分かったらすぐ救出する。そうやって彼らの居場所を特定できないだろうか。もちろん、この作戦には、相手側が逃げて隠れてしまうリスクもある。だったら、瞳さんたちを感じ取ることができるフォーラさんやマルスさんに協力をしてもらえばいい。おじさんも、今回は協力してくれるんでしょう?」

 輝がそう言って、ロビーの端にいたアースに声をかけた。すると、アースはため息を一つついて、片手をあげた。

「協力しよう」

 その言葉に、輝は頷いて先を続けた。

「その先の作戦は随時みんなで決めていけばいいと思う。とりあえず、俺と町子はなるべく戦闘を避けてルフィナさんとマルコさんを救出に向かえばいいんだよな」

 輝は、そう言ってアイラを見た。この案件の立案者はアイラだったからだ。

 アイラは、答えた。

「ここにいるシリンは皆、戦闘には慣れています。天使の皆さんや悪魔のお二人に関しても、相当な経験を積んでいらっしゃるはず。銃器の取り扱いも心得ています。そのうえでセインとクチャナさん、シリウスさんにナギ先生やマルスさんも加わるので、あなたたちに敵を近づけさせないことは可能だと考えます。それにもし想定外のことが起きても、切り札がありますから、心配しないでください」

 輝は、分かりました、とだけ答えて、椅子に腰を下ろした。

 その後は、細かい指示や作戦の立案をそれぞれが出し合って、自分たちの役割や能力の使い方を確認していった。

 そして、なるべく早くルフィナやマルコを助けられるように、作戦会議が終わり次第、作戦行動に移ることになった。

 まず、電話でシリウスに連絡を取り、シリウスのもとにいるドロシーと一緒にこの屋敷までワープしてもらう。アースは、瞳やなつと連絡が取れ次第二人を連れてここにワープアウトしてきた。瞳となつには作戦の詳細が伝えられ、少しの間我慢していてほしいと頼んだ。二人は、ルフィナとの交流もあったせいか、快く了解してくれた。それは、確実にここにいるシリンたちが自分たちを助けてくれる、その確信があったからだった。

 そして、ルフィナを助ける作戦が開始されると、瞳やなつをひそかに追うナギとシリウスを除いて、他のメンバーは屋敷の中に構えていた。

 彼らの狙いがシリンなら、戦闘に長けていないシリンを狙うはずだ。ナギとシリウスは近くの茂みの中に待機し、いつでも追えるよう準備をしていた。

 瞳となつは、何気ない会話をしながら、屋敷の外で朝美と友子の出したお茶とお茶菓子を楽しんでいた。少しの緊張感も出さずに気楽にやってほしいと言われていたので、二人はそうしていた。朝美は、日本人である二人に気を使って、煎茶を出していた。

 しばらくすると、お茶を楽しんでいる二人のもとに、二人連れのカップルが近づいてきた。彼らは瞳たちと短い会話を交わすと、すぐにそこから去っていってしまった。次に来たのは、集落に住んでいる老人だった。なつに話しかけ、先生はどこだねと聞いてきたので、中にいますと答えると、屋敷の中に入っていった。おそらくアースかフォーラに診てもらいに来たのだろう。知った顔の人間なので気にしないことにした。

 そして、三人目は、再び集落の人間だった。二人いた。男性二人組だ。見たことのある顔だったが、どこに住む誰かまでは分からなかった。往診しているアースやフォーラなら分かるかもしれないが、他の人間にそこまでは分からなかった。

 二人の男性は、お茶をしている瞳となつに話しかけた。

「飯田瞳さんと、小松なつさんだね」

 いきなりそんなことを言い出すものだから、シリウスとナギは体を緊張させて耳をそばだてた。

「どうして私たちの名を? 名乗りましたかしら?」

 瞳が答えると、突然、二人の男は拳銃を取り出して二人の女性の頭に突き付けた。片手で両腕を握りしめ、強い力で立ち上がらせると、お茶のお代わりを持ってきた朝美と友子がそれを見て悲鳴を上げた。

「娘、警察に行くなどと馬鹿なことは考えるなよ! でないと、この女たちの頭に穴が開く。シリンの代わりなどいくらでもいる。おとなしくしていることだな」

 朝美と友子は、そこからあえて動かなかった。迫真の演技で怯えたふりをして、男二人が自分たちの乗ってきた車に瞳となつを乗せるのを見ていた。

「ようやく引っかかったか」

 シリウスがつぶやくと、ナギが、時計型の通信機器でフォーラに連絡を取った。

「フォーラ、追えるね?」

フォーラからは、すぐに返事が来た。

「地球上であれば、どこまでも」

 男たちは、瞳となつを乗せて、二人を縄で縛りあげると、車の後部座席に乗せて走り去っていった。同時に、茂みの中からシリウスとナギが出てきて、シリウスの赤い車で二人を追うことになった。いざというときのためにフォーラとドロシーを後部座席に乗せ、すぐに瞬間移動をできる体制をとった。もう一人、地球上で瞬間移動が可能なアースは、他のメンバーのために屋敷に残っていた。

 車が走り去ってしまうと、怖い思いをした二人の女子高生はその場にへたり込んだ。

「これで、よかったんですよね」

 少し、悲しそうに友子が言った。

「瞳さんやなつさんは、無事帰ってきますよね」

 その質問には、この屋敷に入ってきたばかりのクリスフォード博士が答えた。

「大丈夫だよ、娘さん。あの三人なら、大丈夫だ」

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