滑空する夢 3
作戦はうまくいった。この時点で、『月の箱舟』の一味であるカルメーロやアントニオの居場所が突き止められれば、あとは乗り込んでいって助けるだけだ。
皆は、フォーラたちからの連絡を、屋敷のロビーで待っていた。お茶はもう出てこない。朝美や友子、そして芳江までもが成り行きをじっと見守っていた。
連絡があったのは、日暮れ間近の夕方五時だった。
そのフォーラからの連絡では、瞳となつを攫った男たちは、専用の飛行機を使ってどこかへ行ったという。瞳の気配をそのまま追うと、飛行機は、中国の奥地、山間部にある平原に止まっていた。そこに何かの施設があるのだろうが、とりあえず今の状況でその施設に潜入するのは早計だと言って、一度フォーラは通信を切った。
フォーラの通信を受けて、ロビーでは一堂に会したシリンの人間たちがざわめいていた。フォーラが行った場所に行くのは早計。ならば、ナギやシリウスたちは瞳やなつを助けられるということなのだろうか。
この作戦の立案者は輝だ。その輝に聞くと、彼はこう返してきた。
「俺たちが今ここを動いて、フォーラさんのたどり着いた場所まで行けたとしても、その場の状況がどうなっているかわからない状態では動きようもない。それに、もし行くという行為が間違っていたら大変なことになる。フォーラさんの次の連絡を待とう」
その答えには皆、納得せざるを得なかった。そうするしか他に方法がなかったからだ。
はやる気持ちを抑えて皆がイライラしていると、クリスフォード博士が、皆の中から出てきて、輝の前に立った。
「輝君、成長したね。でも、君がすべてを背負う必要はない。ここにいる皆を頼ってみなさい。皆も、それを望んでいると私は思う。いいね」
クリスフォード博士の言葉に、輝は頷いて、深呼吸をした。そして、またしばらく、これまで出会った友たちとともにフォーラからの連絡を待った。
次にフォーラから連絡が来たのは、夜七時になってからだった。皆の緊張の糸が途切れない状態で来てくれたのはありがたかった。輝は、携帯電話にかかってきたので通話に出た。すると、フォーラからはこんな答えが返ってきた。
「よく聞いて、輝。瞳さんとなつさんはシリウスとナギ先生がうまく助け出したわ。でも、同じ場所に連れて行かれた二人の話によると、ルフィナさんは別の場所に移されたみたいなの。どこに連れて行かれたのかはわからない。それでも作戦実行する?」
ルフィナのいる建物の場所は特定できた。しかし、ルフィナの居場所が分からないのであれば、輝と町子はどこへ救出に向かえばいいのだろう。
しかしその時、フォーラの代わりに通信機を使って、なつが輝にこう言い放った。
「ルフィナさんを助けてあげて、輝! 彼女はあの建物の中に必ずいる。まだ組織には連れていかれてはいないはずよ。でも、彼女の身が危険なのは確か。相手は彼女をずっと狙っていたアントニオよ。ルフィナさんに何をするかわからない!」
その言葉を聞いて、輝は町子と顔を見合わせた。二人は頷きあうと、そこにいた皆に、作戦提案をした。これは、フォーラの連絡を待っている間皆で考えていた作戦の一案だったが、これでどうすればいいのかがはっきりとわかってきた。
「ルフィナさんは、フォーラさんたちが見つけた建物の中のどこかにいる。それなら、手分けをして探し、発見した人が救出すればいい。なにも、俺と町子が必ず助けなきゃいけないわけじゃないから。それでもとりあえずは、班分けをしたいと思う。大きく分けて戦闘をする攻略班と、救出を優先する救出班、そして、臨機応変に動くことができる別班」
そこまで言って、輝はその先を町子に託した。各人の性格や能力に関しては町子のほうが詳しい。だから、この先は町子が振り分けをしたほうが良かったのだ。
町子は、輝からのバトンタッチを受けると、真剣な顔で皆を見た。
「救出班と攻略班にはそれぞれ一名ずつ、けがの処置ができる人と攻撃に長けた人たちを入れたいと思います。セインさんとクチャナさんは一騎当千ですから、分かれていただきます。あと、救出優先ですから、万が一のことを考えて女性中心で行きたいのでよろしくお願いします。救出班は私と輝、槍使いのクチャナさん、ナイフを使えるアイリーンさん、医師であるフォーラ伯母さん。これだけで十分です。救出班は戦闘をなるべく避けて進みますから、攻略班の方たちは、フォローをお願いします。攻略班は、槍使いのセインさん、ナイフ使いのクローディアさんとアイラさん、看護助手のカリムさん、自然治癒力を上げられる漢方医のカリーヌさん、それと、天使の中でも最強クラスのミシェル先生、狙撃手のシリウスさん。別班はどこへ行っても力になれるマルスさんと、戦える医者のナギ先生、それと、地球のシリンである伯父さん。ここでドロシーと一緒に待機して、いつでも逃げられるようにしておいてほしいのは、クエナちゃんと瞳さん、それとなつさん。以上でいいでしょうか」
皆は、誰一人欠けていないことと、自分の役割を確認して頷いた。
そして、この二時間の間に用意していた武器や救急用具を確かめた。
フォーラのもとへは、アースの転移で一瞬にして全員が行くことができる。心も体も準備は万端だった。
「フォーラさん、準備は万端だぜ!」
やる気満々で、カリムが息巻く。他の人間も、一刻も早くルフィナを助けに行きたくて仕方がなかった。携帯電話から、フォーラの声が聞こえてくる。
「分かったわ。こちらも準備はできているし、ドロシーも瞳さんとなつさんを連れて待機しているわ。アース、いつでもいいわよ」
すると、アースが一言、分かった、と言った。
そして、アースが皆を見渡す。皆も、アースのほうを見た。
いよいよ転移が始まる。初めての人間もいれば、そうでない人間もいた。輝はもちろん転移は初めてだった。どんなことがこれから起こるのか、予想がつかなかった。
「皆、目を閉じてくれ」
アースがそう言うと、そこにいた全員が一斉に目を閉じた。
そして、アースが合図をすると皆は一斉に目を開けた。すると、そこに広がっていた景色は、今まで輝たちがいた部屋の中ではなかった。
「寒い!」
クローディアが、叫び声にも似た声を上げた。
ここは中国の奥、高い山地にある広い高原。
今の一瞬で、何のリアクションもなく、痛みもまぶしさもなく、何もないままこんなところに来てしまった。地球のシリンによる、地球圏内の転移など、こんなものなのだろうか。皆が不審に思っていると、フォーラが笑ってこう言った。
「私が暁の星に行った時も、似たようなものだったわ。静電気のようなものがバチっと走った程度だった。さて、これからどうするのかしら、輝君」
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